第 三 項
軽い挨拶の後、少年神父は眩い笑顔を見せる。
直視してしまったウェイクは、急な目眩に襲われた。
「だ、大丈夫ですか? 体調が芳しくなかったかですか?」
心配して近付こうとするディエドを静止する。
何がどうなれば、あんなに性格が歪んでしまうんだろうと疑問に思いながら、ウェイクは口を開く。
「大丈夫だ。ちょっと予想してなかっただけだ」
「ま、明らかに住んどる世界が違うしの」
「え、どういう事だい?」
「いや、物の例えじゃ。そんな事より、『待っていた』というのはウェイクの事か?」
「あぁ、僕は彼の来訪を待っていたんだ。直接会った事で確信したよ」
「……『天啓』と言っていたが、それはもしかして──」
時を遡ってきたのでは?
そう口にしようとしたウェイクだったが、ディエドは片手を低く上げて掌をこちらに向ける。
喋るな、という事のようだ。
先程までの眩い笑顔に、一瞬だけ陰りが見えた気がした。
「すみません。ここではなんですので、教団本部に移動しましょう。込み入ったお話もあるようですし」
「……分かった」
「では、参るかの。すぐそこに見えておるのが教会じゃ」
ルスティを先頭に、ウェイク達は王都の北東にある『クロ:ロス教団・本部』へと向かう。
ウラヌス王国名所の一つである『大聖堂』の脇を通った先にある建屋へと入る。
老若男女様々な人物が、建屋内外を歩き回っていた。
「もう少し歩きますが、僕の私室がありますので、そちらに向かいましょう」
「あぁ、分かった」
ディエドに返事をしながらウェイクは施設内を見渡していく。
建物自体は見覚えがあったが、行きかう人々に見覚えは無かった。
とある人物を除いて。
「神父ディエド。お疲れ様です」
「お疲れ様、シスターコレー。何かありました?」
通り掛け、栗色の長い髪を三つ編みにして、大きな丸眼鏡を掛けた女性が声を掛けてくる。
ウェイクは彼女に見覚えがあった。
かつての主人に主従関係を解消された時に姿を見せた修道服の女性だ。
「主教より、いくつかの通達が届いております。取り急ぎ、確認をお願いします」
「あぁ、そうでしたか。丁度私室に戻る所でしたので、確認させていただきます」
コレーの事務的な態度に、ディエドはごく自然な流れで笑顔を見せて応対する。
コレーは短くお辞儀をした後、ウェイクの方に目を向けた。
「何か?」
「……いや、何処かで会ったような気がしてな」
「そう、ですか……。すみません、記憶力には自信があるのですが、思い出せません」
「いや、オレの気のせいだ。忘れてくれ」
「そうですか……。それでは、失礼します」
納得できていない様子のコレーだったが、再び短くお辞儀をしてその場を後にして廊下を歩いていく。
当然の事ではあるが、コレーはウェイクにあった事はないようだ。
訪れる事のない未来で会った記憶など、存在する方がおかしいのだから、仕方がない。
「気になるか?」
今まで黙っていたルスティが、ウェイクの隣に立って問い掛けてくる。
「いや、全く」
「なんじゃ、青い春かと思ったんじゃがの」
「コレー、そういう話を聞かないからねぇ……」
勝手に心配されているコレーを少し憐れみながら、ウェイクはマフラーの端を上げて口元を隠した。
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