第6話 切断
十七歳、高校生。
もう女性なのか、まだコドモなのか。紗菜自身はよくわからない。だがきっと、大人からはコドモに見えているだろうと思っていた。
しかし、『女の子』。
ヒュウガは紗菜をそう呼んだ。
『君は、自分が女の子だってことを自覚したほうがいい。そうホイホイと住所なんか話すんじゃないよ』
「……なんで? それがなにか、失礼なことなの……?」
『逆だ。紗菜、あのな……』
ヒュウガはしばらく、言葉をつかえさせていた。
能弁な彼が、こうして逡巡するのは珍しい。
『……あのな。なんて言ったらいいか――』
黙りこまれてしまうと、ヒュウガの様子がわからない。顔が見えないのだ。ただ待つしかない。
――やがて、彼は言葉をつづけた。
『俺は男だぞ』
紗菜は目を閉じた。
散々待たされたあげく、ようやく聞こえたヒュウガの言葉には何の衝撃も無かった。
すんなりと耳に入り、すとんとお腹の中に落ちてくる。
紗菜はわかっていた。
勘違いをしているのはヒュウガだ。
なにもわかっていないのは彼のほう。
紗菜はもう、そんなこと、言われるまでもなくわかっている。
紗菜は言った。
「ヒュウガさん、好き」
ヒュウガが息をのむ気配――
続く彼の沈黙は、先ほどの何倍も長かった。何十秒も待たされて、彼はやっと、言葉をくれた。
『俺も、紗菜が好きだよ』
紗菜はすぐに言った。
「あなたに逢いたい」
彼はまた沈黙した。
紗菜はまた、辛抱強く待ち続けた。
一分、三分、五分――十分――
携帯電話をあてた耳が、熱を持つほど待ち続けて――
不意に、聞こえてきたのは無機質な機械音だった。
プツン、と回線の切れる音。
ツー、ツー、ツー。何のぬくもりもない音。かけ直してみる。いくらコールしてもつながらない。
二度、三度。四度目はコール音すらしなかった。
着信拒否、という言葉を、紗菜はもう知っていた。
紗菜は携帯電話を置き、かわりに、ノートを開いた。
――ヒュウガさんの好きなもの――
ルーズリーフに、そう題されたものを読み上げる。
「ヒュウガさんの好きなもの」
冬の朝。ブルーベリージャム。インクの伸びがいいボールペン。
タイピングの音。天井の高い部屋。一人用のソファ。
この三か月間で書き連ねて、ずらりと並ぶヒュウガの『好き』。
書いた覚えがないものも多い。話しながらメモをしているためだ。電話を切ったあと読み返すのは、とても楽しい時間だった。
何ページにもわたるノート、その最後に、新たな文字を書き込んでいく。
『サナ』
書いてすぐ、紗菜はペンでぐちゃぐちゃに塗りつぶした。
途端に涙が出てきたが、拭い取る気力もない。枕に突っ伏して黙って泣いた。
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