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とびらの

第1話 初めてのコール

 生まれて初めて、携帯電話を手に入れた。

 そう話した時、クラスメイトは悲鳴じみた声を上げた。


「えーっほんとにまだ持ってなかったの。高ニでそれありえない!」

「サナの親、厳しすぎ。束縛ってやつ?」

「そんなんじゃないよ」


 紗菜は苦笑して、首を振った。

 きっと彼女たちの言うことは正しいのだろう。このクラスで――あるいはこの日本の高校生全体で――携帯電話を持っていないのは、紗菜が知る限り自分だけだった。だが両親を悪く言われるのはいい気持ちがしない。

 

 クラスメイトにも悪気はなかったらしい、何事もなかったような顔で鞄をあさりながら、


「じゃあ紗菜、ライン交換しよ」

「アプリの招待送るからフレンドに――」


 と、言いかけた口がポカンと開いた。キョトンとした紗菜と、その手にある機械を見て絶叫する。


「ちっさ!?」

「ほんとだオモチャみたい。なにこれぇ」


「なにって……携帯、電話……」


「ああーこれホントに電話とメールしかできないやつだ! 完全にコドモ向け」

「これはないわ。ドン引き」


「え……? ど、どう違うの……?」


 紗菜は何度も瞬きし、彼女らの顔を見つめた。

 見た目がずいぶん違うことはわかる。だがそれで何が不足なのか、普通なら何が出来るのかがわからない。

 クスクス笑う少女たち。

 紗菜は胸が苦しくなった。


 目を伏せた紗菜に、優しい声がかけられる。


「まあまあ、みんなキツいこと言わないの。せっかくの紗菜のケータイデビューなんだから」


「穂波ちゃん……」


 紗菜が眉を垂らすと、穂波はにっこり笑ってくれた。サンゴ色のリップを塗った唇から、魅力的な八重歯がのぞく。彼女は紗菜の携帯電話をひょいと奪って、


「電話はできるんでしょ。みんな電話って使わないから、用があったらわたしに言いな。そこからライン回してあげる」

「あ、ありがとう――じゃあメモを取るから」

「大丈夫、番号登録しとく。ね、ほらココが電話帳。わたしの名前、これで通話ボタン押して――」

「これで……電話できるの?」

「そうそう。わはーなっつかし。コレ弟が使ってたわ、小学生のときまでだけどっ」


 笑いながら、紗菜の携帯電話を操作する穂波。長い髪がサラリと垂れ落ち、ふんわりいいにおいがする。


 穂波はクラスの誰よりも背が高く、美人で、リーダー的存在だった。

 化粧で飾られた目元は色っぽく、紗菜と同い年とは思えない。幼馴染でなければグループに入れてもらえなかっただろう。彼女だけではない、クラスメイトはみんなオシャレで綺麗で、楽しそうで、憧れだった。


(……でも、今日であたしも仲間入り)


 携帯電話がないせいで、紗菜はクラスのハミダシ者だった。急な遊びに誘えない、待ち合わせもできない、と。


(でもこれで、子供時代(むかし)みたいに穂波ちゃんと遊べるんだわ――)


 穂波の顔を見上げると、彼女はにっこり、満面の笑みを浮かべていた。


「じゃあね、紗菜。学校じゃ使用禁止だから、家に帰ってからね。夜までの我慢よ」

「うん!」


 紗菜は歓声を上げた。

 正直いますぐ使いたくてたまらなかった。だけども「夜まで我慢」という文言は、何かとても大人っぽくて素敵なことに思えた。どきどきして、頬が紅潮する。


「嬉しい、穂波ちゃん。夜に電話するね! 話すこと、これからいっぱい考えておくからね!」


「紗菜ってほんと、純粋ね」


 楽しそうに笑う少女たち。それがまた嬉しくて、紗菜はあたたかい気持ちになった。



 家族団らんの時間、紗菜はいつになく饒舌だった。

 携帯電話を買ってくれた礼を心から述べ、さっそく1人が番号を登録してくれたことを自慢する。


「もしかしたらこれからしょっちゅう、遊びに出かけるかもしれないわ。でも心配しないで。携帯電話で連絡が取れるから。でも友達と一緒のときはあんまりかけてこないでね。帰り道とかならいいわよ。だって携帯電話を持っているもの」


 まくしたてる紗菜に、父も思うところがあったらしい。あんまり遠くまで行くんじゃないぞと言いながら、たくさんの小遣いをくれた。


 夕食を終え、学習をし、風呂を済ませる。

 まだ濡れた髪のまま、心がせくのを抑えきれずベッドに飛び込んだ。

 仰向けになって、電源を入れる。

 うつぶせに転がり、ボタンを操作。


「ええと……電話帳……登録、は」


 『穂波』の名はすぐに見つかった。父母のほかにはそれしかない。発信ボタンをえいやと押す。


 耳元に、プルルプルルと心地よい電子音。

 なかなかつながらない。コールは10回を越えた。


「留守かな? こんな時間に、だれも留守番はいないのかしら」


 紗菜がそう呟いたとき、突然コール音が止んだ。



『――もしもし』



 聴こえてきたのは、知らない男の声だった。


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