撃鉄のレギオン

風間 早死郎

第1話

「見えてきた、あれが地球か。」

輸送用シャトルの窮屈なコックピットでジンはそう呟いた。

目の前に見える青と緑の美しい星に目を奪われると同時に今から自分がこの星を戦場にしてしまうと思うと酷く胸が締め付けられた。

何の罪もない人、ましてや子供を巻き込んでしまうかもしれない。

しかし、少年には戦わねばならない理由がある。

全ては火星の人々の為に。

是が非でも勝利だけは勝ち取る。

たとえそれが数多の屍の上に成り立っていたとしても。

《2080年》                    

人類は増えすぎた人口を地球に留めることができなくなり、火星移住計画を進めた。

そして20年の時を経てようやく火星移住計画は実現した。

しかし、《2102年》国際連合、いや火星移住計画が実現した今では地球連合とも言うべき組織と火星政府との間に対立が生じ、第一次宇宙大戦が勃発した。

当然、開拓したばかりの火星では十分な軍需品を確保できず、火星側は劣勢を強いられた。

また、国際連合の新兵器、ヒト型汎用巨大ロボットRAライドアーマーの実践投入により火星で開発された宇宙戦艦なぞ赤子の手をひねる様に蹂躙されていった。

そこで、火星政府代表マーク・ボトムはL計画を発案した。

それは、3機の超高性能RA、レギオンを地球に降下させて地球側の基地を襲撃、制圧し地球連合を降伏させるというものだった。

そこでレギオンのパイロットとして選らばれたジンは宇宙用防護服ライドスーツに身を包み、シャトルでの地球降下任務を開始し今に至る。

「ピー・ピー」

火星の研究所からの通信だ。

手慣れた手付きで受信ボタンを押し、モニターに映像が映し出される。

「もうすぐ大気圏突入だ、油断するでないぞ。」

画面に映る隻眼の老人はしゃがれた声でそう言った。

ナハト爺 ジンをレギオンのパイロットとして鍛え上げた張本人であり、育ての親でもある。

正直言って、老人はジンを戦場に駆り出すなどしたくはなかった。

どうして16歳の少年に任務とは名ばかりの大量殺戮をさせる事ができようか。

何より少年の青春を人殺しで過ごさせることなど老人には耐えられなかった。

しかし、ジンにはパイロットとして十分過ぎる素質があった。

そして、彼もそれを理解して戦う事を了承した。

シャトルが大気圏に突入する。

特殊な合金によって造られたそれは大気による摩擦熱を苦もなく進んで行く。

そんな時だった。

「プー!・プー!」

突如、シャトルに警告音が鳴り響き、モニターに地球連合のRA部隊が映る。

量産型RA、クラリスだ。

数にして5機。

飛行用に取り付けられたバーニアと大型ブースターを用いて大気圏を抜けた先で優雅に飛行している。

こちらにはまだきずいていない。

自身のレギオンなら十分に仕留められる。

だが、問題はその後だ。

万が一でも地球の基地に報告されたら満足に降下できないだろう。

ここは隠密行動が得策だ。

しかし、見つかるのは時間の問題。

早急に決断を下さなければならない。

戦うしかない。

ジンはそう判断するなり、シャトルが大気圏を抜けたのを確認すると自動操縦に切り替え、レギオンのあるシャトル後部に走り出した。

レギオンのコックピットに乗り込み深呼吸をする。

自分は今から人を殺す。

出来ることなら誰も殺したくはないがそんな甘い考えが通用するほど易しい戦いではない。

躊躇えば待つのは死のみ。

シャトルのハッチが開き、出撃の準備をする。

モルドレッドレギオン、L計画の為に製造されたジンの専用機だ。

名前の通り地球に対して反乱を起こす為に造られたそれは、右手には大剣を、左手にはビームランチャーを持ち、この瞬間を待っていた。

両手で操縦レバーのラバー製のグリップを握り締めるとまるで掌と指に絡みつくように収まった。

指に力を込めると、腕の延長になったかのような錯覚を憶える。

レバーを前方に倒すとエンジンが掛かりシャトルを飛び出した。

ジンの体に凄まじいGが掛かる。

並みのパイロットなら気絶しているレベルだろう。

しかし、鍛え抜かれた強靭な肉体は重力加速度などものともせず敵の殲滅の為に動く。

モルドレッドが左手に構えたビームランチャーの照準を標敵に合わせる。

そして右手の操縦レバーの射撃ボタンに親指をかけ、覚悟を決めて押す。

次の瞬間、稲妻のように輝きながら発射されたビーム砲が一機のクラリスを襲う。

量産機の装甲など最新式のビーム兵器には歯が立たず容易く溶解されて撃沈した。

他の四機がこちらに気付き、対RAマシンガンを連射する。

しかし、その全ての弾丸は一つもモルドレッドに当たることなく傍を通り抜ける。

当然だ。

地上での戦闘を想定して設計されたとはいえ、空中でも高機動は健在である。

もとより単機制圧に特化した機体であるが故に多少当たったところで傷一つ付かない頑丈な装甲を3機のレギオンは持ち合わせていた。

射撃ボタンをもう一度押すが、流石に安直過ぎたのか敵4機はビーム砲を躱すと散り散りに飛行してモルドレッドを囲みこみ、ジリジリと間合いを詰めてくる。

本来ならばピンチと言うべき場面だが、中距離戦よりも近距離戦を得意とするジンにはむしろ好都合だった。

反逆の宝剣クラレント モルドレッドの主力兵装であり、刀身を赤熱化させることで敵機を溶断する実剣だ。

モルドレッドはビームランチャーを放り投げると、両手で反逆の宝剣を握り締め、高速でクラリス一機に突撃すると胸部を勢いよく斬りつける。

休む間もなくもう一機に飛び掛かり首をはね、すかさず腰部を切断する。

襲われた2機は時間差で爆発してゆく。

味方を3機も墜とされたクラリス2機はたまらずモルドレッドに向かって来るが、胸部のミサイルを発射してメインカメラのある頭部を潰す。

「終わりだ。」

視界を奪われた敵2機に容赦することなく、赤く発光した刀身を叩き込むと爆発音だけがその場に流れた。

「こちらモルドレッド、成層圏監視用のクラリス5機の撃破を確認。直ちにドイツ補給基地に向かう。」

自機をシャトルにしまい、コックピットの座席に腰掛けて再度モニターに映された老人に報告する。

「そうか、初めて人を殺した感触はどうじゃ?」

老人は少し悲しそうに、だがそれを誤魔化す様な陽気な口調で少年に問う。

「別段、どうという事はなかった。」

関心の無い口ぶりで少年は答える。

しかし、少年の言葉は本心とはかけ離れていた。

人を5人も殺めておいて何とも思わないはずがない。

もし何も感じない奴がいるとしたらそれは既に人間ではないだろう。

押し寄せてくる責任感と罪悪感で思わず吐きそうになるのを堪えた。

自分はこれから今の何百倍もの人を殺す。

その時の自分が果たして精神を保っていられるか、考えると恐怖で頭の中が支配された。












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