第五話「黒い森での戦い」

「前衛の冒険者は各自、前方に注意しつつ進め。遊撃者レンジャーはスキル等を用いて魔物の反応を探れ!魔術師はすぐにでも攻撃魔法を詠唱できるように馬車内にて待機」


冒険者たちのまとめ役のヤングが大きな声で指示を出すと冒険者たちはそれに粛々と従う。


"黒い森"


その森の名を帝国で知らぬ者はいないと言う。


サンダルツリーと呼ばれる針葉樹が鬱蒼うっそうと茂っているため昼まであっても薄暗いこの森は、下手なダンジョンより余程危険だと言われる。


暗がりに潜む盗賊やモンスターたちは凶悪でこの森を通る幾人もの旅人や行商人たちの命を刈りとっていった。


ではなぜわざわざこのような危険地帯を突っ切って進むのか。


それはカルマルとエーア地方の間には数千メートル級の山々が横たわっており唯一の平地の隘路のような位置にこの森があるためであった。


山々にはまた別の危険があるし何より荷馬車を伴っていくことは不可能に等しい。


一方森の中はこれまで通ってきた道とは比べ物にならないほどの悪路だが、車輪に掛けられている風の魔法のおかげでガタガタと振動しながらもなんとか進むことは出来るようだった。


「前方、200メートルほど先に敵の反応。複数。警戒せよ」


馬車の上からスキル"たかの目"を使って警戒していたギースから仲間全体に鋭い警戒の呼びかけがある。


それから10秒としないうちにそのモンスターたちが木の上から姿を表した。


「グギギギイギギギ!!!!」


現れたのは巨大な猿のようなバケモノが3匹。


大きさは長い尻尾を除いても4~5メートルほどはあろうか。


俺はそのうちの一匹のステータスを見てみることにした。


ー能力透視ー


ーーーーーーーーーー

名前 :なし

性別 :メス

種族 :ウッドモンキー

レベル:27

HP:450

MP:23

-パッシブスキル-

-アクティブスキル-

警報の雄叫び

ーーーーーーーーーー


中々のものだ。


一匹一匹の対処に問題は無いとしても、こんなのが集団で襲いかかってきたのでは並みの冒険者パーティはひとたまりも無いだろう。


ウッドモンキーたちはジリジリと商隊ににじり寄って来る。


「中衛、射撃!」


ヤングの号令を合図に遊撃手レンジャーや魔術師たちが一斉に攻撃を浴びせる。


弓矢や攻撃魔法を受けてもなお怯まないウッドモンキーは、前衛に襲いかかる。


「喰らえ!」

「死ねぇ!!」


前衛の冒険者たちは流石に手練れ揃いなのかモンスターたちを適当にいなして2~3人で追い詰めるとその首をねた。


一匹前衛メンバーが取りこぼしたウッドモンキーがこちらに来たので俺も剣を抜いてそれを袈裟斬りにした。


「やるな!クロダ!」


ギースは俺に激励の言葉を放ちつつ、ロングボウでの攻撃を続けている。


「やはりウッドモンキーは季節を問わず出現しますな」

「なんとか日が落ちるまでにこの森を抜けたい。ヤングよ、あれを使うのだ」


何とか一人の怪我人も出さずにモンスターを撃退出来たところで護衛のヤングと商人が後ろの方でコソコソと話している。


ヤングが前衛の冒険者の一人に松明を渡してきた。


「これは、"魔物避けの松明"という魔道具だ。非常に貴重なものなのだが、この森を夜になるまでに抜けたいというご主人のご意向もあって使うことにした」


冒険者の間からおおっと声が上がる。


どうやらあの魔道具はかなり高価で一日で使いきりとなってしまうのだが、魔物除けの効果は指折り付きだという話だ。


「これで、この旅路も安心だな。」


ギースも横で満足そうに笑っていた。


商隊に少し安堵の空気が流れ、一同はまた森の中へ進み始めた。


(ケチらずに始めからその魔道具使えよ)と内心の愚痴は隠して俺も歩みを進めた。


〜〜〜〜

「なんて数だ……」


初戦闘から半日ほど後。


幾度かの激しい戦闘を何とかこなして商隊がようやく森を抜けようかと言う時。


俺たちは数十匹ものウッドモンキーの群に囲まれていた。

冒険者たちは必死に応戦するが既に何人も死傷者が出ている。


回復役に徹していた俺も、そろそろ出ないと不味いな、と腰に差していた剣を抜こうとする。

だがギースにそれを止められる。


「見ろ。白銀の狼が動くぞ」


見ればこれまで必要最低限のアシストしかしてこなかったあの女冒険者、ノラがハルバードを持ちモンスターの群にゆっくりと歩いて行っている。


ウィンドよ。」


ノラがそう詠唱したかと思った次の刹那、彼女の姿は無く。


ウッドモンキーたちの切り捨てられた死体が木の上からドタドタと落ちてくる。


「ヤベェぞあの女!」


ギースが興奮するのも無理は無い。


彼女はその足元に風の魔術をまとわせ、目にも止まらぬ速度で化け猿どもを切り捨てているのだ!


彼女がハルバードを一振りすれば一瞬にしてウッドモンキーたちは肉泥にくでいと化す。


木から木へと軽々と飛び回り、モンスターたちの息の根を止める彼女は美しい死の天使だった。


それから一刻としないうちにウッドモンキーの群は彼女一人の手で壊滅することになった。


一仕事を終えたノラは、澄ました顔でこちらに戻ってくる。

激しい戦闘の後であるためか、フードははだけ、顔には火照っているのか大粒の汗が滴っていた。


うむ、実にシコい。


可能ならあの汗が垂れる肌にむしゃぶりつきたい。


俺がそんな変態思考にアクセルを吹かしている横で、何故か他の冒険者たちは吐きそうな顔をして彼女から目を反らす。


彼女はそれに気がつくと、しかめ面をしてフードをまたかぶり直していた。


〜〜〜

「クソ、こんなの無意味じゃねぇか!!」


戦闘が落ち着いてしばらくすると、前衛の冒険者の一人がヤングから預けられていた魔道具、"魔物避けの松明"を投げ捨てる。


確かにあの魔物避けの魔道具を使ってからでもウッドモンキーは次々と出現した。


気のせいだとは思うがむしろあの松明をかざしてから余計にモンスターが出てくるようになったような。


「この魔道具が悪さしてるに違いねぇ!俺はこの森を超えるクエストを何度もこなしているがあの猿の魔物がこんなに出るなんてこれまでなかった!」

「おい、何をしている!!これがどれだけ貴重な物なのかわかっているのか」


ヤングが松明を投げ捨てた冒険者に殴りかかろうとしたまさにその瞬間。


サンダルツリーの上から途轍もなく巨大な手がニュッと伸びたかと思うと一瞬でヤングの身をさらっていく。


「ッな!!」


冒険者たちが驚きの声を上げる間も無く、その手は次々と彼らもすくっていった。


バリッ!ボリボリッ!バリバリっ!………。


頭上を見上げれば、ウッドモンキーを遥かにしのぐ大きさなバケモノ猿が一匹。

冒険者たちを目一杯口に詰め込んで旨そうに食っていた。


「イレギュラーエンカウント……!」


横手にいるギースが絶望の声を上げる。

武者震いをしながら、目の前のモンスターのステータスを確認してみると……。


ー能力透視ー


ーーーーーーーーーー

名前 :カーズ

性別 :男

種族 :ウッドモンキーロード

レベル:97

HP:8500

MP:302

-パッシブスキル-

-アクティブスキル-

猿王の雄叫び

野性武術Lev.4

ーーーーーーーーーー


バケモノだ。正真正銘の。

転移した時に出会った地下牢のミノタウロスを遥かに凌ぐステータス。


大きさは通常のウッドモンキーの倍以上はある。

しかも名前持ネームドちと来た。


魔物は人の生き血を喰らい、人の持つ魔力を糧とすることでより強くなる。


ネームドとは数百もの人間を喰らって初めて到達出来る物だ。


それは即ちこのカーズという魔物がステータス上の強さ以上に、人間たちとの戦いの中で得た独特の戦闘スタイルと経験を持っていることを意味した。


「キエエエエエェェェェェェ!!!!」


スキル ー猿王の雄叫びー


カーズが突如雄叫びを上げる。


それを聞いた冒険者たちは恐慌状態に陥る。

あのベテラン冒険者のギースですら腰を抜かしている。


とてもではないがこのバケモノは普通の冒険者たちにぎょすことが出来る存在ではないだろう。


ウィンドよ」


俺たちが目の前の化け物の巨大さに怯んでいると一陣の風が舞い踊る。


(ノラだ!)


特徴的な銀髪がきらめいたかと思うとノラが一直線にボス猿に向けて勝負を挑みにハルバードを向けて突撃した。


バキンッツ!!


激しい金属と金属が激突する音がしたかと思うとノラがこちらに弾き飛ばされる。


ノラのハルバードの一撃をカーズの鉤爪が弾き返したのだ。


飛ばされたノラはすぐに体勢を立て直すと破れて使い物にならなくなったフードを脱ぎ捨て、再びウィンドの詠唱を足に纏わせ、高速移動を行った。


(ノラは強い!でも!!)


彼女がいくら強くともネームド相手ではやはり分が悪いようだ。


高速移動をする中で何度もハルバードによる斬撃を試みているものの、それを全てカーズは片手でいなしている。


「クキャキャキャ」


いい加減飽きた、という風にカーズがその長い腕で攻撃を仕掛けてきたノラの体にカウンターの攻撃をぶつけた。


「ックハッ!」


彼女は悲鳴を上げることすら出来ずに、何度も地面にバウンドして吹き飛ばされる。


勝てなかった。

この商隊を守る冒険者の中でも最強の彼女ですらカーズには勝てない……。


「もう終わりだ……」

「逃げるぞ。俺はまだ死にたくない!」


Aランク冒険者の彼女の敗北を目の当たりにして、護衛の冒険者たちは我が身可愛さで馬車を見捨てて次々と潰走した。


〜〜〜〜

他の護衛の冒険者たちが逃げていく中、俺はその場に残っていた。


別に最後までこの商隊を守ってやる、という強い意思があって残っているわけではない。


(クソっ!クソっ!クソっ!怖い。怖い。怖い。怖い。)


単純にあまりの恐怖に足がすくんでその場を動けないというだけなのだ。


俺がそんな風に恐怖にすくみ上がっていると、視界の端の方でモゾモゾと何者かが動くのが見えた。


ノラだ!


まだ彼女は生きていた!


血だらけになって、片腕があらぬ方向に曲がっている状態であっても、彼女の瞳からは闘争心が消えていなかった。


彼女は折れていない方の腕で槍斧を持つとそれをカーズへと差し向けた。


まだ彼女は諦めていない。

その事実が不思議と俺に力をくれた。


「オオッ!!オオオォォーー!!」


大声をあげて自身へ喝を入れ、剣を抜く。

この護衛クエストの戦いの中で獲得した泣けなしのスキルポイントを全て剣術スキルに割り振る。


-アクティブスキル-

剣術Lev.7


さて、このスキルでどれだけの勝負が出来るか。


「こっちだ!化け物!」


俺は火魔術の詠唱を唱え小さな火球を作るとカーズに投げてこちらに注意を向けさす。


カーズは火球を鬱陶しそうに払うとこちらをジロリと睨んだかと思うと……その姿が消えた?!


とっさの判断でその場から距離を取ると、先ほどまで俺が立っていた場所にドデカいクレーターが一つ出来上がる。


息つく間もなくカーズの連打が来た。


剣術スキル ー斬撃流水ー


剣術スキル"斬撃流水"のおかげでカーズの攻撃を剣で受け流すことが出来る!

俺はカーズとの激しい撃ち合いの中でを隙を伺った。


剣術スキル ー月牙ー


「クキャッ!」


魔力を込めて斬撃を放つ技"月牙"がカーズの腕を切り裂き鮮血がほとばしる。


カーズは切られた腕を抱えると大きく跳躍し距離を取って森の中に消えていった。


〜〜〜〜


ヒールしよ」


ヒールの魔術をかけてやるとノラは怪訝そうな顔で俺のフードを覗き込んで来た。


ヒールの魔術は体に触れながらの方が効果が早く出る。


だから、治療はノラの足や腹に触りながらのものとなったのだが、その時に役得だなぁと思ってすけべ顔になっていたのがバレたのか。いや"隠者のフード"を被っているのだからそれはあり得ない。


「お前はどうにも得体の知れないやつだが助かった。ありがとう。回復魔法はもういい。大丈夫だ」

「まだ安静にしてないとダメですって」


回復魔法をかけてやっても普通の人間であれば、大怪我をした直後にすぐ起き上がるということは出来ない。


だが彼女の場合は勝手が違うのかヒールをかけた直後からハルバードを片手にスタスタと歩き始めた。


「だからまだ横になってないと!」

「不思議な奴だな」

「あれだけ激しい攻撃をまともに食らったんです。回復魔法で傷は消えたとしてもそれだけ生命力は浪費してます。今無理をすると体に毒ですよ」


彼女は俺の訴えに少し歩みを止めると、悲しさと困惑の混じったような不思議な表情を浮かべる。


何が彼女を動かすのか。

それは俺にもわからないがこの意固地な奴を放って置くわけにも行かない。


「私のような者など放っておけば良いだろう」

「仮にも同じクエストの仲間でしょう」

「仲間か。パーティでもない他人のことなど気にするな。赤の他人がどうなったって構わないだろう」

「……女の子が怪我したばっかりだってのにそれを放っておくなんて出来ないだろう!」


ノラがあまりにも向こう見ずな発言ばかりするので腹が立って思わず恥ずかしいことを口走ってしまう。


俺のようなブサがこんなこと言っても気持ち悪いだけだよな。


でも今は"隠者のフード"のおかげで結果的に顔見せせずに話が出来てよかった。


そんなことを考えているとノラが顔を真っ赤にしていた。

彼女が真っ赤になった顔を見せまいと必死に明後日の方向に顔を向けている。


なんだこの可愛い生き物。


色気のない実用的な麻布の服を着ている彼女だが、体をひねっていることからそのメロンのように大きな胸が服にピタッと張り付いて形がわかる。


ああ〜舐めたい舐めたい。


「ゴホンっ、まあそれはそれとして。私はあの魔物を討ちに行く必要がある」

「もう、いいじゃないですか。護衛対象の商人たちも逃げ散ったみたいだし」


背後を振り向けば放棄された馬車がそこにあるのみで冒険者や商人たちは全員いない。


彼女はそれを見ると一瞬辛そうな顔をするが、すぐに感情を削ぎ落としたような顔になり歩みを進める。


「もうこのクエストは失敗なんですよ!この場から離れるのは賛成だがわざわざあの魔物を探しに行く必要ないでしょう!」


このクエストは失敗だ。


依頼主が失踪し、クエスト参加中の冒険者のほとんどが逃げ散った今、最優先にすべきは自分たちだけでもこの森を出来るだけ早く抜けること。


しかし彼女はズンズンと森の奥深くへと進んでいく。


俺は堪らず森の中へと彼女を追いかけて行くしかなかった。

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