第40話:お礼参り

「一つ、聞いてええ? 怒らせるかもしれんけど」


 ウイさんが問うたのは、新幹線を待つホームでのこと。「黄色い新幹線がる」と、了がホームの反対側へ行ってすぐだった。


なんです?」

「了くんて、もう死んどるんよ。それでヘイちゃん、ずっと一緒にる言いよるけど。結構アレな意味になる思うんじゃけど」


 車内を覗こうと飛び跳ねる了。眺める俺と、ウイさんの視線はほぼ同じ。薄く微笑んだ口元からサラッと、それこそアレ・・なことを。


「正直、あんまり深いこと考えとらんのですよ。俺自身はこの先どうこういうて、言うてもしょうがない身分ですけえ」


 たぶん俺も笑った。ごまかしの失笑だったか、自嘲だったか。それともウイさんの早口にだったか、定かでないが。


「このまま普通に遊んでやれるんなら、それでええし。どっか連れてくいうなら、それでも」

「ヘイちゃんがそう思うんなら、あたしは何を言える立場でもないけど――」

「けど?」


 ど、の口のまま。ウイさんは目だけを動かし、俺を見る。

 しかしそれきり、続きを聞くことができなかった。何度か問い直しても「何でもない」の一点張りで。

 やがて当たり前に新幹線が到着し、広島駅へと出発した。寄り道を提案したのだが、暮市へ戻ろうと了が言ったから。

 とは言え買い物や食事をしたこともあり、暮駅に着いたのは午後八時近かった。


「亜賀まで行かんでええんです?」


 新幹線を降りた時点で、ウイさんと了とは帰る方向が違った。だのに同行するのはいいとしても、暮駅で電車を降りると彼女が言った。

 了の祖父母の家に帰るなら、近くに亜賀駅がある。バスやタクシーでも帰れるが、そうする意味が分からない。


「うん。了くんがね、行きたいところあるんじゃって」


 駅から北。暮市街のメイン通りへ向け、彼女は歩く。ちょっと高そうなピンクのジャージにサンダル履きだが、まばらな街灯とまばらな人通りで気にする必要がない。

 意味が分からないと言えば、広島駅に着く少し前。俺はポロシャツとジーパンに着替えさせられた。


「お揃いが嫌なんですね」


 と冗談を言ったつもりが


「そんなわけないでしょ」


 なんて、ちょっと本気な感じで叱られたのも意味が分からない。

 分からないついでに、暮市街で行きたいところというのも。お出かけに縁のなかった了なら観光もアリだろうが、この時間ではどこも閉まっているはず。


「おーい、どこ行くんや」


 車が対面で走れそうに広い歩道を、了とウイさんが並んで歩く。その三歩後ろに、俺。

 おどけて手を振っても、「騙された思うて」としか答えてもらえない。五度目くらいには振り向いてももらえなくなった。

 マンションやアパートばかりの住宅地で、何をしようと? 近くに商店街もあるけれど、やはり閉店の時間だ。

 いくら考えても、もしかしてという予想さえつかない。途中から諦めて、もとへ拗ねて、おとなしく着いていった。


「で、ここはどこです?」


 都合、二十分ほども歩いたか。ウイさんが足を止めたのは、あるマンションの入り口。

 要望したはずの了も「ここ?」と問い、彼女は自信たっぷりに頷いた。

 変わらず、俺の質問はスルーだ。黒くてちょっと高級っぽい自動ドアを抜け、彼女はエントランス内を見回す。

 大理石風の床や壁。するともはや当然のオートロックと、呼び出しパネル。壁を回り込んだところに、郵便受けや宅配ボックスの専用スペースもあるらしい。


「隠れ家的な料理屋さんでも?」


 了が喜ぶというと、もうそんなことしか思いつかなかった。けれど彼女が郵便受けのほうへ行って、どうも違うと悟る。

 いよいよ不気味だ。たった数十秒で戻ったウイさんが、誰を呼ぶのか。大げさでなく固唾を呑んで、呼び出しパネルを見つめた。

 四〇四。部屋番号が打ち込まれ、電子音のチャイムが鳴る。

 数拍、直ちにと言っていい間で応答があった。おそらく中年の女性の声で。


「はい」

「夜分に畏れ入ります。湯摺様のご自宅で間違いないでしょうか」


 相手の女性は「左様でございます」と上品に、悪く言えば気取った感じに。

 息が詰まる。誰か俺の喉へ、いつの間に縄をかけたのだろう。一気に締め上げられ、くらくらと意識が遠退きかけもした。


「失礼ですが、どちら様でしょうか?」


 呼び出しパネルにカメラもあるようだった。ジャージ姿の女性と、小汚いジーパン姿の男と、きっと値踏みする一瞬の空白からの問いかけ。

 

「私、浮橋と申します。こちらは人吉。以前、湯摺様には上司として可愛がっていただきました。突然に非常識な訪問で申しわけありませんが、本日どうしてもお礼差し上げたいと参りました」


 ウイさんに臆した様子はない。むしろ堂々と、食ってかかるように言った。

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