第6話 初めての先制攻撃

 へンリック連邦の特使団は一カ月が過ぎてもまだ【ルエル】内に滞在している。こちらの心情としてはとっとと出ていってほしいが、なかなかそうわけにもいかないようだ。

 特使団は居座り続けている上に、それを既成事実化して大使館を現在滞在しているホテルに置かせてもらえないかなどというふざけたことを言い出している。

 そのご追加で入港しようとしたヘンリック連邦の船は入港を拒否している。人員を増やして実効支配をかけようとしている目論見が透けて見える。

 幹部会議でもすでに強制排除が計画の俎上に上がっている。

 外国人にただ飯を食わせているというのは何分にも外聞が悪い。そのうえ、連中の工作員が帝国本土へむかって侵入したり、バールデン共和国の内部で反政府活動家に接触したり、扇動したり、資金を提供しようとしたことが明らかになっている。

 いずれも事前に司直の手がのびて事なきを得ているが、ここまで同盟国相手にやる相手にまともに相手をする気もなくなる。



 ヘンリック連邦側へ、諜報員を派遣して情報収集にあたっていたが、ヘンリック連邦の連邦議会議員のロビイストの一部に、対ハイザンス帝国強硬派がおり、これが今回の騒ぎの原因だというのだ。

 だがそのロビイストの資金源をたどると聖サンドール教国にたどり着く。

 会議で、ヘンリック連邦の連邦議会にこちらも資金を供出してロビイストを育成すべきだという意見が、私たち幹部会議の直下の事務方である実務者会議から上がってきていた。

 幹部会議でどうするか話し合ったが、結論としてヘンリック連邦にはしばらく身動きをとめてもらう方向で意見がそろった。そのためにロビー活動家を雇い、送り込むことが決定した。


 だがそれだけでは場当たり的に対処をしているにすぎない。南華条約機構諸国に準備ができ次第、宣戦布告を出すことが決まった。

 さすがに周り中を策動されていることに幹部クルー達も怒り心頭だったらしい。

 行動開始日は三カ月後の帝国歴580年9月1日だ。

 侵攻開始位置は旧メッサリーナ同盟諸国イグナシア公国、ベランドルクト王国、サザンスール王国の恒星系からだ。この三国は間に別の国が一つか二つはさまっていた場所だ。

 現状で我がハイザンス帝国が唯一、南華条約諸国と国境を接している場所だ。メッサリーナ同盟諸国は長い雲のかたちをしており、国境線が長い。そのためこの銀河のαセクターからβセクターへ半島のように飛び出している。その半島のさきにβセクターの同盟国であるラナトクス公国がある。

 今回準備するのは新型ペルセウスⅡ級360隻だ。三カ所からいっきに艦隊を送り込み、恒星系をとにかく落としていく。

 これとは別に戦略空母型コロニー要塞として新造した1万8000kmの大きさを誇る、クイーン・スペード級を中心としたペルセウス型の要塞艦隊250隻。これは一路聖サンドール教国の制圧を目指す電撃遠征艦隊だ。

 クイーンスペード級の統括にはAIメセナのコピーAIを配置した。

 全軍大小合わせて百三十万隻以上の大艦隊を派遣する。



 帝国歴580年8月、ハインツがようやくセッサリーナ諸国のひとつベグルゼル王国での執務の引継ぎをおえてこちらに帰ってきた。

 【ルエル】幹部会議として本人に幹部会議に参加を要請していたが、ようやくそれが実現した。

 【ルエル】の幹部用エリアに入ったハインツはずいぶんご機嫌だった。

「いやぁ・・・・・僕がここに入れる日がくるとはおもってなかったよ。」

 遠征に出かけるようなことをしてなければもっと早く着任できてしただろうというのは私の独りよがりだろうか。


 皆が席に座ったのを確認して司会役のリエルは会議の開始を宣言する。

 最初の議題は居座っているヘンリック連邦の特使団の扱いだ。すでに追い出すことは決めているが、問題はいつ追い出すかだ。

 追い出せば、ヘンリック連邦側は軍事的な圧力をかけてくる可能性が高い。今の時点で策動されると南華諸国侵攻がひかえている今、正直面倒だ。

「・・・なんだか僕が知らないうちにずいぶんヘンリック連邦さんとはやりあってたみたいだね。」

「そうなのよ。」

 レイナがやる方もない感じハインツに答える。

「軍事的にはどうなのさ?」

「現在、主戦力を南華諸国侵攻に振り向けてますから・・・・防衛戦闘なら問題はありません。ただ、逆侵攻をかけるなら戦力は足りないですね。」

 レリアがよどみなく答えた。

「現状いろいろな事件がおきてますが・・・・元凶を叩けば・・おそらくヘンリック連邦内の南華シンパをつり出すにはちょうどよろしいかと。こちらは諜報戦で対処すべきかと考えます。」

 ハインツが首を傾げた。

「現在進行形で、ヘンリック連邦の国境で、兵器の拡大再生産がペルセウス級を中心として行われているよね?その戦力を放り込まないの?」

「出来るかできないかといえばできますが・・・・リスクが大きいです。なにもともあれβセクターをすべて制圧してからですね。それまではヘンリック連邦には足止めを行うべきかと。」

「・・・正直南華諸国を堕とすというのは一朝一夕ではすまない気がするけどなぁ。」

「クーレリアの演算では全土制圧まで約五カ年かかる見込みです。」

 わたしとしても五年も戦争にかかりきりになるというのは正直避けたい思いもあるが、敵は待ってくれない。

 諸悪の根源を断絶する必要がある。

 南華条約機構諸国をおとせばヘンリック連邦がおとなしくなることを期待したい。


 次の議題は南華条約諸国で第一目標のユビスンカ共和国、ヘルシン共和国、コーレル共和国の三つの占領後の統治についてだ。

「予定としは恒星系一個にペルセウスⅡ級を一隻配置し、そのあなをこちらで追加生産したペルセウスⅡを補充して、戦力を増強する方針だ。」

 私の言葉に、ジェフが考え込んだ様子だ。ロディーも考えたあと付け加えた。

「・・・例のダイソン球の要塞はいつ運用開始できる?」

「本格稼働には一年二カ月といったところですが・・・・現状でも予定の造兵工廠の42パーセントが稼働中。大型コロニー要塞用のドッグは十一カ所運用を開始しています。」

「それならそっちの方面の要塞艦の補充はそこで賄えないか?」

「賄えないわけではないですが・・・・おそらく敵は大一級の攻略目標として旧タグタイト王国にあるダイソン球要塞であるオオトリ要塞を一点集中で狙ってくる可能性が高くなります。」

 そこまで言われてみて、リソースの一部を生産に振り向ける必要があるかなと思った。旧メッサリーナ同盟諸国にも居住型惑星のない恒星系がそれなりの数ある。それらの一部をダイソン球要塞にしてしまえば・・・・生産量はかなり増やせる。

 ことハイザンス帝国本土では物資があまり始めている。ハイザンス帝国本土にもダイソン球要塞をいくつか建造するべきかと思った。

「メッサリーナ同盟の領宙とハイザンス帝国の宙域の居住型惑星のない恒星ンおいくつかをダイソン球要塞に転化させるのはどうだろうか?これならリスクを分散できる。」

 わたしのその意見にレリアは少し考え、頷いた。

「物資をそのように配分生産させましょう。」

「わぉ・・・・恒星レベルの大きさの要塞を建造とか、僕には理解しがたい話だね。」

「ここではこれが平常運転じゃから、ハインツも慣れる事じゃな。」

 ハインツがテリー老の言葉に神妙な顔をしていた。


 今回の侵攻作戦ではまず相手の恒星系の中心を叩き、そこにペルセウスⅡを一隻配して恒星系内に浸透制圧、他の部隊は次の恒星系にすすみという具合に進める。



 そしてこの日、ついにハイザンス帝国による、南華条約諸国への宣戦布告が銀河全体に向かって発布された。

 予想通りヘンリック連邦は和平の仲介をすると提案してきたが、もちろん【ルエル】としてもハイザンス帝国としても拒否した。


 私は最近、電撃侵攻部隊の映像を眺めながら執務をとったりラパームとお茶をしたりしている。

 レリアやレイナは休み時間は私より子供たちの相手で忙しそうだった。

 レリアは最近、AIをのせた生体アンドロイドというかバイオノイドを用意して、子供たちの教育係にしている。

 アンドロイドにしなかったのは肉体の柔らかさや温かみがないと愛情が育ちにくいからだそうだ。

 それに加え、公園デビューならぬ託児所デビューをレリアと幸雄、レイナと愛奈は果たしたそうだ。

 託児所は子供のいるクルーのために開設されており、そこの保母さんは全員AIによるバイオノイドだ。

 学校などもすでに開設しており、試験は行うが、3・6・6・4・2・2制で、そのうち託児所兼幼稚園の3年から中高一貫教育の六年までの15年を義務教育としている。飛級も認める形にしてあり、在学については無試験で大学院博士課程まで進めることができる。

 ただ、定期試験やレポート審査などがあり、学力的についていけてなかった場合、義務教育年次でも降格、落第や留年もあり得る。落第した場合などは年齢が過ぎても義務教育学校を卒業できず、通学しなければならないようになっている。

 初等教育段階で政治学の授業を盛り込んでおり、これが段階を踏んで義務教育卒行時に政治学試験を課すことになっている。

 【ルエル】の教育制度はいずれ帝国全土に広める教育制度のひな型として運用が開始された。

 そのフィードバックととに日本でいう幼稚園である幼稚学校が開設され、授業料と教科書、筆記用具などを無償化し、無償の給食もつけた。

 これにより働く世代の一般市民や貧民の子供のなかにも通うものが出て、いま次の段階の初頭教育学校の六年の準備が並行して進められている。






 侵攻開始から一カ月が経った。

 すでに占領した恒星系は三百を超えた。現地からの情報では、南華条約機構の諸国は聖サンドール教国の軍事コロニーワイネッツに集結し、そこから大反抗作戦を立てているとのことだった。

 相手の戦いの仕方が焦土戦術をつかう事が増えてきたが、おおかた補給線が伸びきったところで大反撃を加えるつもりなのだろう。

 こちらの移動コロニーから延々と補給ができるということをむこうは理解していないようだ。


 一方、聖サンドール教国侵攻部隊はついに聖サンドール教国の国境に到着し、ついに相手の肩に手をかけた。

 すでに包囲が完了しているあたり、さすがメセナの複製だけははある。

 そして一斉攻撃のタイミングをみはからっていた。


 一時間後、私は聖サンドール教国への攻撃を命じた。

 聖サンドール教国側は多国籍軍を結成させ、バイエルラントにその艦隊を集結していた。

 彼らの狙いはこちらの総旗艦クイーン・スペードらしい。メセナの複製AIであるラノスはこれに対し、重心防衛陣を何枚も防御型艦船で重ねた防衛線をはる一方、ペルセウスⅡ級と打撃空母艦隊による遊撃隊を三つ作り出して、相手の側面や後ろを扼すように動いていた。

 それは帝国歴580年10月7日の事だった。

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