第10話 鉄壁を粉砕する魔王

賑わっている都市の通りから外れた裏通り


カリアとシュウの前に見える光景は先程まで見ていたのが光だとしたら今見ているこれは闇。



少女と同じように裏通りの人々はボロボロの布切れを着たりしており、力なく座り込んでいるのがほとんどだ。おそらくこの者達も帰る家は無い、だから此処に居るしかないのだろう。


「これは……」

家も金もなく行き場を無くした人々が希望無く、ただその場で留まり時を過ごしている。カリアは目の前に居る人々に対して言葉が見つからず詰まらせる。



「皆私と同じ、家もお金も無い。だからと言って街を出たら過酷な山道を超えないと他の街に行く事が出来ない…」

少女の瞳に力は無く、その目に希望の火は灯されていない。それは此処に居る他の者も同じかもしれない、此処で暮らしても何も変わらない、だが外へ行こうにも山脈に囲まれており乗り越える体力も無い。屈強な兵士でも山道の行軍は大変のはずであり訓練を受けていない素人が山を超える事はまず不可能だ。


外にも出られず希望の無いこの場所に閉じこもって過ごすしかない。それはとても幸せとは程遠い生活のように思えた。



「鋼鉄の壁、兵士の頑丈な鎧。それだけの装備と設備を揃えるのにはかなりの大金が必要だろうね、だから国民から重い税金を課して搾り取って金を集め、装備を整えた。それが…これか」

シュウの見上げる視線の先には街を覆う鋼鉄の壁。確かに魔物達から街を守る手段になっているが、それで国民の暮らしはこうして見て分かるように豊かとは言えなくなった。これに喜んでいるのは富裕層の金持ちと貴族ぐらいだろう。


「税金が払えなかったら家の物持ってかれたり家を追い出されたり、それで路頭に迷わされる人ばかり…」

「…キミもその一人、という訳か」

「私は、逃げ出したの。親が金なくてどうしようってなってたら私を売って金にするって聞いて、それで……」

少女は何処かに身売りされそうになっていて、それでいち早く家出して逃げ出したのだった。自分の子供を売ろうとするとはとんでもない親だとカリアは怒りの表情を浮かべる、そんな環境に追い込んだのもこの国の重い税金のせいだ。



「それからは、もう…何も食べられなかったり水で飲んで凌いだり残飯あさって食べたりと……」

「……分かった、大丈夫だ」

辛そうに語る少女にシュウはそれ以上は語らなくていいと自分の持つパンを少女へと押し付けた。


「こういう暖かいパンを食べるのは…凄く久しぶり………」









「…お嬢さん、少し待っててくれるかな?この過酷な鳥かごから皆解き放って自由にしてみせる」

「え…?」

シュウはそれだけ言うと歩き出し、カリアもシュウの後に続いてこの裏通りを通り抜ける。

進んで行くと立派な建物が数多くあってそれが人の家であり先程とはうってかわり裕福な人々が所々見え、さっき言った金持ちの人種の方だ。


貧富の差がはっきりと見える。彼らはパン一つ満足に食べる事の出来ない人々の苦労など知らない、分かろうともしないだろう。





「このような環境…魔王軍を倒していたとしても、国によってあのような不幸な者達が次から次へと生まれては到底真の平和とは言えんだろう」

「表は立派でも裏を見れば全く違う、…自慢の守りはこういう事をやって生まれたか」

魔王を倒せば平和になると信じて戦ってきたあの時、勇者として戦った日々。しかしそれは大国にいいように使われていただけだった、カリアは改めてヴァント王国に、そしてこのアムレート国に怒りを覚えた。

自慢の城塞都市は国民を犠牲にして守りを築き上げたものだったという事に。




そしてシュウは不敵に笑って次の言葉を放つ。

「だったらこんな守り、さっさと粉々にぶっ壊して教えてやろう。我が魔王軍にこんなもの無意味だとね。城塞都市アムレートは今日で滅びる」
















「大臣、ターウォのあの騎士に我が王国騎士団への誘いは伝えたか?」

「はっ。しかしイエスの返事は帰ってこないままでございます」



城塞都市アムレートの一番奥に位置する巨大な城、小国の城と違う大きさで守りが自慢の城らしく城門も立派であり屈強な重装騎士達が門番をしている。

アムレートの国王は食堂で高いワインを嗜み、鳥の丸焼きにかぶりつく。国民達が重い税金で食べるものにも困っている中で富裕層の金持ちや貴族。そして王族達は贅沢な暮らしを堪能している。


「ちゃんと向こうの報酬の倍額出すと伝えているのか?それでも渋るなら3倍でも良い、あのような優秀な騎士はあんな子供の王の元よりも大国である我々が使った方が有益であろう」

「全くその通り、ではただちに3倍の交渉をお伝えしましょう」

アムレート国王はターウォの英雄である騎士、ホルクをターウォから引き抜く事を考えていた。自分達のような大国の方があの優秀な騎士を置くに相応しいだろうと。



「我らにはこの自然の山脈があり、更に鋼鉄の壁がある。加えて我が騎士団は鉄壁の守りを誇る重騎士達。これに更に魔王軍を退けた者が来れば我々が最強国となるだろうな!そうなれば世界の頂点に君臨する王も夢ではない!」

愉快そうに笑って国王はワインを掲げて飲み干す。魔王軍を倒して世界に平和を、というよりも自国の栄光と自分の事しか考えていないようだ。


「その魔王軍もターウォとの戦いに敗れ、意気消沈となっているはず。ターウォを利用し魔王軍を滅ぼせば我らアムレート国の名声も更に高まる事でしょう」

「全くだ、はははは!」

国王、大臣共々笑い合う。そうなれば彼らはそれこそ笑いが止まらなくなる事だろう。




最もこの後笑えない、彼らにとって最悪の事態が訪れるのだが……。






「ほ、報告します!」

そこに慌ただしく重装騎士が駆け込むように食堂へ入ってきて王の前に現れた。

「こら!何事だ!?王の前でバタバタとみっともない、それでも誇り高きアムレート騎士団の一員か!?」

慌てた騎士の姿に喝を入れるように大臣が叱りつける。


「す、すみません!しかし、魔物が!この城に迫ってきています!」

「何…!?」

叱りを受けながらも報告し、それを受けた王の顔は驚愕に染まる。


守りには絶対の自信を持つ城塞都市アムレート。鋼鉄の壁に覆われているだけでなく自然の山脈が敵の行く手を阻むのだ、この国に攻め込むなど不可能に等しいだろうと王は、此処の民は考えていた。だから魔王軍の侵攻の脅威など心配する事なく変わらぬ暮らしをしてきた。

「ふざけた事をぬかすな!この鉄壁の守りを突破して攻め込める者などおらんはずだ!」

大臣は信じていないようで、兵士の世迷言ではないのかと疑っている。自分の国の守りが破られるはずが無い、あの守りは正面から破る事など出来ないはず。やろうとしてもその音等で兵士達や自分達が気づくはずだ。




しかし攻める側としては別に正面から守りを突破する必要など無かった、懐に入り込んで中心部で増援を此処に呼び寄せるだけで済む事なのだから。



それは魔王軍の拠点地から始まっていた。





「(マリアン、作戦開始だ)」

シュウの魔法によるテレパシー、これで遠くの者との会話を可能にさせる物であり高レベルの魔法を使う者なら難なく使いこなせる。魔王であるシュウの魔力、それに匹敵するマリアンの魔力ならば朝飯前だ。

「(はい、今兵を送りますね魔王様ー♪)」

連絡を受けたマリアンは魔法で空間を開け、シュウの居る場所に通じるゲートを作り出す。今頃向こうでもゲートを作り出しており2つのゲートを結べば詠唱者が少人数を少しずつ運ぶような事をするまでもなく大軍が一斉に移動が可能となる。

「我らの出番だ!行くぞ!」

先陣を切ってゼッドがゲートへと飛び込み、それに部下達も続く。


「行こうか……人形達よ」

クレイの作り出したゴーレム達もクレイの指示でゲートへと飛び込む、ゼッド率いる軍団にクレイのゴーレム達。魔王軍の誇る2強の軍団がカリア、シュウの待つ鉄壁の城塞都市へとゲートによって一気に現地へと運ばれて行った。

これで厳しい山道を一気に超えて鋼鉄の壁も通り抜けだ。












「魔王様、ただいま到着いたしました」

「ん、ご苦労」

ゲートを移動し、次にゼッド達がそこから出て来た時にはアムレートの街中へと出て来た。続々と魔王軍の兵達が姿を見せて街中騒然。しかし彼らは街に眼中は無く、矛先は城へと向けられる。

あの場所を攻め落とせばアムレートは落ちる、そうすればこの場所は手中に収める事が出来る。なので容赦なくシュウは命令を下す。

「城を落とせ」






その言葉が戦いの始まりとなり、ゼッドを先頭に魔王軍は城へと一気に目指す。途中に兵が立ちはだかるもゼッドの斧のひと振りで吹っ飛び敵ではなかった。

そして城まで間近と迫った時に…。





「止まれー!魔王軍め!此処より先は我らアムレート重装騎士団が一歩も通さんぞ!」

ずらりと揃った重装騎士の兵士達。アムレート自慢の鉄壁の騎士軍団だ、山道や鋼鉄の壁が突破されてもまだ騎士団の守りが残っている。

分厚い鎧に身を包んだ彼らの守りの前に並の攻撃は通じない。





「…それで守りを固めたつもりかな?僕には弱点を曝け出しているようにしか見えないね」

アムレート重装騎士団の前にシュウが立ち、身の丈ほどある杖を構えてその先端を向けるとバチバチと電気が発生しており、この前の炎とは違う種類の攻撃魔法を彼は扱う。


何も炎の攻撃魔法だけしか出来ないという訳ではない。相手によって効果的な魔法を使う事がシュウは出来る、重装騎士団は鎧に覆われている。つまり全身が金属で守られているという事。




「トライデントサンダー……」

シュウが魔法を唱えると、杖の先端から稲妻の巨大な槍が飛び出して一直線に騎士団へと放たれる。

巨大な雷が放たれたのが騎士団には見えたのだが彼らは重量ある鎧に覆われており素早い動きは困難、それは避ける事も困難だった。



「ぎゃああああああ!!!!!」

「ぎえええええええ!!!!!」


雷に触れた瞬間、鎧を伝って彼らの肉体そのものに雷の衝撃が襲いかかる。普段は攻撃から守ってくれる鎧も雷の前では何の役にも立っていない、魔王の雷の前に騎士団達は次々と何も出来ないまま苦しむ叫び声をあげながら倒れていった。












「こ、こんな…我が鉄壁の騎士団がこうも簡単に敗れるだと…!?」

アムレート城にある王の間、窓から自慢の騎士団が倒れていく姿を目撃してしまったアムレートの国王、ショックからか足元がふらつき始めている。

大臣もそれを見ていて顔は分かりやすく青ざめていた。

「まさか魔王軍がターウォの敗戦からすぐにこのアムレートに攻め込んで来るなんて…!立ち直りが早すぎるではないか!?」

「わ、私に言われましても…!」

考えではターウォでの戦いで消耗して進軍は少しの間は無いだろうというものだった。だが今その予想に反して敗戦から僅かに時が経ったぐらいですぐに此処への進軍を開始していた。予想が外れた事に大臣は兵士へと八つ当たりだ。



バン



そこに王の間に通じる扉が開かれる。

「こ、今度は何だ!?何があった!」

また何かの報告かと王がそちらへと目をやると……。



自分の所の兵ではない、杖を持った少年と大剣を持った女性がそこに立っていた。




「初めまして、そしてさようなら」

杖を持った少年、シュウは国王達を指差して死の宣告。





それが国王達の見た最期の光景、最期に聞いた言葉。









ドォォォーーーーーーーーーーーーーンッ




「!?」

城の方で何か爆発音が聞こえた、少女は身を潜めて自分の身を守っていた。その懐にはカリアとシュウから貰ったパンをしまっており大事そうに持っている。

音が気になり、少女はそっと顔を出して外の様子を伺う。



「城が………燃えてる………」

それは自分達の暮らす国が終わりを告げる時。この街は魔王軍に占領される。

金持ちや貴族達はこの状況に絶望し、目の前が真っ暗になる。その一方で少女や家を奪われた者達はこの状況をどう思うのか。



これを絶望と取るのか、それとも今の状況を抜け出す切欠の希望となるのか、それは彼ら次第だろう……。

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