第9話 勇者と魔王の偵察

シュウ達魔王軍はゴート王国の城に現在は留まり、新たな進軍先について会議室で実力者を集めて会議を始めていた。

その実力者は魔王のシュウは当然として参謀ミナ、魔王軍のそれぞれの軍を率いる長達。ゼッド、クレイ、マリアン。バルバだけいないが彼は負傷しており医務室で治療中なので欠席となっている。


更にそこに勇者カリア、その友人のエルフのテシ。現在の魔王軍の精鋭達でこれから先を考えている。



「ターウォ攻略は失敗となり、此処は以前よりも強固となっていると考えるのが妥当。とすると他の拠点を攻め落とし力を削ぎ落とすのが定石か」

シュウは今は無理にターウォ攻略に拘り過ぎるのは悪手だと読み、今はターウォの事は放置する事にして他の攻め落とせる連中の重要拠点を探す。

「おそらく今のターウォに並ぶ強国となりますが、城塞都市のアムレート…此処より北東のマード山脈を超えてこれを攻め落とせば人間側にはかなりのダメージ。更に我々にとっては大きな拠点を得られます」

ミナはこの国について調べておりデータを読み上げる。


城塞都市アムレート


街の周りを強固な鋼鉄の壁で覆い、更にその前に自然の山脈に囲まれ天然の防御壁があり魔物達の侵入を一切許さない鉄壁の守りを誇る都市。

更に機械技術を用いて大砲や戦車といった物を作り上げて火力面も高めている。



「機械技術……興味深い…」

クレイは機械について強い関心を持ち、機械とかそういうのは好きなようだ。

「更に騎士団は重装の騎士が多く所属し、機動力に欠けるが守りの戦いは一級品だ。これは攻める方は中々苦労させられるな」

騎士団についてはゼッドが詳しくアムレートの騎士団は分厚い鎧に身を包んだ重装騎士揃いで白兵戦ではかなりの強さを持っている、今までの弱小国の騎士団とは訳が違うらしい。

「なーんか堅苦しくて暑苦しそうね…そういうの萎えちゃうわ」

あまり何処か乗り気ではない様子のマリアンはつまらなそうに呟いた。



「ま、攻めるなら山脈とかは問題無いっしょ。移動魔法で一気にビューンだよ、それで苦もなくあっさり華麗に山脈超えってねー」

そう言うテシの視線の先にはシュウが居る。彼女は分かっている、シュウが大勢を移動させられる移動の魔法を持つというのを。エルフの里の時にそれを見ているのだからその魔法を使えばいかに歩行が困難な山脈だろうが簡単に超えられる。

「おい、魔王様の助力に頼るのは感心せんぞ。我々の力を持って魔王様の手を煩わせる事なく攻略せねば」

テシがこの方が楽だという意図にゼッドが気付きシュウに頼るような作戦は賛同出来ないと反対。

「移動魔法か…そこまでの大軍を一気に移動は流石に無理があるかな、まあ全く出来ない訳ではないとして」

自分一人や少数の移動ならば気軽にシュウは移動魔法を使えるのだがいっぺんに大勢を移動はいくら彼が優れた力を持っていても無理がある。

ただし、不可能ではないようだ。


「こういう時に空の軍団だけど、ターウォの時に負けて大分消耗しちゃったからね。今回は流石にお休みでしょ」

山脈を超える移動手段として他にマリアンは空を飛ぶ事を思いつくが、その要となる空の軍団は前の戦いで敗れ、バルバも負傷して出撃不可能の状態。彼らに頼る事も無理だ。



「だったらてっとり早く、僕の移動魔法で都市の内部へ侵入しようか。連中もいきなり街中から敵が来るとは思ってないだろうからね。先に僕が行こう」

テシの移動魔法で行けという魔王任せの案にシュウ自らがまるで乗るような形でこれが最善策で決まろうとしていた。

「魔王様自らですか!?」

ゼッドはシュウ自らが今回の戦いに参加する事に驚き思わず席から立つ。百戦錬磨の戦士であるゼッドも今回は山越えに加え強固な守りを持つアムレート攻略は正面からは中々骨が折れるだろうというのは分かっていた、ならばシュウの使う移動魔法に頼った方が効率的で良い。しかし魔王と呼ばれる者がそこまで気軽に前線に出ていいものなのかという考えもあった。

「なら、護衛として私も同行するべきだな」

そこにカリアがシュウの護衛を買って出た、シュウの力を思えば護衛など全くの不要に思えるが念のためだ。万が一魔王である彼が倒れれば魔王軍は総崩れとなる事は分かっている。万が一も無いようにカリアはシュウを守ろうとしている。



「とりあえずいきなり仕掛けるような事はせずにまずは偵察かな、まだその鉄壁の守りが自慢の国がどういう所でその内部を見てないからね」

偵察という点を思うと人間であるカリア、魔族だが人間の少年に限りなく近い容姿のシュウ。知らない者から見れば勇者と魔王だとは思われないだろう。

「いいねいいね、勇者と魔王の出陣♪二人とも気をつけて行って来てねー」

まるでお使いに向かう者を気軽に見送るような感じでテシはひらひらと手を振る。

「魔王様が望むなら……従うだけ…」

クレイは特に反対の様子は無い。



「戦いの合図はマリアンに出すから、そのタイミングでキミの移動魔法で増援部隊を送って来てほしい」

「はーい♪」

移動魔法が使えるのはシュウだけではない、魔力で彼に匹敵すると言われているマリアンも移動魔法の使い手だ。シュウの合図でマリアンから増援部隊を国へと送り込む。その為の打ち合わせが軽く行われる。


「シュウ、行くか?アムレートに」

「ああ。準備は出来た、早速行こうか」

シュウはカリアの傍まで歩き、その場で移動魔法を使うと二人の姿は消え去りこの場からいなくなった。





「しかし、魔王様って勇者カリアが加わってからよく自分で出向くようになったよねぇー。勇者ちゃんの初陣にエルフの里の時といい」

二人が去った後にマリアンはこれまでのシュウの行動について話す、何かとカリアと一緒で共に出向く事が覆い気がしてきた。

「まさか、魔王様ってば勇者ちゃんにマジで恋しちゃってそれで理由つけて一緒に居たいとかー?」

「ふざけた事をぬかすな、魔王と勇者がそのような事になったなど今まであったか?」

何か面白がってそういう関係っぽいと妄想したマリアンに対してバカバカしいと切り捨てるゼッド、いくら今味方だろうが人類の救世主である勇者、人類の脅威である魔王。正反対の二人がそんな関係になるというのは聞いた事も見た事も無い、有り得ないだろうとゼッドはその可能性を考えない。

「古いわねぇ、愛は年齢どころか身分も種族の壁も超えるもの。それが男の子と女の子ってものでしょ」

愛の前にそれは関係無いと反論のマリアン。



「魔王軍も恋愛で語るもんなんだねぇ」

「………」

二人の様子をテシは興味深そうに見ていてクレイは無表情で人形を持って見ていた。


そういうやり取りが魔王軍で行われていた事など露知らず、カリアとシュウは移動呪文でアムレートに運ばれて行っていた。









二人の姿が次に現れ、二人が目にしたのは街を覆う巨大な鋼鉄の壁だった。

アムレートの守りを支える山脈に続く第二の壁、しかしシュウの移動魔法によって街中へとやってきて二つの壁を難なく乗り越える事が出来た。


彼ら二人以外は今は周りに誰もいないようで此処は街中の外れの方らしい、しかしその方が都合が良い。人が多く気付き騒ぎになれば偵察どころではなくなる。

シュウの事だからそれも計算しての移動魔法だったのかもしれないが。




「街には無事についた、まずはどうするか…」

「とりあえずはそうだな……」

歩く前にカリアとシュウは此処で取るべき行動について考え話し合う、すると…。



「お腹すいたから此処の街のご飯でも食べようか」

街に着いたシュウは空腹の方が勝ったのか食事の方に向かおうと食堂を探す。

そんなシュウの姿は偵察に来た魔王とは思えず、腹を空かせた子供と変わらない。そういう魔王の姿は珍しいなと思いつつカリアも続いて歩き出した。

活気ある街中へと出れば多くの人とすれ違うが、二人は違和感なく人の中に溶け込んで歩いている。周りの誰もが手を組んだ勇者と魔王とは思っていないだろう。



大きな酒場を見つけ、他に食堂は無さそうなので建物へとカリア、シュウの二人は入る。酒場だが酒の提供の他にも食事も出来るので食堂の役割も出来ている。その証拠に多くの者が食事をしていてお腹を満たしていた。


カリアはジャガイモとニンジン、ステーキが盛られた皿に大盛りのライスを注文。結構なボリュームある物が目の前に置かれた。

シュウの前にはライスの上に牛肉が乗った皿とアップルジュース。この皿も中々の量で此処のメニューは量の多さが自慢のようだ。



カリアとシュウは普通に食事し、周囲から見れば旅する冒険者達という感じで誰も気にも留めていない。上質な肉で柔らかく米との相性が抜群であり自然と食が進む。二人とも問題なくボリュームあるメニューを食べきろうとしていた。



「何か最近小国が次々と魔王軍に落とされてるよな、此処は流石に大丈夫…と思いたいけどよ」

そこに二人の耳に人々の話が聞こえてきて魔王軍が小国を落としているという話をしている。こっそりと声の元を辿れば兵士の格好をしている男達が酒を飲んでいる、アムレートの兵だろう。

「なーに、此処は難攻不落の鉄壁の城塞都市だぜ?噂じゃターウォが魔王軍を追い払ったらしいし、小国を落とすので精一杯な奴らに此処を落とすなんざ無理に決まってんだろ」

「だよなぁ、そのうち大国が集って魔王軍を袋叩きにする未来しかねーよ!」

魔王軍がターウォを攻め、攻略に失敗したという事実は人々の耳にも届いており小国落とすので精一杯の魔王軍に大国で鉄壁の城塞都市アムレートを落とすなど不可能だと少なくとも自国の兵はそれだけ守りに絶対の自信を持つせいか思っているようだ。



「…熱くなってこの場で戦い仕掛けるとかしないだろうな?」

その魔王軍の親玉がこの場で兵の会話を聞いてるなど夢にも思っていないだろう、好き放題言ってる彼らの言葉が次々聞こえてきているはずのシュウにカリアは頭に血が上ってないか声をかけておく。

「ご心配なく、血の気の多い魔物とかなら黙ってないだろうけど。まあ好きに言わせとけばいいさ」

シュウは彼らの言葉を気にする様子はなくジュースを飲み干した。



「むしろこの後の未来を思えば哀れでしかないし」

兵士は知らない、今の言葉の数々を魔王が聞いている事を。そして彼らの辿るその先の結末を。







腹を満たし、酒場を出たカリアとシュウ。次は何処に行こうかと目的地を探そうとしていると…。

「む?」

その時カリアは酒場の建物の所に小さな人影が見えたのが見えた、そこは脇道となっていて大通りの賑わっている人通りとは違って何処か暗い雰囲気が漂う。



近づいて行くと、そこには黒い髪の小さな女の子。おそらく10歳ぐらいかそれに満たないぐらいか、服装はボロボロの赤いワンピースを着ていて体育座りのまま動かずにいた。

「キミ、大丈夫か?どうした……」

カリアが声をかけようとした時……



ぐう~~~~


カリアもシュウも腹を満たしたばかり、此処ですぐに空腹の音が鳴るという事はないはず。だとしたら音の出処は決まっている。この少女からだ。

「よければこれ、どうぞ?」

シュウはさっきの酒場で売っていたパンを買っており、何処かでまた空腹になったら食べるつもりだったのだがこの少女に差し出す。

「!…………いいの?」

「このまま通り過ぎてキミがずっと空腹で苦しい方が寝覚めが悪い、その寝覚めから解放してもらう為に食べてくれた方が僕にとっては非常に助かるね」

少女はパンを受け取り、食べ始めた。まるで数日何も食べてないかのようながっつきっぷりだ。

「良ければ家まで送ろう、何処にある?」

「…無いよ」

パンを食べてる少女にカリアはこの後で家に送ろうと何処に家があるか少女から教えてもらおうとするが少女の家は無い。



「家なんか無い…この国は……お金無い人に冷たいから」


パンを食べる手が止まり暗い雰囲気漂う少女。人々にとって安心安全なはずの城塞都市、それをあまり良くは思っていない。少なくともこの少女はそうだ。

まるで都市に囲まれて守られているというよりも鋼鉄の壁という名の鳥かごに閉じ込められ自由を奪われた鳥のように思えた……。

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