ブレイブ&ルシファー

イーグル

第1話 裏切りと始まり

人間と動物のみならず魔物(モンスター)と呼ばれる者や様々な生き物が存在する世界。


女神ルーヴェルの加護によってこの世界は均衡が保たれ、世界は守られていると言われている。




しかしその均衡はある日突然破られる事となる。



魔王軍を名乗る魔の軍勢が各国へと攻撃を仕掛け始めたのだ、これに人間達は抵抗するも魔族や魔物達の力は想像以上であり人間達は劣勢へと追い込まれる。



だが人間側には幸いな事に頼れる存在があった。



それが勇者という者。



古では勇者が現れ、大いなる災いを薙ぎ払うという言い伝えが大国であるヴァント王国でそのような記録が残っていた。



強き騎士団と兵士、冒険者が集うヴァント王国で国王ベーザは大会を開き優勝した最も強き者を勇者とすると宣言。

人々はどのような屈強な男が勇者となって魔王との戦いで先頭に立ってくれるのかと思った。





しかし優勝したのは男ではなく女だった。


白き鎧を身に纏って大剣を振るい、男顔負けの力強い戦いで正面から相手を圧倒。女性にしては長身であり180cmぐらいはあるだろう。周りの男はそれ以上の体格を誇る者がほとんどだったがそれも関係無かった。


そして優勝し兜を外すと長く美しい金髪のロングヘアーが解き放たれる。そこで初めて彼女が女性だという事を皆が理解する。


彼女の名はカリア、生まれた時から両親はおらず孤児院育ちであり生きる為に剣を手に取り強くなり己で道を切り拓いて来た。

そんな時に人々の暮らしが脅かされている魔王軍の襲来。これに力のない者が犠牲となってしまうのを避けようと、守ろうとカリアは自らが勇者となる事を決意してこの国にやって来る。

その決意を持ってこの大会へと臨み彼女は見事勇者の座をその手で掴み取ったのだった…。




「そなたが此処に来たのも女神ルーヴェルの導きによるものなのかもしれない、勇者カリアよ…魔王討伐に力を貸してくれるか?」

「はっ、このカリア全力を尽くしてこの世を清めてみせましょう」

カリアのその緑の瞳からは揺るぎない決意が宿っている、剣で鍛え上げた腕はこの為にあったのかもしれない。自分が勇者となり魔王を倒す為に。

ヴァント王国も勇者カリアをサポートしようと騎士団の軍勢を共に付け、更に腕の立つ冒険者達も何人かカリアの仲間として共に行動をする。

この勇者の誕生は瞬く間に各国へと知れ渡り魔王軍に押されていた人々の士気は上がっていき、勇者カリアを中心に人間達は魔族や魔物達と戦い続けて盛り返して行った。



そしてついに長く謎だった敵の本拠地を突き止める事に成功する。

「勇者殿、偵察に向かわせた者達によればこの先にある城に魔族や魔物達が出入りしているという事らしいです」

50代ぐらいの重騎士の中年の男、ベテランの騎士であり騎士団を統べる騎士団長ベンだ。

「そうですか…ならば魔王なる者が居る確率も高そうですね」

「うむ、その通り。此処がまさに奴ら魔の軍勢を一網打尽に出来る滅多に無い機会ですぞ」

それだけの出入りがあるなら未だその詳細が分からない魔王なる者も城に居るかもしれないとカリアは保存食のパンをかじりつつ考えていた、固いパンで正直あまり美味いものではないがこういう戦場で贅沢を言っている場合ではない。腹を満たしておけばそれで良い事なのだから。

ベンの助言を受けてカリアは立ち上がると愛用の大剣を持つ。



「では、外に居る敵は騎士団達に任せて我々は二人で魔王の居る場所まで一気に突っ切り魔王の首を取る…という事でよろしいですな?」

「ベン殿、よろしいのですか?相手は得体の知れない危険な魔王……」

「何をおっしゃる。勇者とはいえ一人で戦いを任せられませぬ、それこそ騎士の名折れだ」

カリアは魔王相手には自分だけで挑もうと考えていた。しかしベンは危険であろうその場所に自ら進んで足を踏み入れようとしている。騎士としてそうさせているのか、ともかくカリアはこの案を受ける事にした。





「行くぞ!今日が魔王軍の最期の時!再び世界に平和が訪れる時だ!」

号令と共に騎士団の軍勢が突撃、魔物達との混戦となり激闘が繰り広げられる。

この混戦に紛れて作戦通りカリアとベンは二人で城の中へと突入、外で戦う者達の為に早期で決着をつけなければならない。






城の中にも魔物達が居る事をカリアは覚悟していた、連戦でこちらの体力を奪い取る事は充分有り得るだろうとその予測を前もってしていたがそれを裏切るかのように城内にカリアに襲いかかる敵はいなかった。まるで導かれるかのように真っ直ぐ魔王の下へと目指して駆ける。


どれくらい奥へと進んだのだろうか、そろそろ魔王の居る場所が見えてくるか、それとも予想に反して魔王は此処にはいないのか。

カリア達は玉座の間へとたどり着いた。




「…我に何の用だ、人間よ」

低く暗い声が聞こえて来る、その声が聞こえて来るのは玉座の方。カリア達とはかなり距離が離れているが誰かが玉座に座っている事が分かる。

「お前が魔王か?」

カリアはその人物に対して問う、お前が魔王なのかと。

「そうだ、我こそが魔王。そういう貴様は勇者と呼ばれる者か?」

魔王と呼ばれる者は黒いローブに身をまとってその姿がハッキリしない。ただその体格的に見れば確実にカリアよりは小さい事が分かる。

しかし相手は魔を束ねる長、魔王と呼ばれる者。体格でカリアが勝っていようが油断は一瞬たりとも出来ない。

「ああ、私は勇者カリア!貴様をこの手で討って世を清める者だ!」

カリアは大剣を構え自らの名を高らかに堂々と名乗る。自分こそがこの世界を危機に陥れている魔王を倒す者であると。

「貴様、我を倒す事でこの世界が平和になると思っているのか?」

魔王は動こうとはせず大剣を構えるカリアへと玉座に座ったまま問う。向こうから襲いかかって来る気配は無さそうに思える、それがこちらを油断させる作戦かもしれないのでカリアは気を緩めない。

「魔の者が我々人間へと襲撃を開始してから世界は変わってしまった、その長である貴様を倒せばそうなるだろう」

「……ふん、何もかも我々魔の者のせいか。人間というものは自分達に都合の悪い事を隠したがるようだ」

「何?」

カリアの言葉にまるで魔王は呆れたかのようだった。此処で戦いに来たはずなのにカリアは何時の間にか魔王と会話を交わし続けている、その傍らに居るベンは早く魔王へ攻撃を仕掛けるべきだと急かそうとしている。



「我々魔王軍が進軍する以前から既に愚かな人間達が自らこの世界を汚しているとしたら?」

「!?」

「そうなると貴様らはその愚かな人間達の味方という事になる、正義の味方気取りでこちらを打倒しようとして悪人扱いしているが……ふん、どちらが極悪人だろうな?だからと言ってこちらが正義の味方だと言うつもりは欠片も無いがな」

「何を馬鹿な事を言うか!こちらを惑わそうとするつまらん策なら通じはせんぞ!勇者殿聞く必要はありません!」

本当にこの世界を汚しているのは魔の者ではなく人間、それも魔王軍が各国へと攻撃する以前からそうなっていたと語る魔王に強い反応を見せたのはベン、槍を構えて今にも突撃せんとする構えをとっていた。

「貴様らを惑わすつもりならもっと別の方法を使っている、我は事実を述べたまでだ。本当にこの世を汚しているのは人間だとな」

魔王はこの言葉を撤回するつもりは無い、まるで槍を構えるベンなど眼中に無いかのようだ。


「だが、それなら貴様は…貴様らは何のために各国へと攻撃を仕掛けている?この世界を魔の者にして支配しようとしているのではないのか?」

「なるほど、それも人間達が作り上げたこちらのイメージという訳か」

カリアは魔王へと戦わずに問いを続ける。気づけば知りたかった、何故魔王が、連中が各国へ侵攻を開始したのか。単なる世界征服でやっている事なのか、それとも……。

「すべては魔の者が暮らしやすい世の中にする為だ。しかし愚かな人間達によってその暮らしは脅かされている、…自らの暮らしの為に戦っている、という答えでは納得がいかないか?」

「…!」

これまで聞いてきた魔王軍のイメージとは全く違う、情け容赦なく力のない者達を容赦なく惨殺して人間達を、世界を滅ぼし支配する。それが魔王軍。

しかし今聞いた魔王の言葉はそのイメージをまるで覆すかのようだった。好きでこういう事をしている訳ではない、自分達が安全に暮らしていけないから戦っていると。

カリアは迷う、自分が剣を向けるべき相手は本当に魔王なのかと。



「目を覚まされよ勇者殿!すべては魔王の妄言に過ぎません!この者達のせいで我々人間の暮らしは脅かされている!この者達こそが元凶なのです!」

ベンは喝を入れるようにカリアへと声をかけた。自分達を惑わせる魔王の罠に勇者が屈するような事はあってはならないと。

「………」

カリアは再び剣を握り締める、愚かな人間という事に対して否定は出来なかった。世の中の人間全員が善人という訳ではない、そういった者も一部は居るだろう。しかし全ての人間がそうではない、少なくともカリアの仲間達にそんな者はいない。

その人間達がいなくなるのを止める為にカリアは戦う決意をした。



「…どうしてもやるつもりのようだな」

カリアの身構える姿に魔王は戦うつもりなのだと察した、しかしそれでもなお玉座から立ち上がる気配は無い。

「魔王よ……お前が魔の者を守ると言うなら私も人間達を守る為に戦う、もはや後には引けん…。覚悟!!」

此処でカリアは地を蹴って魔王へと真っ直ぐ向かって行った、その駆けるスピードは早く重い大剣を持ち鎧を纏っているとは思えない程だった。

「おおおおおっ!」

カリアは飛び上がり玉座に座る黒いローブの者、魔王へと向かって大剣を振り下ろした。



ズバァッ



大剣は黒きものを真っ二つに容易く切り裂く。


「!?」

しかしカリアはすぐ気付く、手応えがまるで無い。斬った黒い物をよく見れば魔王が纏っていた黒いローブのみ。魔王そのものは何処にもいない。





「話すだけじゃ駄目だったか…迷っているとはいえ」

玉座の後ろから声がする。それは先程まで聞いていた魔王の声とは違う、声は先程より高めであり少年少女に近い声に聞こえた。

その後に姿を見せたその人物にカリア、更にベンも驚く。



ローブと同色の黒いマント、右手には黒い杖を持つ。そこから見える服は半袖の黒いシャツに黒い短パン。サラッとした黒髪に黒い瞳、魔王の玉座の後ろから現れたのはそんな容姿の小柄な少年だ。

「誰だ…?」

「さっきまで貴女が話していた魔王」



黒いローブを纏った禍々しいオーラを放つ魔王、そのローブを取り払った姿がこのような子供の姿とは誰が想像しただろうか。

「改めて、僕が魔王を務めるシュウだ」

少年は自らを魔王と名乗った、シュウという少年。彼が先程までカリア達と語っていた魔王であると。



「これが……魔王?」

カリアが思い描いていた魔王の姿と全く違う、魔の者を束ねるというから恐ろしい魔物の姿を想像していたが人間の子供と同じような姿。




「相手が子供ならば怯むと思ったか!容赦はせん、魔王覚悟するがいい!業火に飲まれて散れ!!」

「!」

そこにベンが魔力を使い魔法を発動させる。巨大な炎の球が発生し魔王であるシュウへと真っ直ぐ放たれた。


この世界では魔力という物が存在し、それを消費する事で様々な魔法を使う事が可能となり極めて行けばより高度な魔法を扱う事が出来る。このベンが使ったのは炎魔法の上級であり獰猛な魔物をも焼き尽くす強力な魔法だ。



ゴォォォォーーーーーーッ


この炎の球にシュウは飲み込まれていく。これに今度は手応えあった事にベンは確信した。魔王に自分の魔法が間違いなく命中したと。





炎が収まる頃には跡形も無い、魔王は何処にもいなかった。

「魔王が……!これで、終わりなのか……?」

ベンの炎魔法によってあの少年、魔王は消え去った。これで魔王は死んで世界に平和が訪れたのだろうか、それにしてはやけにあっさりしていて何よりも複雑にカリアには思えた。



「いや、まだ終わりではありませぬ……貴女にも消えてもらわないとなりませんのでな勇者殿!」

「!?」


ゴォォォーーーーーーーーーッ


次の瞬間、ベンは既に新たな炎魔法の準備を完了しておりこれを先程魔王に放ったのが今度は仲間であるはずのカリアへと放たれた。

カリアは爆炎に飲み込まれる、その姿がベンに見えて彼は口元に笑みを浮かべた。



そしてその姿が炎が収まる頃には跡形もなく消えてなくなり、勇者も魔王もこの場にいなくなった。

「………ふ、はははは!!成功だ!大成功だ!ベーザ様からの命で魔王もろとも勇者も消すという任務、ようやく此処に完了した!」

ベンは騎士団を束ねる騎士団長と思えぬ程に高らかに笑う、彼は勇者と共に魔王討伐をせよという国王ベーザからの命令とは別の命を受けていた。

それが勇者であるカリアの抹殺。

「あんな何処の誰かも分からん女勇者が栄光を受けるより我が騎士団が魔王を討伐した方が大国であるヴァント王国として格好がつくという物、あの女には魔王の攻撃によって命を散ったと世間に知らせればよかろう。全く最後の最後に戦いを躊躇いおって、おかげで手間をかけさせてくれた…」

これまでの溜め込んできた不満を爆発させるかのようにベンは次々と言葉を発していた。孤児院育ちの女に頼らないとヴァント王国の騎士団は何も出来ないという不名誉が知れ渡るよりも自分達騎士団が魔王に止めを刺した、勇者はその最中に犠牲となったのだとベンは世間への発表を頭の中で既に描いている。魔王と勇者を共に倒し、これで任務は終わり引き上げようとしていた。










「本音が出たな、それで騎士とは笑わせる」

「!?」

その時聞き覚えのある少年の声がベンの耳に聞こえてくる、かなり動揺した表情でベンは辺りを見回した。


すると玉座の方に炎で飲まれたはずのシュウ、更にその隣にはカリアの姿もあって二人とも無傷で生きている。

「な、何故…!?炎によって焼け死んだはずだ…!」

ベンは確かに見ていた、シュウ、更にカリアが自分の炎魔法によって焼き尽くされていったのを。それが何故無事なんだと信じられない感じだ。

「そう見せるようにお前に幻術の魔法をかけただけさ、…あれしきの炎で本気で魔王を倒せるとでも?」

「っ…!」

シュウはベンにこっそりと幻術の魔法を発動させていた。ベンによって都合の良い展開、それを見せられて全ては幻の出来事だった。

だがその幻の中でベンは本音を零していた。魔王であるシュウのみならず共に討伐する仲間であるカリアをも亡き者にしようとしたと。


「ベン殿…それが貴方の本音か?それどころかベーザ国王…国が私の死を望むと?」

「勇者殿、そ、それは……!」

カリアの目はベンに対して仲間としての信頼は無い。あのような本音を聞いてはもはや仲間だとは思えなかった。

更にベンどころかベンに命じた国王ベーザがカリアを良く思っておらず、それどころか亡き者にしようとしていたという。


「勇者を誕生させて都合が悪くなったら消す、…僕ら魔の者にそれでよく悪く言えたもんだな。むしろお前らの方がタチの悪い魔物に見えて来るもんだよ。流石は愚かな人間と言った所かな?」

くっくっとシュウは面白そうに笑っていた。醜態を晒したベンに対して嘲笑っているように思える。



「……貴様、私を騙したのか……それどころかあの王までも…」

ベンを睨むカリアの目、それは確実に怒りを宿していた。信頼していたはずの同志に刃を向けられ裏切られる、最初はショックだったがそれが徐々に怒りへと変わる。ベンのみならず国王ベーザにも怒りを覚える。




「え、ええい!こうなればヤケだ!勇者に魔王!貴様ら纏めて殺せば私が文句無しで英雄だ!世界を救った者として祭り上げられ語り継がれる!その為に消えてもらおう!!」

ベンは逆上し、勇者と魔王を纏めてこの世から葬ろうと最大級の炎を作り出そうとしていた。

しかしそれはあまりに愚かな選択だった事にこの時欠片も彼は気づいていなかった……。





「…本当の業火というのはこういうものだと教えといてやる」


パチンッ



シュウは指を鳴らした、するとベンの足元に熱が伝わって来る。何だとベンが地面を見ると……。




ゴアァァァーーーーーーーーーーーーッ




「ウギャァァァーーーーーーーーーーーーッ!!!!!!!!!」

マグマの如く炎が地面から吹き出し、ベンの身体を飲み込む。その身体がいかに強固な鎧に包まれようがそれを無にする真の業火。想像を絶する熱さ、痛み、苦しみにベンは叫んだ。



「ゆう……しゃ………たす……け……!」

ベンは最後の最後、カリアへと助けを求めた。しかしそのカリアはベンを助けようとはしない、自分から裏切っておいて危なくなったら助ける。裏切り者相手にそこまでする程カリアはお人好しではない。

結局それがベンの最期の言葉となり、これより先は彼の身体が焼き尽くされて先の言葉を聞く事は無かった。











「…その気になればお前はベン、あの男を容易く葬れた。しかしそうはしなかった…」

ベンが焼き尽くされた後に玉座の間にはカリアとシュウ、勇者と魔王だけが場に残っていた。シュウのあの魔法をカリアは見た。大魔法となればそれなりの詠唱をしなければ発動は出来ない、しかしシュウは指を鳴らしただけであれほどの炎を発動させた。そんな事は経験を積んだ熟練の魔道士にも出来ない芸当だ。更にベンにこっそりかけた幻術といい、彼は魔法においてあまりにも長けている。

それこそ大魔道士と呼ばれても差し支え無い程に。

そんな彼の力を持ってすればベンを葬る事など簡単なはずだ。にも関わらず彼はわざわざ幻術をかけてカリアにベンの本音を聞かせるような事をした。

「貴女に本音を聞かせてからでも遅くは無いと思っただけだよ、それで貴女は一体どうするのか…ちょっと興味があったからそうした。ただそれだけの事さ」

ベンの企みをまるで最初から見抜いていたようでシュウはカリアへとその本音、企みを聞かせたかった。仲間や国に利用された事を知ったらこの勇者は一体どういう選択をするのか。これはシュウのただの興味本位に過ぎなかった。

「どうする?利用されたと知った後でも僕と戦うか?勇者として魔王を倒して世に平和をもたらす?」

「…………」

此処に来るまでは魔王を倒す事ばかり考えていたカリア、しかし今となってはその考えは変わっていた。ベンの裏切り、更に彼に命じたベーザの企み。それを知ってから魔王を倒したとしても世界に平和が訪れるとはとても思えなかった。

「一つ聞く、お前は…人間全てを愚かだと思っているか?お前の言う愚かな人間、それは全員に対してか?」

「いいや、少なくとも貴女に対してはそう思ってないよ」

カリアはシュウの目を真っ直ぐ見て問い、それに対してシュウはその目を見上げて答えた。

「すぐには襲いかからずこっちの話を聞いてくれたり考え、悩んだりしてくれてたみたいだから。貴女はあの愚かな者とは違う」

「…そうか」



気づけばカリアとシュウは互いに座って話を続けていた。互いに剣と杖を置いて、これ以上の戦いはもうこの場で起きる事は無いだろう。

勇者と魔王、敵対するはずの者達がこうして話し込む姿は人々からすれば信じられない光景かもしれない。

「では魔の者も…本当は悪い連中ばかりではないという事か」

「ああ、まあ見境なく襲いかかるような奴もいる……人間と同じさ。悪人ばかりじゃないと同時に善人ばかりでもない」

人間と同じく魔族や魔物も悪い者ばかりではない、だからと言って全員が良い連中という訳でも無い。それを聞くと人間も魔族も魔物も何も変わらない、この地上に存在する同じ生物同士だ。



「魔王…いや、シュウと言ったか。…人間と魔の者……分かり合えないか?」

「それは……人間と魔族に魔物、全員が平等に暮らせないかという事?世間的には難しいかな、さっきのようにああいう愚かな人間達が居たり魔の者の方にもそれを良しとしない者がいるから…」

カリアはシュウと話していて人間と魔族達が分かり合えて共に暮らす事は可能ではないかと考えていたがシュウは難しいと考えていた。世間的に魔の者達は良くないイメージがあり、反対する者達が多数居るはずだ。更に魔族側も人間とは分かり合えないと考える者も居る。



「勇者であるカリアと魔王である僕が手を組めば何か変わるかもしれないけど、まあ組む訳が…」

「良いぞ」

「え?」

シュウはカリアの言葉に初めて呆気にとられる。勇者であるカリアが自分と手を組めば何か変わるかもしれないと冗談混じりに言ったつもりだがカリアはあっさりとこれに乗った。

「私は元々あの王の下でベンと共に戦っていた、しかし今となってはもうその戦いに意味は無くなった。国の頂点に立つ者が最初から裏切ってくれたのだからな…」

カリアは元々はヴァント王国所属の勇者として戦ってきた、しかし裏切りを知った今その国の為に戦う気は無くなった。魔物達もろとも自分を亡き者にしようとする者にこれ以上加担する必要など無い。



「私は組むつもりだが、お前は冗談か?人間と組むのはお断りか?」

「…………ははっ、此処まで面白いと思える人は初めてだ」

思わず笑いが溢れるシュウ、それは子供らしく可愛らしい笑顔だ。これが魔王というのが信じられない。その顔に釣られてカリアの方も笑みを浮かべていた。

「こういうのは大抵魔王が誘って勇者がその誘いを断るものだと思ってたはずなんだけどね…」

「何処の事を言ってるんだ、前例がないのであればこれが初の事である。という事だろう」

「うん、やっぱり面白い。僕も貴女に大いに興味があるから組む、よろしく頼むよカリア



本来ならば敵対する者同士で決して分かり合えないはずの勇者と魔王、しかし此処に例外が出た。

勇者カリアと魔王シュウによる同盟が此処で本当に結ばれる事となる。



この有り得ないであろう同盟が世界を大きく揺るがす……。

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