僕の名字は新井じゃないし

 僕の名字は新井じゃないし、娘だっていやしないけど、もしも名付けを任されたなら「さら」とだけは名付けない。「厨房で雑用やってそうな名前だな」って未来の同級生に揶揄われてもさらっと受け流せる強い子に育ってくれるとは限らない。

「じゃあ、『らさ』でもいいの?」

 駄目だな。アナグラムを作るのが好きな連中の手に掛かれば同じことになる。

「杞憂だよ。知り合いの名前でアナグラムを作る人間と現実で会ったことある?」

 あるって言うか、僕自身がその……、言うのはよそう。

 うーん、悩むな。子供に軽率に願いを乗っけたら、名前負けするかもしれないし。生まれた季節に応じて千春、千夏、千秋、千冬と付けるのも芸がない。

「そもそも新井夫妻はどうやって知り合ったの」

 大学時代に髪に桜の花びらをくっつけた新井に奥さんが声を掛けたのがきっかけらしい。ちなみに、新井がプロポーズしたのも桜の木の下なんだ。

「もう『さくら』でいいじゃん。一捻り加えるなら『よしの』とかどう?」

 それにしよう。いや、駄目だ。

「なんで」

 好意的な見方をすれば、その子は両親の愛の記念碑だ。一方で、悲観主義者の言葉を借りればメモ帳の代役。捻くれてしまっても仕方ない。

「大丈夫。捻くれ者のお前が今こうして生きてるわけだから無問題」

 いやでもね

「ひょっとして、これ妄想じゃないの? まさかお前に子の命名を頼むなんて見当違いな真似をした新井夫妻は実在したりするの? だったらもっと問題ないと思うんだけど」

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