第220話
「その節は大変お世話になりましたね」
だって、にこにこ笑顔を向けられているけど圧がすごいんだ。
「大したことはしておりませんので、そこまで……えっと、その、本当にお気になさらないで下さい」
圧はすごいけど、本当に気にしていないので、キチンとそう伝えるも、北条まり子様くらいの大物になると立場というものがあるらしく、それで話が終わりということはなかった。
「……せめてお食事だけでもお願いいたします」
北条まり子様から丁寧に頭を下げられてしまったんだ。
ここまで低姿勢でこられると断っている俺の方が悪い気がしてくる。
「そんな、北条様、頭を上げください」
それでも北条様は頭を下げたまま上げそうにない。
俺が思っている以上に北条様は世間体を気にしているのかも……
「……では、お言葉に甘えましてお食事だけでしたら……」
これ以上断り続けたら逆に失礼になると思い俺は食事だけいただくことに。
「武人くんありがとう。いやぁ良かった。私もホッとしましたよ。詳しい日時については改めて連絡するとしましょう」
俺のそんな言葉に待っていたかのように、パッと顔を上げた北条様の表情はすでに笑顔を浮かべていて、それから一歩詰めて来たかと思えば両手で俺の右手を包んだ。
それを上下に振れば丁寧な握手になるんだけど、そんな嬉しそうな顔をされると俺まで嬉しくなるから不思議だ。これがカリスマってやつなんだろうな……
「えっと、はい。よろしくお願いします」
「えっ」
「なっ」
それで終わりになれば良かったんだけど、この場には他にも南条さんと東条先輩がいる。
いや、アオイさんとアカネもいるんだけど2人は他のメンバーと楽しそうにしているからね……
今までいがみ合っていたはずの南条さんと東条先輩が息を合わせたかのようにバッとこちらを振り向き、かと思ったら俺の方にすごい勢いで詰めてくる。
北条様の圧は凄かったけど2人の圧も凄い(物理)。反射的に後退り仰け反ってしまうほどに、って近い、近いです。ストップ、ストーップ。
「南条さん東条先輩っ、ちょっと、突然どうしたんですか?」
それでも止まる様子のない2人。
——チキンレースじゃないんだよ? そこまで張り合わなくてもぉぉぉ……
身体が触れるか触れないかのギリギリのラインで、ああ、後ろは壁だ。そんなに近づくと当たる、当たるって……
——あちゃ……
ほら、お互い引くに引けなかったのだろう。彼女たちは俺の胸部辺りに顔をぶつけて抱きつく形になってしまった。
「……大丈夫ですか?」
心配して声をかければ、(俺の胸部辺りに顔を付けたままでいるため)2人の表情は見えないが耳の辺りまで真っ赤になっているので恥ずかしい事をしたと今になって後悔しているのかも。
「タケトきゅん、わ私とも当然お食事にいきましゅよね?」
——タケトきゅん?
「いいえ、タケトきゅんは私(わたくし)と行きましゅわ」
——え、東条先輩も……
恥ずかしいのか、俺の方に顔を向ける事なくそんな言葉をくれた彼女たちだけど、普段と口調が違い過ぎて、ちょっと笑いそうになってしまった。
「こほん……えっと、2人とも落ち着きましょう」
いつもと様子の違う2人。少し落ち着いてもらおうと、彼女たちの背中を(赤ちゃんをあやすかのように)ぽんぽんと軽く叩く。
——ここはリラクセーションも使っていた方がいいのかな……
これでいつもの2人に戻るだろうと思っていた俺。でも、そうはならなかった。
「タケトくん喜びなさい。あなたがゲスト出演したドラマはどちらも好評よ。続編の話だって進んでいる。それで1度お礼をせねばと考えていたところだ。もちろん断ったりしないわよね?」
「わ、私は……謝罪です。あの日タケトくんからキチンとした返事をいただく事ができませんでした。
それがなぜなのか、毎日のように考えていました。答えは簡単です。タケトくんは心の中ではまだ私を許していないからです。
それからというもの、どう償えばあなたに許されるのかを考えて考えて、でもそれは独りよがりの身勝手な考えでしかないと気付き、その考えは捨てましたわ。
私が私なりにタケトくん、あなたを支えていけばいいだけの事……一生をかけてね。
……詳しい話は今度食事をしながらでもどうでしょう? もちろんカエも交えて……」
「何が一生をかけてだ。タケトきゅ……タケトくんにはこの私がいる。あなたの支えなど必要ないな」
「南条様、あなたこそタケトくんに必要ありませんわっ」
「何をっ」
再び、いがみ合いというか、意地の張り合いが始まってしまった。しかも俺に抱きついたまま。
しかし、東条先輩は……いや、きっとお互い引くに引けなくてでてきた言葉だよね? 内心は困っていると信じたい。
「南条さん、あれはお仕事でキチンと報酬もいただいていますのでお気になさらなくても大丈夫ですよ。
あと東条先輩も、許すも何も今は本当に気にしてませんから、あまり自分を責めないでください。
結果的には、みんなが会社を起こして、一部ですが困っている学生(苦学生)たちの力になれているんですよ」
「南条さん、東条さん、あまり武人くんを困らせてはいけませんよ」
見かねた北条様からも口添えが入り、正直助かったと思ったが、
「北条様……申し訳ございませんが、私にも立場というものがありますので。もちろん北条様にもお分かりになりますよね?」
「その点につきましては南条様に同意いたします。私にも立場がございますわ」
今まで歪みあっていたのがウソのように、今は息がぴったりの2人、余計に火がついてしまったかも。そんな2人に北条様も唖然としている。
——しかし立場か……
勘違いしそうになるけど、南条さんにしろ東条先輩にしろ北条様にしろ、アオイさんやアカネも、普通なら一般庶民でしかない俺なんかが気楽に話しかけれる家柄ではないんだよね、本当は。それだけ4家の力はすごい。
それを感じさせないほど気兼ねなく接してくれている彼女たち。俺にはそんな素振り見せないけど、やっぱり背負っているものが違うんだろうね。
あと、4家のバランスに敏感なところなんかも……
——あ、そういうことか。
「南条さん、東条先輩。今度食事に行きましょう」
仕方なかったとはいえ、彼女たちの目の前で北条家からの誘いを受けたのがいけなかった。
北条家からの誘いは受けて南条家や東条家からの誘いは断るという行為が立場的に見過ごすことができなかったのだろう、そうだよね。そうであってほしい。
「へ? ま、まあ当然ですね。タケトきゅ……タケトくん楽しみに待っていなさい」
「わ、私も!? こほん。ありがとうございます。日時が決まり次第追ってご連絡させていただきますわね」
正解だったのかな? 険悪なムードなどなかったかの様に明るく返されてしまった。
「分かりました……って、あれ?」
でも、次の瞬間には目の前には居らず俺たちの控え室から退室していた南条さんと東条先輩。
なんだかんだ言いながらも実は仲がいいのかも……
「タケトくん、では後ほど」
「タケトく〜ん」
「タケトくん、ん」
北条様からは最後にもう一度握手を求められて、アオイさんとアカネからは笑いながらもハグをされた。たぶん俺が疲れた顔をしていたからだろうね。ほんと疲れたもん。
「あはは、タケトくんお疲れ様だね」
「朝から大変だったね」
「いつも冷静な東条先輩もあんな顔をするんだね……ちょっと怖かったかも(ぼそり)」
「タケトくん髪、途中だったから」
ななこに腕を引かれて化粧台の前に腰掛ければ、俺の前に回り途中だった髪を整えてくれた。
ライブ前にやってもらっている事だけど、今日は心地よいな……
「ななこまた上手くなったね」
「そう、ありがと」
「タケトくんはい。参加チームのメンバーが載ってますよ」
それからアオイさんから受け取った参加者リストをアヤさんが手渡してくれたけど、参加チームは9チームあるようだ。
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