第193話
「いい眺め」
「はい。きれいです」
彼女たちは力が抜けたように背もたれに寄りかかり静かに夜空を見上げていたので、俺もそれに倣って夜空を見上げる。
「……不思議ですよね。星って夜空を見上げればいつでも見れるのに、あんなにも輝いているのに、きれいだって思うのに、今の今まで忘れていたんですよ」
彼女たちがあまりにも真剣な顔で夜空を見上げていたので、なんとなく思ったことを口にしていた。
「……当たり前だから。当たり前にあるから気がつかないんですかね? ……あ〜でも曇ったり、雨が降ったりして天気が崩れば、その当たり前がなくなるんですけどね。
そっか、意識しないとこんな当たり前のことにも気づかないんですね」
「そうみたいね。あとは環境かしら。どこで見るか、誰と見るかでも変わると思うわよ。だから、き、今日はとてもきれいに見えるわ」
自分の心を落ち着かせるためになんとなく口にした言葉だったが、答えてくれた彼女たちの言葉は俺の胸にくるものがあった。
——当たり前、か……
1度は気づかなかったことにしようとしたけど、それではダメじゃないのかと。
ミカ先生には1年生の頃から、アヤさんにはマネージャーになってからかなりお世話になっている。
俺が何かを言って今の関係が崩れるくらいなら、何も言わずに今のままの関係をずっと続けばいいと思っていた。
でも、今はシャイニングボーイズやぽっちゃり男子がいる。
学校にもタケヒトくんやサンちゃん。あと3年生の陸奥利先輩や入学してきた1年の男子生徒もいる。
ある日突然、天気が崩れるように、2人に好きな男性ができ、その人と結婚します。なんてことを言われれば、アヤさんはマネージャーを辞めて、ミカ先生も担任から外れてしまう、かもしれない。
そうなれば、今の当たり前の関係は簡単に終わりを告げる。
そんなことになったら……
妻がいて婚約者もいるのに、そんなことを普通に考えている俺も現世の常識にかなり染まっているのだろうけど……それでも、俺は静かに決心する。
「そっか。だから1人で見ていた時よりも、ミカ先生とアヤさんと一緒に見ている今の方がきれいに見えるんですね」
「へ」
「ふえ」
2人の気の抜けた声にちょっと笑いそうになったけど、
「ふふ。俺、ミカ先生とアヤさんが居てくれるのが当たり前だと思っていました。
でもミカ先生とアヤさんの話を聞いて気づいたんです。これは当たり前じゃない。当たり前にしてはいけないと」
「え」
「何で、そんな事を……」
俺の言葉に驚き悲しそうな顔をする2人に言葉を続ける。
「だから、ミカ先生とアヤさんには俺の側にずっといてほしいです。それが当たり前になってほしいんです。俺、ミカ先生とアヤさんが好きです。だから……うわっ」
突然、2人から抱きつかれてしまい言葉が遮られる。
「はい。結婚します」
「はい。結婚してください」
え? アヤさんは大丈夫だけど、ミカ先生は担任から外されたら大変だろうから、婚約からどうだろうかと言おうと思っていたのに。結婚という話になっている。
先生はそれでいいのかと、思っている間に、ミカ先生が涙を浮かべながら口を開く。
「私もタケトくんが好き。大好きです。タケトくんは、ウチの学校にはじめて通ってくれた男子生徒でかなり無理なことをお願いしていたと思います。
だから何があっても私が絶対に守ろうと思っていました。
でも、タケトくんのことを見守るうちにそれが、ただの生徒に向ける感情じゃなくなってしまい、その想いは膨らむばかり。
その気持ちをどうにか振り払いたくて年明けのお見合いパーティーに参加しましたが、逆に如何にタケトくんが素敵な男性だったのかと再認識するだけに終わりました。
そこに学年主任とタケヒトくんが婚約したことを知り、ちょっと勇気をもらった私は、この気持ちを伝えたくて、先輩にも協力してもらいました。よかった。来てよかったです」
——そうか、香織は知っていたのか。だから……
それからミカ先生の瞳からこぼれる涙を拭ってあげようとしていたら、突然アヤさんの両手が伸びてきて俺の顔をガシッと挟み強制的にアヤさんの方へと向けられる。
——く、首が……
「私もタケトくんが大好きです。私はタケトくんのマネージャーとしてずっとお側にいましたが、これからは私生活の方でもサポートさせていただけたらうれしいです」
かなりあっさりしているように聞こえけど、アヤさん、このままキスしようとしてるんですよ。
「は、はい。よろしくお願いします。でも、そろそろ上がりませんか? のぼせそうです」
「はい」
「……あ」
忘れていたけど俺たちは裸。キスなんてしたら……
俺は逃げるように先に立ち上がると、浸かったままだった彼女たちは、俺のどこかを見たらしく、一瞬で赤くなっていた顔をさらに真っ赤にしたかと思えば、鼻を押さえながら湯船に沈んだ。
「え? ち、ちょっと!」
すぐに念動を使って持ち上げようとしたけど意味がなかった。念動は念力を保有している人体には効果がない。
そのことに気づいた俺はすぐに念体を使いお湯の中から引き上げたアヤさんを背負い、同じくお湯の中から引き上げたミカ先生をお姫様抱っこしてから脱衣室まで運びながら、リラクセーションとヒーリングをかける。
脱衣室に着く頃に意識を取り戻してくれていたんだけど……
「ふあ」
「タケトきゅん」
タオルで大事なところを隠す暇がなかった俺を見て再び意識を手放してしまった。
「タケトくん。遅くなってごめんなさい」
「タケト様」
たぶん隠れて見ていたんだろうね。香織とミルさんがすぐに入ってきてくれてミルさんに後のことは任せることにしたけど、
「わ」
「きゃ」
「あ」
「ふわ」
ちょっと離れたところには、さおりとななことつくねとさちこが身体にタオルを巻いた状態で立っていた。
もしかしたら香織とミルさんよりも先に来ていたのかも。
4人とも、恥ずかしそうに両手で顔を覆って、わーわーきゃーきゃー小声で言っていたけど、指が開いているのが見えているんだよね……
反応が可愛くてちょっと近づいたら4人とも一瞬で茹で上がったように真っ赤になり卒倒してしまった。
——ええ!
タオルはミルさんから受け取っていて、ちょっと腰に巻いていたんだよ、
「タケトくん」
香織からしょうがない子を見るような目で見られてしまったよ。ごめんなさい。
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