第192話

「おお、いいねぇ〜」


 本日、2回目の露天風呂。


 でもここの露天風呂は、部屋の家族風呂よりとても広いから開放感が違う。


 案内パンフレットによると、露天風呂は2カ所あって、和風庭園を眺めながら楽しめる露天風呂もあって興味があるけど、残念ながらそちらには行けそうにない。


 元々家族風呂以外のお風呂に男性が入るこことを想定して作られていないのだ。


 仮に若女将さんが許可をしてくれて入浴できたとしても、脱衣室は一緒になるしお風呂も一緒。間違いなくパニックになるよね。


 ネネさんが結婚した友人の話をたまにしてくれるけど、女性と一緒にお風呂に入ったとしても女性が男性のカラダを洗うことはあっても、一緒に湯船に浸かることはほとんどないらしい。


 一緒に入ろうとすると男性(夫)は顔を歪めてさっさとお風呂場から出て行ってしまう。それが一般男性の普通。


 うちの場合はみんなで楽しく入るのが普通。

 だからちょっとしたことで感謝されるし、勝手に俺の株が上がってるし、世話焼かれるしで、調子に乗らないようにするのに必死になる。


「ほんといい温泉だよ……これでお客さんがいないとか〜信じられないよ。あ〜癒される〜」


 屋内側にあるは湯処には水風呂や電気風呂、ジェットバスにバイブラバスなどがありサウナ室もある。


 でもやっぱり1番は、夜空を見上げながらゆっくりと寛げる露天風呂がいいね。


「おお……なんか肌がスベスベになってない?」


 ここのお湯は白乳色だから余計にそう思う。


 なぜ俺が家族風呂ではなく、ここの露天風呂にいるのかというと若女将のご好意だ。


 これはアヤさんから聞いた話だから、詳しくは分からないけど、お客さんがいないとかなんとか。絶対ウソだよね。男の俺に配慮してくれたのだろうね。


 でも、せっかくのご好意だし、こんな機会2度と来ないと思い、素直に甘えることにしたんだ。


 それで俺は今露天風呂に浸かっている。


「あれ? これってもしかして……」


 露天風呂に浸かれると浮かれていて考えもしなかったけど、たぶん、男の俺がいたから配慮してくれたんじゃないかな? とふと思ってしまった。


 この広さの湯処(露天風呂)を貸し切りにしてくれるなんて、他のお客さんは大丈夫なのだろうか? 考えば考えるほど、俺の方が心配になってくる。


「うーん。ここまで良くされると考えるな〜」


 俺って単純だから、良くされると返したくなる。


 でも俺ができることは旅館のいいところをSNSで紹介することくらい、か……

 ここの旅館においてはあまり必要性を感じないけど、何もしないよりはいいよね。


 俺にできることは意外と少なかった。


 そんなことを考えていたら、屋内(すりガラスの引き戸越し)からこちら(露天風呂)の方に歩いて来る人影が見える。


 その人影は2つ。準備してから来ると言っていた香織とミルさんだろう。


ガラガラガラ……


 引き戸が開くがジロジロ見て変なスイッチが入っても(俺が)大変なので、背もたれに寄りかかりながら夜空を見上げて2人を呼ぶ。


「こっちこっち。星空がすごくきれいだよ。一緒に見よう」

 

 星空が以前の記憶とちょっと違うような気がするけど、あ、でも、あれは北極星っぽいな。


「……」

「……」


 ——?


 返事がないことを不思議に思いながらも、2つの気配がこちらにゆっくりと近づいてきているのが分かるので、大して気にせずにいたんだけど……


「ほ、星空、きれいですね」


「そ、そうですね、ホントきれいです」


 ——……ん?


 2つの気配が俺の両隣にゆっくりと浸かると同時に聞こえてきたその声が思っていた声と違う気がする。


「いいお湯」


「はい。お肌がすべすべになりますね」


 ——この声って……


 見上げていた視線を、恐る恐る声が聞こえた両隣に落とす。

 すると、そこにはミカ先生とアヤさんがいるじゃない。


 ——な、何してるんですか!?


 しかも、俺がちょっと動けば2人の肩(素肌)に俺の肩が触れてしまうほど近い距離。いや、すでに俺の肩が彼女たちの肩にちょこちょこ触れている。


「み、ミカ先生、それにアヤさん」


 湯船に使用したタオルを浸けてはいけないのが常識(マナー)。

 真面目な彼女たちはそのタオルを頭に巻いている。つまり……


 ——ぶっ!?


 お湯が白乳色だからしっかりとは見えなかったけど慌てて視線を上に向ける。


 こんなところ、香織やミルさんに見られたら大変なことになる(前世の常識から反射的にそう考えてしまう)。


 それに他にもまずいこと(ところ)が……


 ——ああ……


 前世の記憶が蘇る前は、この世界の一般男性と同じような感覚で、女性に対して魅力を感じることは殆どなかった。あるのは興味を持てる相手かどうか。


 でも今は違う。蘇る前と比べれば、かなり性欲がある方になるんじゃないだろうか。

 下手をしたらこの世界の誰よりもあるかもしれない(沢風くんのことは知りません)。


 ——そ、そうだ。


 使えてよかったリラクセーション。

 ちょっとしたことなら使わなくてもその恩恵ですぐに落ち着くんだけど、今は刺激の方が強いからね。


 すぐにリラクセーションを意識すれば心も身体も落ち着きホッとする。


 ——ふぅ……


 お湯が白乳色でよかった。


 実は俺、この世界の女性の性事情なんてよく知らない。

 当たり前だけど知っているのは妻たちだけ。普段はそうでもないけどスイッチが入ると……ってな感じだけど、彼女たちはあまり気にしてない?


「ふ、2人がどうしてここに?」


 たしか後から入るような話を香織たちとしていたはずじゃ……


「え、それは……」


「いえ、その……」


 俯き口籠る彼女たち。


 いや、待てよ。2人のこの反応、これは俺の勘違いで、彼女たちは俺がここにいるとは思っていなかった、のかもしれない。


 それを俺が、香織とミルさんが入って来たと勝手に勘違いして、星空を一緒に見ようと言った(誘った)から優しい2人は仕方なく付き合ってくれている、のかもしれない。


 そんな彼女たちは、いつの間にか、首元から耳の先まで真っ赤に染まっている。


 やっぱり恥ずかしかったのだろう。本当は、俺にも早く出て行ってもらいたい、そう思っているに違いない。でも俺に気を遣って……


「えっとごめん。俺がいるとは思ってなかったんだよね? なのに一緒に星空を見ようと俺が誘ったばかりに。俺はすぐに出て行くからゆっくり寛いできてね」


 俺はすぐに立ち上がり露天風呂から出ようとした。けど、


「タケトくん待って!」


「待ってください!」


 ——んん? 立ち上がれないぞ?


 俺は彼女たちから両肩を押さえられていた。


 ——2人とも力強くない? ぜんぜん動けないんだけど。


「違うの!」

「違うんです!」


「……違う?」


 ミカ先生の手に力がこもり、俺の右肩に食い込む。


 痛たたた……


「タケトくんはぜんぜん悪くないの! そ、その……私たちからみんなにお願いしたのです」


 ミカ先生痛いです……へ? みんな? みんなって……みんなのこと? みんなは知っているってこと?


「私たちがタケトくんと一緒に入りたかったからなんです。だからタケトくんは悪くありません」


 待って情報量が多すぎる。みんなは知っていて、2人は俺と一緒に入りたかった。


 それって少しでも俺に好意がないとそうは思わないんじゃ……

 つまり俺のことがす……いや、早まってはダメだ。

 ただ単に男の身体に興味があっただけってことは……それはないか。


 しかしどうしよう。俺のことが好きなんですか? なんて簡単には聞けないぞ。


 ——ぁ……


 そんなことを考えていたら不意に彼女たちと視線が合う。

 俺が何も言わずにいるのを気にしているのか、彼女たちは俺の顔を覗き込んできていたのだ。


 その顔はとても不安そう。ダメだ、今はまだ聞けない。


「じゃ、じゃあもう少し入っていようかな」


「ごめんね。でも、ありがとう」


「タケトくんありがとう」


 どこかホッとした様子の彼女たちを見て俺もホッとするが、心の中はずっとざわついている。

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