第188話
あ〜いい部屋。なんか安らぐ〜。
予約していた温泉旅館の部屋へと案内された俺たち。
今回はホテルではなく温泉旅館に泊まる。温泉旅館に泊まるのは初めてだけど、なかなか良さそう。
予約を入れるのが少し遅くて、空いている旅館がここしかなかったんだけど、接客は丁寧で値段は手頃。何より家族風呂(家族温泉)もある。料理はまだだけど……ぜんぜん悪くないよ。
というのも、ここの温泉旅館は口コミサイトでの評判はとても悪く、評価は最低だったんだ。心配は杞憂っぽい、食事も楽しみになってきた。
ちなみに各部屋にシャワーの付いているホテルと違って、このような旅館は、家族風呂付でないと男性は泊らない。
まあ、実際のところは、旅館だけに限らずホテルだって利用するような男性はほんどいないらしいけどね。
だから俺(男)がこの温泉旅館に入った時にはとても驚かれたよ。
案内を買って出てくれた若女将さんも、言葉遣いは丁寧で流石だと思ったけど、よほど緊張していたらしく動きがロボットみたいになっていて、ちょっと申し訳なかったね……すみません若女将さん。
ここでは3部屋借りていて、俺と香織とミルさんで1部屋、ミカ先生とアヤさんで1部屋、さおりたち4人で1部屋を使うことにしていた。
俺たちの案内された部屋の両隣が先生やさおりたちの部屋なので、会おうと思えばすぐに会えるし、何かあってもすぐに集まれる。
とりあえず温泉に入って一息ついてから夕食にしようとなった。
夕食は部屋出しが一般的らしいけど、今回はみんなと食べたいので宴会場を借りることにした。
「ふふ、楽しみね」
「タケト様」
そんなことを考えていたら、俺は香織とミルさんから背中を押される形でお風呂場に。
これはいつものことだから気にしてもダメだ。ネネさんと花音ちゃんがいないので、4人が2人になっているけど、やっぱり自分で洗うのはダメなのね。
色々と割愛してから3人で温泉に入る。
「ふう……」
「いい湯だわ」
「はい」
満足そうな香織とミルさんが手足伸ばして寛いでいる。心配していた香織の体調も大丈夫そうだけど、一応、ヒーリングをしておこう。よし、これで安心。
のぼせるので長くは入れないな……と思いつつも、ついつい南条さんの言葉を思い出してしまう。
——『そうだな。特別に今放送中のドラマ『ドクターコトリ』と『桐の花学園II』に特別ゲストとして出演させてやろう……』
——『……特別ゲストとして出演させてやろう……』
特別ゲストか……
あの時は、南条さんたちと別れたあの後は、観覧者だった人たちに囲まれそうになり、ゆっくりと考える暇がなかったんだよね。
突然、ミルさんに抱き抱えられて、何事? と思ったけど、すぐに察した。
みなさんの目の色が違うんだ。「握手してください」「サインください」「ファンになりました」なんて声が聞こえたけど、あの様子じゃ、握手やサインをするだけじゃすまなかったと思うんだ。
ミルさんの選んだルートは遠回りだったけど、おかげで誰とも会わずに車まで戻れた。
ゲストの紫さんや崎宮さん、番組のディレクターさんたちに挨拶ができなくて申し訳なかったけど、そこはアヤさんとさおりたち武装女子のメンバーがうまく説明してくれて、残念そうにしていたけど、納得してくれたそうだ。
何はともあれ、収録は無事に終わってホッとした。
そしてようやく南条さんとの話ができたのは旅館までの移動中。
俺は正直やりたくないけど、みんなは見てみたいと言ってくれる。
自分なりにかなり悩んでいたけど、みんなからそう言われると、ちょっとならやってみてもいいのかなぁ、なんて思ったりして、俺って単純だよな。
その後はずっとネッチューブで演技の動画を見ていたよ。
でも、この話は、オファーが来たらの話だからここだけの話にしてもらった。来なかったら恥ずかしいからさ。
しかし、いい湯だった。浴衣に着替えてゆっくりしていると、みんなが浴衣姿でやってきから早速宴会場に、と思ったけど……不覚にもドキッとしてしまった。
なんでだろう。浴衣姿だと色っぽくみえるんだけど。なんてことを思っていたら、香織の言葉を思い出す。
浴衣の下は何も着なくてもいいのよと。だから俺はパンツを履かせてもらえなかった。
涼しくていいんだけど、香織はお腹を冷やしたダメだからそんなことはさせないけど、ミルさんは俺と同じく……
もしかしてみんなも……
なんてことを考えていたら、ななこが親指を立てている。
なるほど……なるべくみんなの顔を見るようにしよう。
向かった宴会場は貸し切りにしてくれるという話だったので、俺たち以外のお客さんがいないのは当然。
でも、この旅館に来てから、他のお客さんを見ていないんだよね……偶然かな? まあ、考えても仕方ないか。
「わぁ広い!」
「料理も豪勢ですごいよ」
「ホントだ、美味しそう!」
「うん」
仕事(収録)が終わった後だから、みんな(さおりたち)のテンションは高い。
「みてみてカラオケがあるよ」
「タケトくん後で歌ってよ」
いつもそうだけど、今日は特にテンションが高い気がするするな。温泉に入った後だからかな?
「いいけどみんなも歌ってよ」
気を利かせてくれた仲居さんがカラオケを付けてくれたけど、待って、まだ食べてないから……
——え?
仲居さんを止めようとしたら、いつからいたのだろう。仲居さんは1人だけじゃなく後方に5人もいた。いや、1人は若女将さんだ。
そんな若女将さんと仲居さんは、横一列に綺麗に並んで正座している。
ご丁寧に食事の前に挨拶をしたかったらしいけど、なんてことだ。カラオケが始まり曲が流れる。
♪〜
!? 武装女子の歌『君の側で』だ。
ここの旅館の方たちが、俺たち(武装女子)のことを知っていた事にも驚いたが、それ以上に自分たちの曲が流れているのに驚く。
そうだった。カラオケ配信メーカーから話が来て、オッケーはしたけど、色々と忙しくて忘れていた。
そっか俺たちの歌がカラオケに……やばい、忘れていたくせに、今はかなり嬉しくなってる。
思わずメンバーのみんなに顔を向ければ、メンバーのみんなも嬉しそう。
つくねなんて、自分が作曲した曲だから涙ぐんでいる。
パチパチ。
パチパチ。
あーあ。香織やミルさんミカ先生にアヤさんが拍手したら、若女将さんや仲居さんまで拍手してくれた。
あの仲居さん、顔色が悪くなっているから、準備していたら誤ってカラオケを流してしまった感じだったのかも。
でも、みんなから拍手なんてされたら、ここはもう歌うしかないよね。
「じゃあ……」
メンバーみんなの頭をぽんぽんぽんっと軽く撫でてから「俺たちの歌、歌ってくるよ」と言い残して前に出ると、頭を下げる仲居さんからマイクを受け取った。
♪〜
俺が歌っている間、モニターでは俺たちのミュージックビデオが流れていた。
すごくよく出来ている。感動してまた涙が出そうになるが我慢して必死に歌った。
必死に歌っていると、あっという間だね。
あれ? メンバーのみんなは俺と同じように感動しているのか、目元を擦っていたけど、他のみんなからの反応がない。
カラオケなのに、これは……盛り上がっていない?
ただでさえ、ライブでもないのに真剣に歌ってしまった感があってちょっと恥ずかしく思っていたのに。
もういいや、早く席に戻って食事にしよう。そう思い、俺がマイクを仲居さんに戻そうとしていたところに、
パチパチ!
パチパチ!
若女将さんと仲居さんたちが勢いよく立ち上がったかと思えば拍手を一生懸命してくれる。中には涙を流している仲居さんも。
それから仲居さんたちは忙しそうに動き回っていたので、カラオケの感想はきけなかったり、いただいた料理は、とても美味しく、口コミサイトの評価なんて当てにならないと思ってしまった。
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