第187話

 ふぅ……どうにか歌いきったぞ……


 パチパチ……

 パチパチ……


 ——ん?


 パチパチ……


 拍手……すごくない? みんな立ったままずっと拍手してくれてるよ。あっちの人は涙を流している?

 あはは、なんかうれしい……ん? ちょっとまてよ、拍手が止まないぞ。それにちょっと大袈裟な気もする。


 これはひょっとして番組のエンディングを飾る曲だから、演出の一環……? 


 シャイニングボーイズのみなさんは片手を挙げてそんな拍手に応えているけど……ちょっと演技っぽいような、ほら、今もそわそわしている。落ち着きないよね?


 まあいいや。これが演出の一環だったとしても拍手されている側にいる俺にとってはありがたいこと。


 俺も周りのスタッフさんや観覧者席に向かって軽く手を振ってから頭を下げた。すると、


パチパチ……

パチパチ……


 一段と拍手が大きくなった気がしたが、


「アニキ!」

「アニさん!」

「アンちゃん、すごいすごい」

「タケ兄!」


 一緒に歌っていたシャイニングボーイズのみなさんに、あっという間に囲まれてしまい、それどころじゃなくなってしまった。


「あはは」

「ははは」

「すげぇ」

「ふふ」


 しかも、彼らはなぜか異常なほど興奮していて、ちょっと近い。


「えっと、お疲れ様です。俺、あれで大丈夫でした?」


「当たり前ですよ」

「バッチリでした」

「さすがアニさんっす!」

「完璧」


 彼らとの距離が近すぎてちょっと怖いが、正直彼らの言葉にはホッとした。


 俺はスケートボードに乗ってはいたけど滑ってはいなかったからね。


 でも、そうと分かれば、ゲストの立場の俺としては、さっさとステージから降りた方が印象もいいよね。


「それならよかった。俺、みなさんについて行くのに必死にだったから……」


 そんなことを言葉にしつつステージから降りようと歩みを進める。けど、


「みなさんなんて他人行儀です。俺たちのことは呼び捨てで呼んで下さいよアニキ。な、みんな」


 頷き合っている彼らが着いてくる。うーん。アイキさんたちは年上だしファンの方たちもいるからね……


 ——ファンか……


 観覧者席に視線をやりながら、やらかした過去を思い出す。やっぱり呼び捨ては無理かな。彼らのファンの反応が怖い。


「あはは」


 とりあえず笑って誤魔化しステージから降りたが、彼らはまだ着いてくる。仕方がないので足を止めた。


「でも、やっぱりアニキはすごいですね! 俺たちも、あっ! 俺、アニキのようになりたくて僕って言うのをやめたんですよ。あはは……」


「たまに僕って言ってるけどな」


「まだクセが抜けないんだよ」


『あはは』


 アイキさんがそんなことを言うと、カイキさんが揶揄い他のメンバーと笑いあっている。


 いつも思うけど、シャイニングボーイズのみなさんはとても仲が良さそうなんだよね。ちょっと羨ましい。


「俺たちも、いい感じにやれてるって思っていたんですけどね。まだまだでしたね。アニキと比べたら全然ダメだって気づかされましたよ。

 あ、あの、俺たちもっと頑張りますんで、また一緒に歌ってください」


 アイキさんの言葉にうんうん、と頷く他のメンバーたち。


 そんなことないと言いつつ、ちょっとだけ話を聞いて分かった。


 どうやらシャイニングボーイズのみなさんは俺のスケートボードがダメになっていることを途中から気づいていたらしい。


 しかし、俺はそんな状態でも歌い続けているし、披露するパフォーマンスも完璧どころか自分たち以上の動きを見せる。


 それでも、念力を連続で使い続けるには限界がある。最後まではもたないだろうと正直思っていたらしい。


 だが、そんな彼らの思いに反して俺は最後まで歌い切ってしまった。


 それで彼らはハイテンションになっているのだ。


 ちょっと大袈裟だよね。だけど、足を引っ張らなくてよかったよ。


 なんてことを思っていると、アイキさんたちが突然表情を引き締めてピシッと直立する。


 ——ん?


 不思議に思った次の瞬間には、


「タケトくん」


 少し顔が赤いような気がするマリさん(南野マネージャー)がすぐ後ろに。

 そんなマリさんの隣には綺麗な感じの女性と数名のスタッフさんが。


「マリさん。今日はありがとうございます」


 反射的にマリさんに挨拶すれば、マリさんはすぐ隣にいた女性のことを紹介してくれた。

 だけど、その隣に立っていた女性の名前を聞いて俺はびっくりよ。

 名前は南条静香さん。歳は20代半ばに見えるけどマリさんの上司になるらしい。

 詳しく教えてくれる気はないようだけど、たぶん南条グループの役員さんだろうね。


「武装女子のタケトと言います。いつもお世話になっております」


 会社員でもないのに、ついそんな言葉が出てしまった。ちょっと焦っていたのかも。


「ん」


 頷く南条さん。口数は少ないけど雰囲気からして貫禄があるんだよね。


 右手の甲を差し出されて意味がわからなかったので、とりあえず両手で包み込むように丁寧に握手をしてにっこりと笑顔を向けておく。


「よろしくお願いします」


「な」


 すると南条さんの切長の目が大きく見開き、身体を小刻みに震わせる。


 なぜ? と一瞬思うが、すぐ後ろに直立していたシャイニングボーイズのみなさんが大粒の汗を額に浮かべて青ざめている姿を見れば流石に俺も察する。


 ——あ……これはまずったかも。


 たぶんここは握手をするところじゃなかったのだ。でも、後の祭り。ここは気づかないフリを……


 ——ん?


 マリさんが握手をして欲しそうに少し右手を出している。というか、そう見せてくれているのかな。俺は助かったとばかりにマリさんにも両手で握手をしてにっこり。


「よろしくお願いします」


「あ♪ はい///」


 何をよろしくかも分からなくなっているけど、南条さんは何も言う事なく、視線を後ろで控えていたスタッフさんたちに向けている。助かったのか?


「ん」


 どうやらマリさんのおかげで助かったっぽい。ありがとうございますマリさん。


 俺が心の中でマリさんに感謝していると、後ろに控えていたスタッフさんたちが俺の目の前まで出てきて、スケートボードの不良について謝罪された。


 どうやらマリさんやスタッフさんたちにもバレていたらしいけど、カメラは最後まで回っていたからやり直しってことはないはず。


「俺は気にしてませんし大丈夫です」


 頷く南条さん。少し不安になっていたけど、やはり謝罪のためにわざわざ来てくれたようでやり直しは無しのようだ。よかった。ということは、これで用事は終わりだよね。よし、ここは粗相をする前にさっさとお暇しよう。


 俺がそんなことを考えている間に、南条さんが再び口を開いていた。


「ん。感謝する。だが今回は私の目の前で起こったこと。故に言葉だけの謝罪で終わらせるつもりはない。

 そうだな。特別に今放送中のドラマ『ドクターコトリ』と『桐の花学園II』に特別ゲストとして出演させてやろう。できるよなマリ」


「はい。お任せください」


「へ?」


「ん、今日は良いものが見れた。また会おう」


 逃げるように去っていく南条さんたち。マリさんもシャイニングボーイズのみなさんも一緒に去っていく。


 今なんて言われた? 口数少ないって思っていたけどスラスラ話しているし、ってそうじゃない。ドラマに特別ゲストとして出演しろって言わなかった? いやいや、ない。それはないよ。俺に演技は無理。断らないと。でも俺がそう思った時には目の前には誰もいない。

 スケートボードの不良について説明をしてくれたスタッフさんたちもいない。


「はあ……」


 俺は気持ちが沈んだままみんなのところに戻ることにしたが、アヤさんなら断ってくれるかも……とちょっとだけ自分に都合良く考えてみたら少しだけ気持ちが軽くなった、ような気がした。


 ————

 ——


 タケトくんのパフォーマンス、すごかったな。


 お腹の中の赤ちゃんも私の気持ちに反応して元気よく動いている。愛しい我が子。


 よしよし、パパカッコよかったね〜。私はお腹を優しく撫でた。


 問題は……


「二人ともちょっといいかしら」


「先輩」

「香織さん……」


 自信なさそうに俯いていた後輩のミカとアヤさんが顔を上げる。無理もない。

 タケトくん、興味なさそうにしていた女性(観覧者席に居た女性)から熱い視線を向けられているものね。


 今はシャイニングボーイズのマネージャーさんたちに囲まれているけど、スキがあれば声をかけようとみんながその機会を窺っている。

 ゲスト出演していた紫さんと崎宮さんも興味なさそうにしているけど、チラチラ見ているのよね。あれは気になっている顔よね。


 女性に優しくて素敵な私の旦那様。結婚しても変わらず愛してくれる旦那様。そんなタケトくんが私は大好き。


 私もタケトくんと結婚していなければ不安になっていたかしら。すぐに手のひらを返していた女性たちを見ればきっとなっていたわね。みんながタケトくんの魅力に気づく。


 それくらいタケトくんは男性として素敵なのよね。

 素敵すぎてふとした拍子に、自分とは釣り合わないかも、と不安になっちゃうのよね。私の言葉に頷く二人。分かるわよその気持ち。

 今日の収録現場でもカッコよかったしね。


 でもね、よく考えてみて。今はタケトくんの担任やマネージャーという立場にあるから当たり前のように側にいれる。


 でもこれって当たり前だけど当たり前じゃないの。


 何かの拍子にこの当たり前が当たり前じゃなくなってしまうのよ。


 タケトくんが学校を卒業したり、他所の事務所に所属するようになったり、彼の場合、いつ何があってもおかしくないと思わない?

 

 私が何を言いたいのかというと、彼はモテるけど、それは分かっていたことよね。ここで怖気付いたり、クヨクヨしたりしても何も始まらないの。女は行動力よ。当たり前の環境を自分で作るの。

 頷いてくれるさおりちゃんたち。ありがとうね。


 私は二人の肩を優しくぽんと叩いた。


「先輩……私、ミカ先生って名前で呼んでくれるようになったから、それで十分かもって納得しようとしていました。ちょっと弱気になっていたようですね。そうですよね、ここで満足したらダメですよね。先輩ありがとうございます」


「私もアヤと呼ばれて、それで満足しようとしていました」

 

「そうその顔よ。ほら、ちょうどタケトくんが戻ってきたから少し話しでもして……」


 あら、タケトくんの元気がない? 何かあったのかしら。そんなことを考えたら居ても立っても居られず彼の側に。反対側にはすでにミルさんの姿が。


「タケトくん、どうかしたの大丈夫?」


「せ、先輩……」

「香織さん……」


「あ〜ミルさんはいつも側に居ますし、香織さんは、らしいといえばらしいので、あまり気にしない方がいいですよ」


「そうですよ、先生もアヤさんも元気だしてください」

「先生、アヤさん」

「私も心配。先生、アヤさん、早くいこ」


「そうね……。はあ、先輩、悪気はないんですけど、たまにこんなところありますよね」

「はい」

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