第176話 横似大視点

 俺は横似大(よこにひろし)。


 ゲームに飽きて、マンガに飽きて、クソババア(母親)いびりにも飽き、面白い玩具(いびりがいのある女)でもあればいいなと、軽い気持ちで学校に通うことにした俺は、今年からなんたら学園の1年(通い組)になった。


 しかし、


「面白くねぇ」


 なんたら学園に通い始めて1ヶ月が経ったが、未だに興味の湧く玩具を見つけることができずにいる。


「そうだな。つまんねぇな」


 隣の席で短い足を組みつまらなさそうにしている金髪頭のデブは、芽立泰我(めだちたいが)。

 入学初日、俺に突っかかってきたバカだ。


 他にもすぐ近くの席には4人のアホども(男子生徒)が座っているが、1人はガムをくちゃくちゃしている汚なうるさいアホ。

 1人はマンガを広げているのにイビキかいて寝ているアホ。

 1人はスマホの音漏れがムカつくアホ。

 1人はクソ真面目に授業を聞いている風を装いノートに落書きしているアホ。


 ほんと何考えているのか分からん奴らばかり。

 だが、俺に絡んでくるのは、この金髪デブのタイガだけだ。


 鬱陶しくて追い払い、時には小馬鹿にもしてやっていたが、気づけばこの学校で最も多く会話をする仲になっていた。不思議なものだ。

 だがしかし……


「タケトせんぱーい♪」

「きゃー、タケト先輩がこっち見てくれたっ」

「わ、わ、う、うそ、どうしよう。手を振ったらタケト先輩がこっちに手を振ってくれたんだけど」


「それ違うから。私に手を振ってくれたんだからね」


「それはないって。私よ……って、あ〜もう行っちゃった」


「タケト先輩♡」

「カッコいいな〜♡」


「だよね♡ふふ、そんなみんなに、聞いて驚くがいいぞよ。なんと私、サーヤに入っちゃったんだよね〜どう? いいでしょ〜あ、これが会員証ね」


「ふふん。残念だったわね。それなら私も入ってるよん。ほら」


「実は私もさ。ほら」


「え? ええ!? じゃ、じゃこれもってる? 武装女子グッズのキーホルダー……って何!? あなたの文房具全部武装女子のロゴが入ってじゃん。発売して1時間もしない内に完売したヤツよね? あなた買えたの?」


「へへへ、まーね」


「いいな……ちょ、ちょっとでいいから見てもいい?」


「うん。でも見るだけ。使ったらダメ。これ観賞用にする」


「そうなの?」


「そりゃあ当然だよ。私だってそうすると思うもん。ねえねえ、これって、もしかして、私が見たいって言ったから持ってきてくれたの? ありがとね。あ〜やっぱりいいよね。ロゴ入りはかわいいな」


「へへへ。だよね〜」


 そう。クラス中から聞こえてくる剛田武人の名前。これが俺を不愉快にさせている原因。ほんと面白くねぇ。


 毎日毎日クラスのクソ女どもがきゃーきゃーうるせぇんだよ。


 なにが剛田武人だ。なにが武装女子の歌はサイコーだ。俺はグッズなんて知らん。


 女どもがきゃーきゃー言うなら、どんなものかとネッチューブを見てみたが、全然大したことねぇ。

 あれくらい俺がちょっと練習すればすぐに追い抜くレベルだったわ。サイキック健康体操は……ふ、ふん。知るかよ。


 しかし、なんだ、このモヤっとするこの感覚。

 俺はクソ女どもからどう思われようが一向に構わねぇんだが、剛田武人というヤツがきゃーきゃー言われてるのはなんか気に入らねぇ。ムカつくし。


 図に乗りやがって。俺だって家に帰ればクソババア(元ヤンキーママ4 0歳)や近所のババア(母親の友人元ヤンキー40歳)やババアの後輩(母親の後輩元ヤンキー38歳。保護官でもある)からしつこく纏わりつかれて鬱陶しいのなんの。

 なにが16歳になったら結婚だ。ふん、しょうがないから結婚してやるが、決してクソババアが怖くてそうしたんじゃいぞ。お情けだよ、お情け。

 学校だってクソうるさいババアから逃げたくて通うようにしたわけじゃないからな。クソババア、怖くねぇーし。


「ヒロシ帰ろーぜ」


「あ、ああ」


「なんだ。急に元気がなくなったな。今日も正門までか? まあ俺もだけどよ」


「ああ」


 タイガとダラダラ駄弁りながら正門に向かう。ほっ。まだ来てねぇな。クソババアは待たせると口うるせぇからな。なんて思ってると、


「遅い。ダラダラ歩いてくんじゃねぇ」


 どこのクソ女か知らねぇが、背後から気やすく声をかけてきやがった。俺様に気やすく声をかけてくるんじゃねーよ。


「あん?」


 舐めてんのか、てめぇ………ぇ?


「なんだヒロシ。あたいに文句でもあんのか?」


げ、母ちゃん。


「ひぃ、ま、まさか。母ちゃんに文句なんてねぇ……あるわけねぇよ、です」


「だよな。分かってればいいんだよ。分かれば、な。で、隣の彼がダチになったタイガくんなのか?」


「ダチ?」


 タイガがポカンとしている。無理もねぇ。ダチになってくれなんて一度も言ったことねぇもん。


「タイガくんも、なかなか良い体格してんな。あたいはヒロシの母だ。ヨロシク」


「は、はい」


 このまま母ちゃんに話をさせていたら何言うか分かったもんじゃねぇ。


「ま、まあ、そういうことだ。じゃあなタイガ。また明日」


 とりあえずこの場は勢いで誤魔化す。ついでに母ちゃんの腕も引く。って、なんで動かねぇんだよ。


「こらヒロシ。そう引っ張るなって。じゃあなタイガくん。ウチのヒロシと仲良くやってくれな」


「は、はい」


 タイガのヤツ。なに照れ臭そうに頭掻いてんだよ。こっちまで恥ずかしくなるだろうが。


 それからは、すぐ近くに停めてあった母ちゃんのバイクの後ろにヘルメットを被って座る。慣れたもんだぜ。

 ま、足が届かねぇから保護官が乗せてくれるんだけどさ。


「ヒロシ。ちゃんと掴まってろよ」


「お、おう」


 今から向かう先は母ちゃんの店(居酒屋)。母ちゃんは今から店を開ける。俺は控室で待機、だといいんだが……残念ながらそうはならない。


 しかし、いつものことながら、バイクのタイヤが心配。大丈夫か? かなり沈んでるんだよな……


 今でこそヘルメットを被り安全運転でバイクを走らせているが、俺の母ちゃんは『紅夜板(ベニヤイタ)』というレディースチームの初代総長だったらしい。


 チーム名に板とついてるだけあって母ちゃんや初代レディースチームのメンバーのお胸は……


「イタッ」


「ヒロシ、手ぇ……いつまでもあたいの乳触ってんじゃねぇよ。まだ飲みてぇのか?」


「はあ? 胸なんてどこにも」


「あ゛あ゛ん」


「ひぃ、ご、ごめんなさい。すぐにどけます」


「ふん。ま、いいんだけどよ」


 母ちゃんの店(居酒屋)にはお客さんも来るが、昔のチームメンバー(友人や後輩)も毎日のように来る。そして、毎日のように誕生日を尋ねられる。


 分かってるつーの。俺が16になったら結婚なんだよな。するさ。するけどさ、俺は16になると同時に15人の妻(母ちゃんと同年代元チームメンバー)ができるんだ。


「ヒロシ。ほら、もっと食え」

「今のうちに食って体力つけとかねぇと身体もたねぇぞ。くくく」

「あはは。そうだぞ〜。つーことで、ヒロシっ! 今日はあたいの隣で食え。ほら、あーんだ。あーん」


「あはは。あ〜」


 いつものように、肩を組まれて食べ物を口の中に放り込まれる。そして酔いが回ってくると……


「そうちょうはなぁ〜、いい男が居ない? ならあたいがうんでやらぁっ、あんたたちは、あたいの子と結婚しなってかしろ、って言ってな〜本当にヒロシ、お前をうんだんだぜ。カッコいいよな〜さすがそうちょうだよなぁあはは」


「そうそう。さすがそうちょうだよ」


「そうちょ〜すき〜一生ついていくッス。あ、ヒロシ、おまえもすきだぞ〜」


「お、お前ら。毎回毎回昔のこと語ってんじゃねぇ、てか、これはあたいの奢りだ! 食え」


「さすがそうちょ〜。ほら、ヒロシもくえ〜」


「あはは……はぁ」


 で、店の2階に布団を引くことになる俺。酔い潰れた妻(予定)たちを抱えて布団に転がす。あまり乱暴に転がすと目を覚まして裸で抱きついてくるから注意が必要なんだよなぁ。


 ちなみに俺の誕生日は6月の初め。

6月後半にはおデブ男子からぽっちゃり男子からのほっそり男子に大変身することになるのだが、この時の俺はまだ知らない。


 なんてことがあった次の日の夕方。タイガと駄弁りながら正門に向かっていると、今日もクソ女どもに囲まれている剛田武人を見かけた。


「ちっ。またかよ」


「だな」


 日頃の鬱憤からか。今日は特に剛田武人の情けない姿を拝んでみたい、そんな事を思った。

 そして、そんな姿をクソ女どもに見られて赤っ恥を……くくく。そうだ。


 俺はある事を思いつき、剛田武人に近づこうとした、が……


「イテテテッ」


 保護官(母ちゃんの後輩元ヤンキー38歳)から首根っこを掴まれてしまった。なぜ分かった。つーか待て。母ちゃんには内緒にしてくれ。え、ダメ? 総長に伝える? いやいや頼みます。なんでもしますから。


「ん」


 保護官(母ちゃんの後輩元ヤンキー38歳)がベンチに腰掛け脚を組んだので、素早く後ろに回り保護官の肩を揉んでご機嫌をとる。


「はあ? ヒロシ、お前何やってんだよ」


 タイガから変な目で見られてしまうが、構うものか。これは帰ってからの身の安全のためなんだよ。


「気にすんな。日頃の感謝の気持ちを伝えてるんだよ」


「は、はあ」


 タイガが訝しげな目を向けてくる。だろうな。ウソだもん。俺は母ちゃんが怖いんだよ。


 そんな時だった。


「そこのあなたたち。ちょっといいかしら?」


 3年の東条なんたらという女が俺とタイガに近づいてきた。


「なんだおまっ!?」


「それは!?」


 その手には欲しくてもすぐに完売してしまい、手に入れることができなかったサイコロが……

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