第160話

「ふふ……」


 ここは武装女子会事務所。


 あれ、いつも真面目な3年生の先輩が何かを聴きながら笑っている?


「菊田先輩。何を聴いているんですか?」


「へ? あ、あた武人くんっ。あの、その、でぃDMチェックしてたら曲を提供したいという内容のものだったから、ちょっと聴いていたんだけど、その曲がおかしくて……つい、ご、ごめんなさい」


 3年生の先輩たちは入社して間もないから男の俺が話しかけると必ずと言っていいほど顔を真っ赤にしてあたふたする。他の3年生の先輩もそう、男性にまだ慣れていない感じだ。変に緊張させてしまうし、気を遣われてしまうから、早く慣れるよう機会があれば話しかけるようにしている。


「仕事をしてるんですから謝らないでいいですって。それよりも、そんなにおもしろいんですか、その曲。俺にもちょっと聴かせてもらっていいです?」


「ふえ? は、は、はひぃ。ど、どうじょ」


 菊田先輩に近づきながら尋ねると先輩はかわいそうなくらい動揺して挙動不審になってしまったが、それでも片方のイヤホンは貸してくれそうなので有り難く受け取り、俺も一緒になって聴いてみた。


「えっと、ソングライターさんは、夢追い女子(ペンネーム)さんで曲は『底辺だって悪くない』っていうんだ……」


「は、はひぃ」


 ——あはは……


 菊田先輩からものすごく視線を感じるが、そこは、あえて気にしないようにしてイヤホンから聴こえてくるその曲に耳を傾けた。


 ♪〜


 僕は立ち上がり向かう

 時間は20時前の15分

 身体は正直待ちきれない

 凹んだお腹を押さえつつ

 早足小走り駆け足だ


 駆け込みスーパーそれはダメ

 分かっているけどやめられない


 見つけたあった残ってた

 サラダに惣菜お弁当


 割引、値引き、特売日

 半額、サイコーただ(無料)は怖い



 私は立ち上がり向かう

 時間は開店前の9時半に

 先客いるけど負けられい

 お得なセットって押すんじゃない


 プチプラ使って何が悪い

 デパコス何それおいしいの


 見つけたあった残ってた

 コスメアイテム盛りだくさん


 割引、値引き、特売日

 半額、サイコーただ(無料)は怖い



 ぶっ、やばい。ちょっとおもしろいんだけど。ノリもテンポもいい。でもこれは自分の日常を歌ってるんだよな。


「ちょっとみんな」


「なになに?」

「何かあったの」


 事務所に来ているみんなにも声をかけて聴いてもらったら同じような感想だった。


 ここ1、2ヶ月、このような無名のソングライターさんからのDMは多く、何かできないかと悩んでいたけど、ようやく方針が決まった。その名も『夢応援プロジェクト、君の歌を歌います』。


 それは送られてきた曲を俺たち武装女子が歌いその動画を武装女子チャンネルにアップする。

 その再生数に応じてリワードするというもの。もちろん曲を提供してくれたソングライターさんの情報も忘れずに概要欄に載せておく。


 見切り発車だけど、この世界は女性が経済を回していると言っても過言ではない。少しでも働く女性(今回はソングライターさん)の助けにというか、収入が増えて仕事の依頼に繋がればいいと思ってのことだ。


 まあ、あの歌詞が頭から離れないっていうのもあるけど。半額サイコー、ただは怖い。うーん、耳に残る。


 そんなソングライターさんとのやり取りは交渉事が得意だから任せてという秋内さんとマネージャーの中山さんに任せて進めてもらったけど、最終的に武装女子チャンネルの他にも、新たらしく武装女子会チャンネル(サブチャンネル扱い)を設置してそちらにもアップしていくという話になったらしい。


 どうも、新しいグッズ商品の紹介だけでなく、歌の上手い子に歌わせて、その歌動画もアップしてみたかったらしいのだ。ちょっとした芸能事務所気分だね。後ろ盾も繋がりもないからネッチューブやツブヤイター、それにホームページなんかに動画をアップするだけのお遊び感覚みたいなものだけど。提供された曲が多いのでメンバーが考えてくれている新曲とは別に、2、3週間に一曲は上げたいと思っている。


 そういえばつくねとさおりは歌がうまかったな……なんて思っていたらサブチャンネルの登録者数は3日で100万人突破していて驚いた。まだサブチャンネル開設しましたというような紹介動画しかアップしていないのにだ。

 それからすぐに『底辺だって悪くない』をアップ。


 ちなみに俺たちのデビュー曲『君の側』はすでに億再生されているけど、『底辺だって悪くない』の再生回数も二つのチャンネルで1000万回再生をすぐに越えてしまい皆さまからの評価も意外と悪くない。元気が出たっていうコメントも結構あってさらにビックリ。刺さる人には刺さるらしい。


 そんなある日。


「あ、タケト様! お待ちしていました」


「中山さん。お疲れ様です」


 事務所に入ってすぐに、すごい顔をしたマネージャーから呼び止められた。笑ってしまうくらいの顰めっ面。ちょっと可愛い。


「沢何某からこんなDMが届いてましたが」


 それは『東条麗香は僕の女だ。手を出すなよ』というような意味不明なDM。東条麗香さんって誰ですか? 


 東条グループについてはCMとかバンバン流れているから名前だけは知っているけどそれだけ。麗香さんという人物にも心当たりがない。たぶん、会ったことないと思うんだよね。


 俺の顔を見て察してくれた中山さんがすぐに答えをくれたけど、東条麗香さんは沢風くんが通う学校の先輩。しかも隣の県だ。普通に接点がない。

 ますます意味が分からなくなってしまったので返事を中山さんに任せて気にするのをやめた。


「後のことはお任せください」


 あと一之宮先輩を含めた今年の3年生。ほとんどの生徒が進学と就職が決まったらしいが、やはり落ちた生徒も少しはいるらしい。


 就職組で困っている生徒がいたら声をかけるのもいいかも……なんてことも考えているんだけど、


「一之宮先輩、何で今日もいるんですか?」


 俺がいつものソファーに座ると遠慮なく隣に座ってくる一之宮先輩と桜田先輩。隣に座る予定だったななことさちこも困惑。


「ななこちゃんとさちこちゃんは今日もかわいいね」


「なんかごめんなさいね」


「ん?」

「は、はあ」


 仕方なくといった様子で、俺と先輩たちに挨拶をしてから仕事用の机の方に歩いていった。


 たしかに大学受験大変そうだったから大学受験が終わったらいつでも遊びに来てくださいって言ったけどさ……


「受験終わったから暇になったのですか」


「いやだなぁ。サイキックスポーツのことで悩んでいるって聞いたからお姉さんたちが相談に乗ってあげようと思ったんじゃない」


「それ、昨日もでしたよね。結局はいい案が浮かばなくて……」


 話題が逸れた。受験勉強の間についたお腹周りのお肉を落とすためにジョギングを始めたとかなんとか、全く関係ない話に。ジト目を送っておこうか。


「まあまあ」


「って抱きつかないでください」


「あはは……受験勉強で疲れた先輩を癒すと思って大目にみてよ。ね」


 可愛らしくウインクする一之宮先輩。いや、先輩は可愛いんだけどさ……


 大学に受かってから毎日のように遊びにくるようになった元会長の一之宮先輩と、無理矢理付き添わされているっぽい元副会長の桜田先輩と、元書記の相川先輩と、元会計の松山先輩。


「チカがいつもごめんね」

「ごめんなさいね。でもここに来るとリラックスというかリフレッシュできるのはほんとなのよね」

「そうなんだよね。不思議だよね」


「そ、そうですか。ま、まあ。ゆっくりしていってください」


 それたぶん俺のリラクセーションの影響だと思う。言わないけど。

 ちなみにこの4人、近くの大学に進学するらしく引っ越しする予定もないらしい。




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