第148話

「あ、男の子っ」

「あの子じゃない」

「わっ、ほんとに来た」


 授業中、窓際に座っている子たちからそんな声が漏れる。一斉にみんなからの視線を集める彼女たち。もちろん授業中なので数学の佐藤先生からはお叱りの声が……


「あなたたち、授業中ですよ、見るならもっと静かに。みなさんもバレないようにこっそり見なさい」


 あれ? おかしいな。といいつつ俺も立ち上がりつつも、やや腰を落として外の方に視線を向ける。


 お……あそこか。


 みんなも俺と同じく静かに立ち上がるが、その後の行動は意外と大胆。みんなは窓際まで一斉に集まる。


 お、おお!?


 俺もそれに巻き込まれて窓際まで流されてしまうが、背中やら腕やら腰やら至るところに柔らかな感触が……


「ご、ごめん」


 誰かに向けるでもなく、つい反射的に謝罪の言葉を口にするが、


「ううん。いいのよ」

「うん」

「えへへ」

「もっと触る」


 さおりとななことつくねとさちこたちじゃないか。どさくさに紛れて余計にひっついてくる。ひっついたまま顔だけを外の方に向けていた。


 婚約者だし、いいんだけど……!? って、ちょ、ちょっと……


 誰だよ、さおりたちとは違う誰かの手が俺の胸の辺りを優しく触れてくる。満員電車の痴漢ってこんな感じなのだろうか? そんなどうでもいいことを考えつつ周りをきょろきよろと見渡す。


 どこからだ……?


 しかし、その手はすでに引っ込められてしまったので分からな……くもない。佐藤先生だったわ。こっち向いてウインクしてる。しかも口パクで、


 さ? い? こ? う? ……最高だってさ。しかも、その佐藤先生が指を一本立てている。もう一回ってことだろうか? はあ。まったく。たまにこんな悪戯をしてくるんだよね佐藤先生は。スキンシップなんだってさ。お詫びに俺にも触れと自分の胸を差し出してくるんだけど、いつも新山先生に怒られているんだよね。今は新山先生もいないし流すことにしちゃうけど。


 そんな佐藤先生の胸の辺りにも名札が付けられているんだけど、今日登校してくる男子生徒に挨拶でもするのだろうね。


 おっと、今はそんなことよりも男子生徒だが……


 俺よりも先に外(男子生徒)を見ていたみんなの顔が微妙な感じになっているのはなぜ? 気になった俺も早速窓の外に目を向ける。


 ん? んん……こいつは……


 保護官の後ろをゆっくりと歩いている男子生徒。のしのしっといった様子で歩いているその男子生徒の坊主頭で身長は俺と同じくらいに見える。

 でも彼は横にも大きいので存在感がすごい。


 そんな彼はうつむき加減で前を歩く保護官を見つめているように見るが、その見つめる先がどうにも、前を歩く保護官のお尻のあたりに向けられているように見えてならない。


 まさかね。


 口元がにやけているように見えるからだろうか。だから余計に少し前を歩く、ミニスカートを履いた保護官のお尻辺りを見ているように見えてしまうのだ。


 でもな、この世界の男性は女性を性的な目で見ることの方が珍しいからね。それはないよな……


 俺も知らなかったことだが、保健体育の教科書によると、元々そんな気質の男性が多いこともあるが、女性を異性ではなく物か何かのように思っている男性も多数いるらしい。教科書なのでだいぶオブラートに包んでいるっぽいけど、だいたいそんな感じ。


 他にも、俺が知らなかったこととして、この世界の男性は、賢者タイムが長いらしく(2日〜1週間くらい)、子作りは計画的にする必要があるらしい。


 初めてその事実(賢者タイム)を知った時、俺は冷や汗が流れたね。俺には賢者タイムがないから。香織からも心配されるはずだ。

 最終的にはヒーリングの恩恵だろうってことで納得していたけど。喜んでくれていると思うとつい頑張っちゃうんだよね。


 最近結婚したネネさんも初めこそ驚いていたが、全然オッケー。むしろウェルカムだよって張り切ってるし、ミルさんは俺が伝える前から知っていたから初めから積極的だった。って話がそれてしまったけど、あれ、隣にいるななこの顔が真っ赤だな。たぶん思考が漏れてたっぽい。


 ぽんぽんとななこの頭を撫でて謝っておく。


 お?


 突然、男子生徒の方に振り返り声かけている保護官さん。何やら話しているな。


「陸奥利さま、疲れましたか?」


「そうだな。もう少しゆっくり歩いてくれ」


「はい。畏まりました」


 なんてことでも言っているのだろうか? 勝手に彼らの会話を想像してみる。


 実際は、


「陸奥利さま、少し早すぎましたか?」


「ぶひっ、早いんだな。もっとゆっくり歩くんだな。ってかお前、勝手にスカート丈を長くしたら困るんだな。後でもとに戻しておくんだな」


「……はい、かしこまりました」


 しかし、保護官の制服にはミニスカートバージョンもあるんだね。短かすぎてちょっと目のやり場に困りそう、なんてことを考えていると、


『タケトさま。保護官の制服にそのようなモノはありませんよ』


 すぐにミルさんと、


『タケトくんはミニスカートが好き』


 俺の方に顔を向けているななこが反応する。


『タケトさまがお望みならばいつでも』


 ちょっと見てみたいと思ったが、いや、今のは無し。大丈夫。大丈夫だからね。ミルさんは頷かないで、ななこも親指立てなくていいからね。


 次の日から妻たちのスカート丈とクラス女子のスカート丈が1cmほど短くなり、やがて学校全体にも広がっていくことになるのだが、この時の俺はまだ知らない。


 それから興味を無くしたみんなは席に戻り授業が再開されたが、すぐに筋肉質のガタイはいいが、なぜかスカートを履いていたおさげの頭の男子生徒が現れてみんなが絶句。保護官はなぜかいない。


 最後に現れたどこかで見たことあるようなぽっちゃり男子生徒を見てホッとしたのは俺だけじゃないはずだ。




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