第139話

『なんでこの僕がシャイなんたらや、くそヤロー(タケト)と一緒の楽屋なんだ。

 ここの奴らなめてるだろ、おい! ババア、この張り紙を写真に撮って抗議してこい!』


 ババア? なんてことを考えている間に、楽屋のドアが乱暴に開けられ1人の男性が入ってきた、のだが、


「はぁ、通路塞ぐとかバカか? 邪魔だ、どけよっ!」


 突っ立っているシャイニングボーイズの皆さんを押し退けた拍子に見えたその人物は……沢風和也くん、のはず。思わず2度見してしまうほどのぽっちゃりさんになっている。


「ちっ、お前も来ていたのかよ」


 今のは俺を見た彼の第一声だ。やっぱり沢風くんで間違いないようだね。すぐに顔を背けられたけど楽屋の中には入ってくるつもりの沢風くん。シャイニングボーイズの皆さんを押し退けながら楽屋の中まで入ってきた。どうやら楽屋の椅子に腰掛ける気らしいが、


「おい。ここはお前のような醜い生物が入ってきてもいい場所ではない。出て行きたまえ」


 ミルさんから逃げる口実ができたとばかりに、そんな彼の肩に手を置く南野マネージャーさん。


「ああん。僕を沢風和也を知らないのか、これだから……アホな女は困る、が。ま、僕は寛大だから今の発言は許してやる。だがお前今夜俺の部屋に来い、抱いてやるよ」


 振り返った沢風くんは南野マネージャーの身体を舐めるように眺めた次の瞬間にはその胸を鷲掴み。


 ぶべっ!


 秒でぶん殴られてそのまま気絶していたけどね。南野マネージャーさんスタイルはいいからね、でも今のはないな。


 ピロン♪


「中山です……』


 それからちょうど中山さんから楽屋の移動許可が出たと連絡があり、俺とミルさんはみんなと同じ楽屋に移動した。


 ちなみに気絶した沢風くんも、沢風くんがババアと言っていたマネージャーさんが迎えにきて新しく用意された楽屋の方へと移動したらしい。



 ————

 ——


『うたコラボ』は出演者同士がコラボして歌う番組で、人気歌手同士のコラボを見せるだけでも視聴率を稼げるはずなのに、歌うま芸人さんや歌へた芸人さんなんかを出演させてバラエティー要素を取り入れ視聴者を楽しませてくれたりもするから未だに人気が高い番組でもある。


 でもコラボ相手を好きに指名して良いというのは建前で実際は前もって誰とコラボするのか決められていたりする(歌えないと失礼だったりするから)。


 そして、俺たち武装女子は人気アーティストの辛田くるみさんの『ビューティーバニー』を一緒に歌い、続けて武装女子の曲『微笑みを君に』をシンガーソングライターの、のんのんさんと歌う。そののんのんさん、なんと男装して歌ってくれるらしいので楽しみだね。


 手渡され資料によると、出演者は10人か、沢風くんは『明日から頑張る』という持ち歌で、シャイニングボーイズは『シャイニングパラダイス』を歌うようだ。

 まあ、今回は生放送ではなく収録。観客も関係者だけらしいから気は楽なんだ。


 お? 演歌だ……


 今回のオープニング曲は演歌歌手と人気アイドルのコラボ『荒い海門・寒い景色』から始まった。


 ♪


 さすがプロ。うまいね。聴き入っちゃった。


 俺たちは決められた座席に座りカメラが近づいた時だけカメラに向かって手を振ればいいと言われているので、おっ、ちょうどカメラが近づいて来たのでメンバーのみんなで小さく手を振る。

 振らないのは不機嫌そうに座っている沢風くんだけ……化粧でうまく隠しているけど殴られた頬が痛いだけかもしれないが、NGになるかと思ったが大丈夫みたい。


「岩川ゆりさんと竹田清子さんのコラボ『荒い海門・寒い景色』からはじまりましたうたコラボ。なんと今回は2時間のスペシャル番組となっております、MCのカグラです」


「アシスタントのヒビキでーす」


 MCのカグラさんは元アイドルだった方で、MCアシスタントのヒビキさんはフリーアナウンサーらしい。

 どちらも30代の方で落ち着いた雰囲気があり物腰は柔らかそうにみえる。


 男性に対して冷ややか、淡白な印象を受ける人が多いように見えたが、それはここのテレビ局の人たちだけで、MCや出演者さんはそうでもない感じだ。


「ヒビキさん、実は今日の私、とても緊張しております」


「分かります分かります。ゲストさんがごにょごにょなんですよね。かくいう私の足も震えているんですよ〜」


「お互いフォローしあって乗り切りましょうね〜なんて冗談はここまでにしまして、早速今日のゲストさんを紹介いたします」


 そこで再びカメラがゲスト席に向けられるので俺たちは笑顔を作り手を振る。2時間のスペシャル番組になるとは聞いていなかったけど、とにかく愛想よく手を振っておく。


 シャイニングボーイズの皆さんはさすがだね。笑顔が爽やか。お、1人1人決めポーズまであるのか。

 ちらちら、そわそわ、男性との共演が落ち着かない様子だった女性アーティストさんたちも笑顔を作り可愛らしく両手を振る。

 沢風くんだけが手を振らない。NG、大丈夫かな。


「どうですか視聴者の皆さん、もうお分かりですよね。今日はあのシャイニングボーイズの皆さんと、沢風和也さんと、武装女子の皆さんが来ているんですよ」


「テレビの前の皆さん、これは見逃せませんよ〜。ではトークの前に次の曲、行きますよ」


 ここで休憩に入るが、収録はまだ始まったばかり。数人席を立つだけで動きはない。


「男装ってカッコいいイメージがあるけど、うまく着こなせばかわいい感じにもできそうだね。なんかイメージ湧いちゃった」


 女優でありシンガーソングライターでもある紫ゆう(むらさき ゆう)さんだ。

 紫さんはドラマの番宣も兼ねて出演しているみたい。そういえば沢風くんも隣の女性に番宣があると自慢してたっけ。


 そんな紫さんはシーンとした空気でも気にせず、近くに座るサリ(さおり)たちに話しかけていた。


 ツク(つくね)は初めから感動していて何も話すことができていないようだけど、話題は男装や曲について。お互い遠慮していて聞こえてくる会話もぎこちないが、その会話は最後まで途切れることなく休憩は終わる。

 何度か視線を感じたのは俺が彼女たちのメンバーだからだろうね。

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