第132話
「一之宮先ぱっ!?」
生徒会室の前で一之宮先輩を見つけたので挨拶をしようと声をかけた。いや、かけようとしたんだけど……
「タケトくん! 待っていたわよ」
次の瞬間には俺の左側に立ち腕を絡めていた一之宮先輩。ミルさんとの鍛錬の賜で避けることはできたのだけど、先輩に悪意を感じなかったのでつい流れに身を任せてしまった。でも、いまの動きは絶対念力使ってるよね。
「あははバレたか……私とタケトくんとの秘密ってことで」
お願いね♡。とさらに身体を寄せてくる一之宮先輩。
「はあ、分かりましたけど。一之宮先輩、一度離れましょうか……」
そういえば、一之宮先輩の距離感ってこんな感じだったっけ? 相変わらずの距離感、色々と当たってるからやめた方がいいと思います。
「ささ、タケトくん中に入って」
いつものように華麗なスルー。やはり先輩は先輩か。何事もなかったかのようにぐいっと腕を引かれたので、素直に生徒会室に入る。
おっと。
中に入ったら入ったで、席に着いて何やら作業をしていた生徒会役員の方々が一斉に顔を上げた。
これは、もしかして仕事の邪魔をしたんじゃないのか。かなり気まずい。
「っ、失礼します」
慌てて挨拶をしてみたが、誰からも返事がない。これはすぐに退散した方がいいだろう。そもそも、一之宮先輩にロゴデザインのお礼を伝えたかっただけだからわざわざ生徒会室に入る必要はなかったのだ。これは失敗したな……
「……」
同じ1年生の山田さんと河野さんとも特に交流がなかったからは目を合わせただけで顔を背けられてしまった。2年生の先輩から刺すような視線が……きっと仕事の邪魔だから早く出て行けと目で訴えているのだろう。
ついそう思ってしまうのも、通常ならば10月から生徒会長は2年生の中から選ばれる。今の生徒会長が指名する形で選ばれるらしいが、ほとんどの場合ここにいる2年生の中から選ばれることが多いそうだ。
それが俺というイレギュラーが登校するようになったばかりに、経験の浅い新生徒会長や少なくなった生徒会役員だけでは不測の事態に対応できないだろう危惧され、特例として今の3年生が継続して生徒会を引っ張ることになったのだとか……
だから俺は2年生の先輩からはあまりよく思われていない、と(勝手に)思っている……怖くて顔を見れないけど。
っ……
一瞬、前世の記憶が脳裏をよぎる。たまにあるんだよね、記憶に強く残っていなくても何気ない瞬間にパッと思い出すことが。まあ、大抵がまったく関係ない記憶だったりするんだけど、今回はちょっと今の心境と被るものが。
それは某アニメの話……それも異世界もの。熊に遭遇したオッサン主人公が、これはクマ(困った)った、と呟きながら後退りして沼にハマる……
ふぅ。
とりあえず動揺はない。いや正確には治ったと言うほうが正しい。たぶんこれはリラクセーションの恩恵だから……
いつも思うけど、この念能力(リラクセーション)はホント感謝しかないな。ありがとうございます。
「あの、一之宮先輩。俺、ロゴデザインのお礼を言いたくて来ただけで、その、一之宮先輩、とてもいいデザインでした。ありがとうございます。みんなもすぐに気に入ってくれたんですよ」
「ふふ。そう言ってもらえると頑張った甲斐があるわね」
俺の行動を察してくれたミルさんがどこからともなく菓子折りを出してくれた。さすがミルさん。それを受け取り一之宮先輩に渡す。
「あら、気を使わせてしまったのね。逆に申し訳ないくらいだけど」
「いいんですよ」
ついでにもう一つ。
「あ、こっちはお茶請けに」
休憩の時にでもみなさんで食べてもらえたらと言って手渡す。これで俺の用事は終わりだ。さて教室に戻ろうか。
「タケトくん、まだ帰ったらダメよ。生徒会長である私からも話があるのよ」
「は、はあ?」
なんだろうすごく嫌な予感が……
————
——
「あの……」
なぜか俺の左隣には一之宮先輩が、右隣には副会長の桜田さんが座っている。しかも相変わらずの距離感。今回は副会長もですか。
「聞きたいことはズバリ婚約の話です」
バンドメンバー4人と婚約したことが騒ぎになっているという話だった。
このまま生徒会が何も対策をしなければ、彼女たちは嫉妬や妬みの対象となり危険だと。このまま放置すれば問題が大きくなり彼女たちは学校生活を楽しく過ごすことができなくなる可能性があると。
そういうことでしたか。要するに一之宮先輩は、俺の婚約者となった彼女たちの身を案じて話を持ちかけてきたらしい。なんていい人。嫌な予感がすると考えてしまった自分が恥ずかしい。
「そこで私なりに解決方法を考えてみました」
「そうなんですか! 一之宮先輩、ありがとうございます」
これは正直ありがたい。俺ではどうすればいいのか思いつかないところだった。
「ふふ。いいのよ。これは生徒会長である私の役目でもあるの。それで剛田武人くん。君と婚約するにはどうしたらいいのかしら?」
「え?」
一之宮先輩は何を言ってるでしょう。
「ほら、その条件をクリアしたから彼女たちは婚約できたのだと伝えれば、みんなも納得すると思うのよ」
「そう、ですか……?」
「その顔はまだ分かっていないようですね。つまりですね……」
なるほど、一之宮先輩は論点をずらしたいらしい。それさえクリアできれば自分も婚約できるかもと思わせる。みんなに目標を与えるそうだ。それで効果でるのかな? いや、待てよ……
「それだと、条件をクリアした人はみんな婚約者に……」
「あ、あの、突然話しかけてごめんね。タケトくんの今のお嫁さんは3人ですか?」
俺の言葉を遮るように副会長の桜田さんが割り込んでくる。早口で話すその口ぶりからは、俺の左手首にあるブレスレットの存在に気付き慌てて言葉を発したって感じか。
「はい。そうですよ」
そこでミルさんの方をチラリと見た俺の視線に生徒会役員のみなさんも気づくんだけど、ちょっと驚いているね。
ミルさんメガネをかけたおデブ保護官に変身しているから意外だったのかな。みんなそんな顔をしている。
一方、みんなから視線を向けられたミルさんは軽く会釈するだけ、それもそうだろう簡単に正体は明かせない。
「で、では婚約者が4人いるから、あとは3人だけということですか……」
結構突っ込んだことを聞いてくる副会長だが、明らかに肩を落としている。
「桜田さん、心配ないわ。心優しいタケトくんにそのような制限なんてあるわけないのよ。ね、タケトくん」
俺が答える前に口を挟んできたのは生徒会長。俺に10人だと言わせないために先手を打ってきたのかと思ったが、
「タケトくん。枠が3つだと争いの元にしかならないわよ」
納得する部分もある。それに一之宮先輩の顔がいつになく真剣に見えた。でもなあ……
「そもそも、条件っていうのもなんか偉そうで俺が嫌なんですけど……」
「じゃあ、来るもの拒まずってことでいいのかしら?」
「ぶっ、いくらなんでもそれは。そ、そうだ。俺、婚約者になった女性に嫌がらせをするような女性は嫌いなんですよ。そんな女性は絶対に受け付けないと思いますよ」
初めからこう言えばよかったのだ。これなら嫌がらせをする生徒はいないだろう。しない人は元から俺に興味がない人だから、うん、いい感じに答えが纏まってよかった。
「つまり、タケトくん的には正攻法で好意をぶつけてほしいのね」
「え」
「よくよく考えなくても当たり前のことじゃない。なんで忘れてたのかしら、さすがねタケトくんは」
ますます惚れちゃったとウインクする一之宮先輩。いや、違います。そういう意味で言った訳じゃ……
「ふふ。照れたタケトくんもかわいいわね。ありがとう。これでみんなにも良い報告ができるわ。あ、でもある程度のルールは必要よね」
よーし、と腕まくりをしてノートパソコンに向き合いカタカタと何かを打ち込み始めた一之宮先輩。
「いや、だから……」
他の生徒会役員もそう。とても話しかけれる雰囲気じゃなくなってしまい俺はしぶしぶ生徒会室を後にした。
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