第80話 (沢風和也視点)

 前世では12月25日はクリスマス。いつもよりちょっとお洒落をして恋人たちが愛を語る日だったり、友人や家族とクリスマスのイベントを楽しむ日だったりするが、この世界の12月25日はクリスマスではなくハッピーデイと言う。


 その日は、男性から女性に何か贈り物(プレゼント)を渡すような習慣はなく、友人や家族と楽しく過ごす日という意味合いの方が強かった。


 そんな12月25日のハッピーデイに僕はライブ配信をやる。


「あ、あの和也様。本当に行かなくてよろしかったのですか」


「前撮りした動画を送りつけたからな」


「し、しかし」


「僕が問題ないと言ってるんだから問題ないんだよ」


 ——あ〜うるせぇ、うるせえ。お前らは黙って僕の言うこと聞いてりゃいいのに、なんでこんな奴ら寄越すかな。


 保護官であり僕の妻である、りん子、杏子、みかん、すいか、いち子とマネージャーであり妻でもある桃華が妊娠して産休に入ると、新たに5人の保護官がやってきたのだが、こいつらは何かと僕に意見してきてイラつかせる。


 あいつ(ミル)もそうだったがこいつらは5人もいるので前以上に僕をイラつかせる。


 マネージャーはもっと酷い。デブだデブ女。しかも顔中吹き出物ができていて見るに堪えない。来たときはまだマシだったがみるみる太っていった。忙しくて外食とコンビニ弁当が増えたからと言い訳ばかりでうんざり。トロトロしやがって。


 りん子たちだったら僕をこんなにもイラつかせることはなかったのに。ちっ!

 知らなかったがこの世界の女は妊娠が発覚するとすぐに産休に入り、子どもが生まれてからも子どもが2歳になるまでは育児休暇を必ず取らなければならない。


 その間の生活費は産休手当(直近3ヶ月の平均月給の120%もしくは最低基準金額のどちらか高い方)が支給され、育児休暇中には育児手当(直近3ヶ月の平均月給の130%もしくは最低基準金額のどちらか高い方)が支給される。

 妊娠して休暇中の方が月給がいいとは、女が多いだけに自分たちに都合のよい仕組みを作っていやがる。


 そんな休暇が終わった後にも子ども手当なるものがあって、子どもが15歳になるまで支給されるらしいが、僕には稼ぎがあるから関係ない。


 りん子たちが産休をとらなければこうもイラつかないですんだのにな、くそが。


 妊娠していると分かった時点で産休とるとか、早すぎだろ。前世ではぎりぎりまで働いている女もいた。だからそう言ってやったが「和也様……法律で決まっていることですので」とだけ言い残して次の日には荷物をまとめて全員出ていきやがった。


 女にばかり都合のいい法律だな、おい。


「そんなことはないと思いますが」


 ちょと漏れた独り言に1人の保護官が反応した。


「お前に言ってねぇよボケが!」


「そうでしたか、失礼しました」


 チャームアップをちょこちょこ使っているのに態度が全然変わらねぇから本当にイラつく。東条もそうだ。婚約の証として高級な腕時計(時価は数千万円はする一点ものだと東条に聞いた、デザインがカッコいいのでかなり気に入っている)をくれた時まではなかなかいい女だと思っていたのにな。


「ふん。まあいい」


 元々今日はアズマTVでクリスマス……じゃなかった、ハッピーデイの特番『みんなで歌って踊って』に出演予定だった僕だが、このアズマTVも東条グループ関連会社の一つだ。

 婚約を保留のままでいる東条のために僕がわざわざ生出演してやる義理はない。


 あの女、学校で何度か尋ねてみたがお婆様たち上の者が決めておりますので私(わたくし)にはお答え出来兼ねます。とはぐらかすだけ。しかも東条のヤツの『武装女子』に急上昇ランキング1位をキープされたままですが……と言って僕に向けてきたあの眼差し、あの目は絶対にバカにしていた。

 ネッチューブのことなど何も分かっていないど素人のくせに、あれはパッと出ただけ、まぐれだっつーの。


 そこで僕は番組には都合が悪くなったと前撮りした僕のミュージック動画を送りつけて、僕自身は生放送時間(午後6時から午後10時)に合わせてライブ配信をするつもりだ。


 あはは、僕が生配信したらアズマTVの視聴率どうなるんだろね……まあ、ついでだから急上昇ランキングも今日で塗り替えてやろうかね。


 あははは……悔しがる東条の顔を思い浮かべるとイラつきも少しはおさまった。


 ————

 ——


 午後6時になり、音響設備の整っているステージから配信を始める。


「あ〜あ〜、みんな聞こえてるかな? ……うん、大丈夫そうだね。それじゃ沢風和也のハッピーデーイ特別ライブ配信始めるよ〜」


『きゃー』

『和也様〜』

『カッコいい〜』


 僕のライブ配信を待っていた視聴者からのコメントが滝のように流れていく。


 開始待ち時間から同接は5万人を超えていて、ライブ配信が始まると同時に視聴者は500万人を超えた。

 そして、今も増え続けている。


 くくく、見てるかい東条麗香。あははは……アズマTVの視聴率は大丈夫? 『武装女子』は……どうでもいい。どうせ、すぐに落ちていく奴らだ。


「楽しみに待っていてくれたみんなのためにまずは一曲歌っちゃうね」


『きやー』

『和也様〜』

『わたし、わたしのために歌って〜』

『和也様好き〜』


「ふふふ。ありがとう。みんなの声援は元気が出るよ。それじゃいくよ。『君たちを愛してます』」


 ♪〜


「ふぅ。みんなの声援が嬉しくて一曲目からちょと張り切り過ぎちゃったね。

 でもね、今日のライブ配信は4時間の予定だからまだまだ歌にダンスにトークでみんなを楽しませるからね〜」


『きゃ〜』

『和也様サイコー♪』

『やった〜』


 同接も過去最高。投げ銭もバンバン飛んできて僕は笑いが止まらなかった。


「え?」


 だが、それは午後7時くらいまでだった。同接数がどんどん落ちていく。


 なぜだ、なぜだ。何が起こっている。内心では戸惑いつつも、平静を装いライブを続けるも。気づけば同接数が5万人くらいにまで激減していた。


「じゃ、じゃあ、ちょっと盛り上げたいからダンスを踊るよ」


『やった〜』

『わ〜い』


 なんだよこれ。同接数が増えない。コメントの勢いが弱く反応も悪い、投げ銭も止まった。内心ではイラつき悪態を何度もつく。


 もう我慢の限界でライブ配信をやめてしまおうかと思った午後9時くらい。


 ん? 同接が増え始めて最後は300万人まで戻り、午後10時にライブ配信を終えた。


「おいデブす。どういうことだ!」


 僕はライブ配信中からたまりに溜まっていた不満をデブマネジャーにぶつけた。


「わ、分かりません」


「ちっ、使えないヤツだなお前。もういい、僕は疲れたから、お前らは後片付けしとけよ!」


 僕はデブマネジャーにそう指示を出してから、黙ってついてくる保護官を引き連れて自宅に帰ったが……


 マネージャーのノートパソコンの画面に、同じようにライブ配信されていたと思われる『マサカ社アイドルグループ。ハッピーディイベント! ふぉーいあーず歌合戦。スペシャルゲストも来るよ』のライブ配信終了の画面になっていたことまでは気づいていなかった。

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