第63話

 役所の担当者が持参した書類に自署捺印(戸籍担当は土日でもやっていたるので普通に来てくれた)。それを見届けると香織のお婆さんたちは満足そうに帰っていった。


 ただ帰り際にも参加してくれとお願いされた食事会は本当に食事会のみで身内だけでする俺の歓迎会のようなものらしい。披露宴のようなことをするのかと思った。


 取引先などには結婚報告状を送るだけでウチの会社は大丈夫ですよ安泰ですよっていう宣伝になるそうだ。


 しかし、これで香織とは正式に夫婦となったわけだけど、高一で結婚かぁ、なんだか一気に大人になった気分。


「ん?」


 香織がしおらしく俺の袖を引く。


 そうだ荷物だった。


 俺の家って妹とお母さんの部屋を残しても、まだ使っていない部屋が二つあるから好きな方を香織の部屋として使ってもらうつもり。


 男性は最低10人は妻を娶らないといけない決まりの割に部屋数が少ないよね。


 でも男性が所有する家の基本的な間取りはどこもこんな感じで、ほとんどの女性が通い妻になるそうだ。前の記憶があるだけに違和感あるけど。


 それからみんなとは別に来ていた香織の車から荷物を運ぶ。とはいえ衣類や身の回りのものだけだったのですぐに済んじゃった。


「武人くん、送っていくわ」


 香織はくん付けのまま俺を呼ぶ。何度か武人って呼んでたけど、すぐにくん付けに戻っていた。


「ありがとう」


 今から昨日の文化祭の打ち上げでカラオケに行くんだけど、昨日の夜から色々ありすぎて忘れかけていたよ。


 香織のワンボックスカーで送ってもらうけど、この車、俺たちがバンドをするからってわざわざセダンタイプから買い替えてくれたもの。

 もしライブに行くような事があればみんなを乗せて運転してくれるそうだ。


 ちなみにすでに成人扱いの俺は運転免許証を取りに行こうと思えばいつでもいけるけど運転免許証を持ってる男性はほとんどいないそうで、取りに行けば間違いなく目立つからやめている。


 途中でお母さんと妹宛に結婚したことを手紙に書いて投函した。とはいえ二人の住所なんて知らないからいつもの弁護士事務所に送っておく。


「た、武人くん……」


 カラオケボックス店の近くに停車してもらい車から降りたけど……


 俺、結婚してよかった。


 降りる時に香織からキスをされた。柔らかかった。いい匂いがした。これはやばい(いい意味で)ドキドキしすぎて片言に。そんな人が俺の奥さん。顔がにやけそうになったけどなんとか平静を装い香織に向けて手を振った。


 ————

 ——


「先生こんにちは。文化祭はお疲れ様でした」


「剛田くん、こんに……!?」


 俺を見た瞬間先生が両目を大きく見開いた。正確には俺の左手首のブレスレットを見てからだけど。


「剛田くん……それは」


 腕時計みたいに俺の左手首にピッタリハマっているからすぐにバレないかと思ったけど、新山先生はよく見ているな。


「えっと、実は……」


 香織と結婚に至るまでの流れを簡単に話し騙されたりしている訳じゃないから大丈夫だと新山先生に話した。


 先生は担任であり俺のことを純粋に心配しているように感じたからだ。


「そ、そうなんですか。香織先輩と……おめでとうございます。そういえば剛田くんは先輩の会社の動画にも出てましたものね」


「ありがとうございます。ん、香織先輩?」


 しかも先生が俺が出ていた動画を見ていたことにも驚いた。


「え、ええ。野原香織さんは学生時代、一つ上の先輩だったの。昨日は久しぶりにお会いして長話ししちゃったけど、そっか剛田くんを見に来ていたのね」


「俺も先生が香織……さんを知ってるとは思いませんでしたよ」


 どうりでライブの時に隣同士だったわけだ。


「先輩は美人だし頭も良くてスポーツもできましたから学生時代はよくモテてていたんですよ。あ、もちろん女性からですよ」


 今も香織は美人でスタイルも性格もいいからね、そっか。女性からもモテていたんだ。自分の知らない妻の姿を知れてちょっと得した気分になる。


「でも意外でした。剛田くんの一人目の結婚相手はこの学校の誰かだと思ってましたから……もしかして剛田くんは年上の女性が好みですか?」


 真面目な先生からそんな話を振られるとは思ってもいなかったけど、そうだよね、先生も女性だもんね。恋愛話は大好きなんだろうな。


「うーん。年上というよりは、好きになれば歳は関係ない、と俺は思ってますね」


「……歳は関係ない、ですか……そう、ですね。好きになるのに年齢なんて関係ないですよね」


 先生が納得したように頷く。


「人それぞれだと思いますけど、俺はそう思ってますよ」


 それから店の中に入ったけど、みんな揃っていて俺が一番最後だった。おかしいな、集合時間の15分前に来たはずなのに俺が一番遅かったなんて。みんな早すぎない?


「君島さん、みんな揃ったわね?」


「はい」


「じゃあはじめましょうか」


 文化祭の打ち上げだ。軽食はすでに頼んでいると委員長のさおりが先生に伝えているのが聞こえた。

 先生も堅い話はせずにすぐに挨拶を終えると飲み物をみんなが頼んだタイミングでトップバッターの人がマイクを持った。


「じゃあ、私が一番に歌いまーす」


 ♪〜


 元気な子(横山さん)が盛り上がる曲を入れて歌い始めると、次の人が歌う曲を選びはじめた。時間が限られているのでみんな真剣に選ぶ。


 俺の座る位置は真ん中で一人歌う事にみんなの座る位置は一つずつズレていく。みんなが順番に歌を歌い盛り上がっていたそんな時。


「た、武人さ……あ、ごめん。ウチ、剛田くんにずっと謝りたいと思ってたの」


「あーしも」


「? えっと、尾椎さんと横島名さんだよね。何の……ええっ!?」


 派手な見た目の2人だけどいつも暗い雰囲気だったので、そのギャップの差にすぐに名前は覚えていた。


 その2人が俺の隣に来たタイミングで突然立ち上がり、俺の目の前で頭を下げた。


「ごめんなさい! ウチ、武……剛田くんの家に石なげたことがあるの。一回じゃなくて何度も、それに剛田くんのお母さんの背中を後ろから押したこともある」


「あーしも。のっちと同じ」


「嫌われるのが怖くて言えなかった。でもそれじゃいけないって思って、ずっと謝まろうと思ってたけど、なかなかタイミングがなくて、今になった。本当にごめんなさい」


「ごめんなさい」


 突然謝り出す2人。頭は下げたままだ。当然、盛り上がっていたカラオケボックス内はシーンと静まりかえるが、


「ごめんなさい。私たちも石を投げたことがある」


 さらに6人くらいが立ち上がり俺の前にきて頭を下げた。彼女たちは遠巻きに俺たちを見ていた組だ。てっきり俺を嫌っているからだろうと思っていたけど、謝るタイミングを見ていたらしい。


 先生も知らなかったのが驚きすぐに立ち上がるが、そこまでだった。今はこちらの様子を見ている。


 正直なところ家は野原建設さんに直してもらったから気にしてない。ただ母さんの背中を押したと聞いたあたりが、あまりいい気持ちはしなかった。けどそれは黙っていれば俺には分からなかったことだ。


 そんな彼女たちの気持ちを汲めば許してやるべきなんだろう。彼女たち、俺が見た時はいつも暗い顔してたもんな。


「俺は男だから小さな頃からずっと周りからチヤホヤされて生活してきたから周りに酷い言葉をぶつけることなんて普通にあった。

 それであんなことがあって逆に傷つけられることの辛さを知ったから今の俺があるんだけど(正確には前世の記憶が蘇ったから)

 えっと何がいいたいのかと言うと……なんだろ。尾椎さんも横島名さんも、みんなも、自分の行いが悪かったと後悔してるから俺に謝ってきたんだよね。ならそれで十分かな。その気持ちちゃんと受け取ったよ。

 でも次からはよく考えて行動しようね。周りがやっているからといってその行動が正解だとは限らないからさ」


 ううう、失敗した。失敗は誰にでもあるって言いたかったのに、みんな聞いてるから、ちゃんと言わなきゃって思ったら途中から自分が何を言っているのか分からなくなったよ。俺が失敗してるじゃないか。


 でも尾椎さんたちみんな泣きながらありがとうって言ってくれたから大丈夫かも。



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