第53話 閑話 (鮎川店長視点)
自社ブランド『モチベート』を立ち上げて早一年、ここ1ヶ月の売上は過去最高となっていた。
「これも武人くんとあの子たちのおかげね」
店舗販売とネットショップ、どちらも好調だった。改めて武人くんと専属モデル契約ができてホントよかった。
男性とモデル契約したのって多分私が初だと思う。ふふ、よくやったよ私。自分で自分を褒めたい。
俺はモデルなんて柄じゃないですよと何度も断られたけど、二週間、毎日通ってようやくオッケーしてもらえたんだよね。
しつこいって怒らない武人くんはホント優しい。将来は私を貰ってくれないかな。ダメなら子どもだけでもいいな。
しょうがないですねと苦笑していた武人くんも可愛かったし。
……でも、あの野原って女性、たまに武人くんの家の中に入っていっていたけど、どんな関係なのだろう。ボン、キュ、ボンの女性として完成されたすばらしい体型の……おっと、職業柄つい目にした人のスタイルをチェックしてしまうのが私の悪い癖。
お胸、大きかったな。私もあれくらい大きければ武人くんも……
気がつけば育乳ブラをカート(ネット注文)に入れて購入ボタンをポチッと押していた。
——あっ……
そして、予想外というか、思ってた以上に売れたのが、武人くんと一緒にいた彼女たち。
男装女子やってます! という私たちは男性の服を着て楽しんでますよ、とちょっと変わったアピールの仕方を試みたんだけど、こちらもなかなかの反響だった。
————
——
「あ、鮎川店長〜!」
帳簿のチェックをしていると最近雇ったばかりのバイトの子が事務室に駆け込んできた。
「かほちゃん、どうしたの?」
「さ、沢風和也くんが」
かほちゃんが事務室にある監視カメラ用のモニターを指差す。
「ん?」
沢風和也? 沢風和也……沢風くん!? 監視カメラ用のモニターに目を向ければそこには本物の沢風和也くんが映っている。
最近は忙しくて、彼の動画を見ていないが、一時期は毎日のように彼の動画を見てときめいていたから、ちょっと胸の奥が熱くなった。やだ、どうしよう。
「店長を呼んでくれってことだったので、慌てて来ちゃいました」
「分かったわ。すぐに行くわね」
————
——
何これ。
かほちゃんと一緒に店内に戻れば、店内がざわついている。その原因はもちろん彼。
「アイカが言うから来たけど思ったより小さいね、この店」
「質も悪そうだし、本当にここで買うの?」
「え? 僕のファンなの、じゃあ、サインいる? しょうがないね」
彼は近づいてきたファンの一人のお胸をガン見すると、突然、サイン会のようなことを始めた。
「あはは、ちゃんと並ばないとサインあげないからな」
サイン会といっても彼はあらかじめサインした色紙をかなり準備しているようだった。というのも、彼の周りにはスタッフらしい女性が6人いて、混乱が起きないように上手いこと動いている。
そのウチの一人の女性が、手提げからたくさんの色紙を取り出し、その色紙を彼が受け取りファンの子に直接手渡して……ええ! お胸に触った。
ちょっと触れる感じじゃなく、ファンの子が色紙を嬉しそうに両手で受け取った瞬間に鷲掴みだ。
ファンの子も一瞬何が起こったのか理解できずに固まっていたが、サインを受け取ると逃げるように帰っていった。
後ろに並んでいるから次の子には見えていないらしく、次の子も、また次の子も同じようなことをされていた。
そんなファンの子たちには必ず一人のスタッフらしき女性が追いかけて何やら話し茶封筒を渡していた。口止め料かな? 多分そうだ。
あんまりの光景に唖然として眺めていると、一人の女性スタッフが私に気がつき近づいてきた。
「店長さんでしょうか。お騒がせしてすみません。私は沢風和也の妻の一人でリン子と申します……」
彼女は沢風和也くんの妻だと名乗り、他の連れも彼の妻だと言う。
今日は高級ブランド『ミクダース』(本社がこちらの県にある)と専属モデル契約をするために足を運んだとか。
それでなぜウチの店に来たのか失礼にならないように尋ねてみると、妻の一人が男装女子にはまっていてお店の場所を調べていて、帰る前にちょっと立ち寄ったから。
彼の行動は理解できないが、少なくとも冷やかしで来た訳ではないようだ。
お店もそこまで大きくないので店内のざわつきもすぐに収まった。
「ふーん、君が店長なんだ。あ、僕のことは知ってるよね」
「はい。沢風和也様ですよね」
「そうだよ。今日は杏子(妻の一人)がここの商品が欲しいって言ったからわざわざ来てやったんだけど、大したことないね」
彼はこともあろうに武人くんのポスターとその下に並べていた新作商品を見て鼻で笑った。
何、こいつ。前までこいつの動画を見てトキメキいた自分がバカみたい。
「そうですか。それはご期待に添えず申し訳ございません」
だからさっさと帰ってね。と遠回しに伝えるが、
「まあ、とりあえずあのモデル変えたら? なんなら僕が代わりに……あ、ごめんごめん。やっぱり無理だった。僕、ついさっき高級ブランドで有名な『ミクダース』と専属モデル契約したばかりだったんだ。あはは、悪いね」
私が帰れオーラを出しても、彼は皮肉を言い続け、いい加減我慢の限界の時に妻の一人が10着ほど商品を持ってきて会計を済ませた。
その妻がすみませんと頭を下げて謝って来たので、どうにか怒りを抑えることができたが、とりあえず彼の動画チャンネルは解除した。
改めて武人くんが素敵な男性だと思えた1日だった。
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