第33話

 ♪〜


「……霧島さん声キレイ。歌うまい」


 ウチに帰ってミュージックンを聞いた感想である。歌詞は傷ついていた少女たちを突然現れた男の子の人形が励まし元気づけていくというもの。歌詞だけを見れば、


 君が不安だというのなら、不安が消えるまで僕が君の側にいるよ〜


 といった、ちょっと恥ずかしいフレーズも入っているけど、出来上がりの曲を通して聴いてみれば大して気にならない。むしろいい感じだね。素人意見だけど。


 でも、これを俺が歌うのか……


 自分のオリジナル曲なんて考えたこともなかったから、ちょっと楽しみではあるが。正直、2曲目を出して男性シンガーとしても爆発的な人気となりつつ沢風くんとぶつかってしまうので顔出しは避けたいところ。


 霧島さんにも何か理由があるのかな? 明後日学校で会うからその時に聞いてみようかな。


 MINEで送られてきた楽譜と歌詞を見ながら練習を始めたがうまく歌えてる気がしないので動画を頼る。


 歌がうまく歌えるようになる動画だ。その業界に詳しそうな人たちがアップしていたもので再生回数が多い動画からチェックする。


 腹式呼吸で発声する。

 喉を開くことを意識する。

 息漏れを少なくする。

 声を飛ばす方向や距離感を意識する。

 などなど…


「うーん、ちょっとやってみたけど、できているのか自分じゃ分からないな。おっ」


 なんか簡単にできそうなものを発見。


 カラオケをバックにマイク無しで歌い、それを録音して、聞く、これを繰り返す。喉を痛めない範囲内でするのがコツだって。


  ほほう。これもすぐにでも試してみたいところだけど、まずは霧島さんの曲を完全に覚えないとね。



 ————

 ——


 次の日はリモート学習と念動と歌の練習で一日が終わり、夕方には香織さんが来た。


 俺が体育祭でフォークダンスをうまく踊れたか聞きたかったらしい。


  MINEでもよかったのにとは思わない。だって香織さん夕飯のオカズを作ってきてくれていたんだ。


 宅配で頼むバランスお弁当も毎日だと飽きてくるからね。さて香織さんの作ってきてくれたオカズはなーに。はい、肉じゃがでした。


 2回目ですね。え、肉じゃがは苦手かって? 


 やばい、俺またかって顔してたのかな。そんなつもりは……ちょっとはあったけど、俺肉じゃが大好きですからね。


 いつもお茶だけで悪いなぁ、と思っていたら、お米はあるかって? ありますここです。ちゃんと精米したやつですよ。

 そしたら香織さん何処からか取り出したエプロンつけて台所へ、あっという間にご飯を仕掛けちゃった。なんか一緒に食べるらしい。まあいいか。


「フォークダンスは香織さんのおかげでちゃんと踊れましたよ」


「そうですか」


 ホッとした様子の香織さん。今気づいたけど今日はスーツ姿じゃないんですね。


「変かな?」


 上品な感じのワンピースに薄手のカーディガンを羽織っている香織さん。

 スーツ姿の時は気づかなかったけどお胸様が大きいです。これは気をつけないとつい目がお胸様の方にいってしまう。


「香織さんの私服姿って初めて見たから、とても似合ってますよ」


「よかった」


 それからご飯が炊けるまでの間、体育祭のことを話した。等賞旗にハグ、フォークダンスは計6回踊ったといえば驚いていたね。


 ハグしたってほんとだったんだ……そんな呟きが香織さんから聞こえた気がしたが、ちょうどその時、炊飯器からご飯が炊けた音が鳴ってよく聞き取れなかったんだよね。


 ハグしてほしいのかな? ハグくらいならすぐにでもするんだけど(1年生、2年生相手に散々したから感覚がおかしくなってる)。


 それから二人で夕飯を食べた。香織さんお味噌汁も作ってくれた。

 誰かと一緒に食べる夕食はいいもんだね。肉じゃがもすごく美味しかった。


「武人くん、これは?」


「ああ、それは……」


 ポスターだ。ブランド『モチベート』のモデルをしたときのポスター。くるくる巻いて壁際に立てていたものに気づいたらしい。


 これは衣装とポーズを変えたものが10枚くらいはある。


「邪魔じゃなければ……な、何枚か要りますか?」


 すごい食いつきだったので、1枚だけ広げて見せれば5枚ほしいと言われた。

 自分のポスターを飾る趣味はないので、すぐにオッケーした。


「ありがとう武人くん。大切にするわ」


 香織さんは喜びのあまり抱きついてきた。すぐに気づいて離れたけど。顔は真っ赤。俺のポスターくらいでそんなに喜んでくれるなんてうれしくなるね。


 顔を真っ赤にしていた香織さんは片付けを済ませると「また作ってきますね」と言い残して帰っていったけど、香織さんが帰ったあと少し寂しく感じたのは気のせいだろうか。


 それを誤魔化すように霧島さんの作った曲を聴いた。なんだか涙が出た。やっぱりいい曲だ。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る