まさかの合コン回



「それじゃあお酒が入る前に自己紹介しておきましょうか!順番は僕から時計回りで!僕は二年の御上雄大でーす!趣味は洋画鑑賞!好きな作家はダブル村上でーす!今日は楽しんでいきましょー!」


 テーブルの端に座った細身の男性、御上先輩が正面に座る女性陣に向けていつもより高いテンションで自己紹介をし始める。僕は御上先輩との接点があまり多くないが、普段はニチ朝の特撮についてばかり語っているし純文学を読んでいるところを見たことはない。

 御上先輩が席に座ると、代わりに右隣に座った小太りな重信先輩がおしぼりで汗を拭いてから立ち上がり自己紹介を始める。


「お、同じく二年の重信伸一郎です。趣味は……映画鑑賞で、好きな作家は、横溝正史です……。きょ、今日はよろしくお願いします……」


 つっかえながらそこまで言って重信先輩は席に座るが、今の一瞬だけでもう汗をかいている。元々汗っかきなイメージの先輩であるが、今日はさらに緊張もしていて汗の量も二倍増しといったところか。

 趣味を被せたせいか隣の御上先輩が重信先輩のことをにらんでいるが、そもそも重信先輩はガチの映画好きという話なのでそこに被せにいった御上先輩の方が悪いと思う。


「一年の佐川です!趣味はアニメ鑑賞!好きな作家は──」


 先輩達の様子など気にもせずに自己紹介を始めた佐川君は御上先輩のように取り繕うこともなく堂々とオタク趣味をぶちまける。何人も好きな作家を挙げていたが、僕の記憶が正しければすべてラノベ作家さんだ。


「大学入って二ヶ月で幼なじみを慶応ボーイに寝取られたので、恋人募集中です!よろしくお願いします!」


 最後に自虐ネタでちょっとした笑いを取ってから着席した佐川君。流石に元彼女持ちだけあってこの手の対応は他のふたりよりも手慣れてそうだ。

 そこで席に座った全員の視線が僕に集中していることに気がついて慌てて立ち上がる。他の三人の自己紹介をなぞって学年と名前、趣味と好きな作家を述べてよろしくと一言。趣味は読書、好きな作家はそこそこ有名なミステリ作家と特に面白みのない内容であるが、興味を持たれたいわけではないので別にかまうまい。

 最低限言うことを言って僕が席に座ると、こんどは正面に座った色白の女性が自己紹介を始めた。笑顔で聞いている振りをしながら、僕は自分が何故に合コンなんてものに来ているのかと自問自答した。

 まあ、そんなものは振り返る必要もなく決まっている。

 僕がじゃんけんに負けたのが悪いのだ。



       *



「さて、他に連絡事項はないな?では部会を終わる前に俺からの連絡だ」


 樹林先輩の言葉に対して、皆の反応は鈍かった。合宿以降の駄目出し地獄を乗り切り、秀泉大学の文化祭である臥竜祭でもなんだかんだ部誌を完売で終えたサークルメンバーはこれ以上ないぐらいに弛緩しているのである。

 なお、僕自身は臥竜祭で部誌を売り切るために身を削るハメになったりミスコンでのトラブル対処のために駆けずり回ったりと碌でもない目にあったのでお疲れ気味だ。来年の臥竜祭はサボることを検討している。

 樹林先輩はそんな周囲の様子など気にもとめずに話を進めていく。


「二年は参加したやつもいるから覚えがあると思うが、今年も百合女との交流会が開催される。参加者を募るから、一、二年の男子はこの後残ってくれ」


「なんで一、二年の男子限定なんですか?」


 妙な指定に、一年生一同を代表して西園寺君が質問する。文芸サークルで他大学との交流をするということにも驚きを覚えるが、学年はともかく性別まで制限するのは理解不能である。

 周囲を伺うと、一年生は皆不思議そうな顔をしているのだが、上級生の方々の反応はそれぞれだ。ああ、そういうのあったねみたいな顔をしている人もいれば、苦い表情をしている人もいる。極々一部に笑みを浮かべている人もいるが、全体的に見たら否定的な反応と言える。


「ああ、まずはこの会が行われる経緯を説明するべきだな」


 樹林先輩は西園寺の言葉に頷くと語り始める。

 今でこそ他大学の文芸サークルとの交流なんて皆無に等しいが、昔はそれなりに交流の場が持たれていたのだとか。いくつかの大学で集まっての会合だとか、各大学で有志を募って同人誌を作ったりとかしていたらしい。

 百合女──百合ヶ丘女子大学はそんな交流先のひとつだった。互いの大学が同じ沿線の数駅先という近さからそれなりに交流はあったが、親密と言うほどではなかったというのだが。


「しかし、ある時期にうちと百合女は非常に親密な関係になってな。当時は毎年合同誌を作ったりして交流を深めていたらしいのだ。今でこそそういったことはしていないが、当時行われていた若手の交流会だけは今も恒例行事として残り続けているわけだよ」


 ううん。

 事の経緯は理解したが、結局参加者が男限定という理由はわからないままだ。なんならこちらからも女性部員を参加させた方が交流も深まりそうなものであるが。

 僕の指摘に他の一年生一同も賛同の意を示す中、佐川君だけが何かに気がついたように声を上げた。


「樹林先輩、もしかしてこれは……!」


「ふっ、気がついたようだな……。佐川、言ってみろ」


 なにやら芝居めいた笑みを浮かべて先を促す樹林先輩。佐川君は先輩のノリに合わせてキメ顔で解答を口にする。


「女子大学の生徒は当然女子大生……。それに対してあえて男子のみを交流させるということはつまり、合のコンということっすね!」


「そういうことだ」


 ええ……。

 いやまあ、そういうことであれば女子大生に男子をあてるのは納得ではあるが、なんで共学のうちが合コンなんて……?

 佐川君以外の一年が困惑というかドン引きする中、新垣先輩が解説をしてくれる。


「当時のうちは何年も女子部員が入らなくて女日照りだったらしくてな。文芸サークルなんて陰キャの集まりでも、女子とお近づきになりたいやつらはけっこういたんだよ。一方百合女の方にも彼氏が欲しいやつらがいて、お互いの利害が一致した結果深い仲ができあがったってことだ」


「けど、今はうちにも女性部員がいますし、特定の部員しか参加できない会があるのはどうなんですか?」


 新垣先輩の解説に、才藤さんが納得できない様子で食って掛かる。才藤さんの性格を考えれば、部員への不平等さも合コン等という文化をサークルが開催することも不満であろう。

 というか、今の文芸サークルの部員で合コンなんて好き好んでやりたがる人がいるのだろうか。皆の様子を伺ってもほとんど嫌そうな顔をしているように見えるのだが。


「正直なところ、最近の部員の傾向としてウケが良くないのは否定しないな」


 樹林先輩は苦笑しつつ僕の意見を肯定する。


「しかしな。全体としては否定的でも、積極的になる部員がこちらにも向こうにも数人は出てくるものでなあ。参加を希望する部員がいる以上簡単に廃止するわけにもいかん。それに……」


「それに?」


 才藤さんの問いに、樹林先輩はため息と共に答えた。


「……うちのOB・OGが毎年の合コンの結果を楽しみにしていてなあ。新年会の席でそれを肴に盛り上がるのが恒例になっているのだ。男女問わず現役時代は反対派だった者も、自分が引退した後はそれを忘れて肯定的になる始末だ。これも長く続く部の伝統だと言ってな」


 ああ、そういう……。

 現役生は止めたいと思っていても、OB・OGの意向で中々止められないということか。社会人の先輩方が相手ではこちらも強くは出れないということだろう。合宿の時の無駄な徒歩行軍といい、うちのサークルは妙に体育会系な文化が残っているからなあ……。

 才藤さんも伝統という言葉を出されると上手く反論できないようで、渋い顔をしつつも沈黙している。

 代わりに西園寺が手を挙げて発言した。


「ボクも男側で参加したいのですが難しいでしょうか」


「いや、昨今のご時世的には無しじゃないかもしれないが、流石にちょっとな……」


「そうですか。まあ仕方ありませんね」


 微妙な表情の樹林先輩に、たいして期待していなかったのか西園寺はあっさりと希望を取り下げる。

 人との交流を避けていた西園寺にしては珍しい発言である。合宿の一件で人と関わることに前向きになったということだろうか。どちらにしろまあ、良い傾向なのは間違いないだろう。


「酒の席なら相手を酔わせて乳を揉むぐらいはできるかと思ったんだけどなあ。残念だ」


 訂正しよう。

 人との関わりに前向きになった結果、悪い方に傾いてしまったらしい。

 サークルの恥になりそうだからわざわざ他所でそういうことをするんじゃないよ。


「手近な相手の乳はもう一通り揉んだからね。新たな乳に出会うには外に目を向けないと」


 こいつ、いつの間にかそんなに手を出していやがったのか……。


「秀泉のおっぱいマイスターと呼んでくれてもかまわんよ」


 どや顔があまりにもうざい。

 それを聞いてしまったら尚更こいつを外に出すわけにはいかない。

 北条とか才藤さんの乳で我慢しなさいっ。


「ふたりは揉み心地はいいんだけど、身持ちが堅くて中々揉ませてくれないからなあ……」


「というか、私を人身御供にするのは止めてくれる……?」


 才藤さんに突っ込まれるが、サークルの評判のためなので許して欲しい。だからほら、その切れ長な目でにらんでくるのは止めていただいて……。


「まあそういうわけで、不満がある者もいるだろうが他大学との交流だと思って諦めてくれ。過去の部長の努力で会費はOB・OG会から出るようになってるので費用は心配しなくていいから。……俺だって一年の時は山河先輩に説得されて嫌々参加させられたんだからな」


 僕たちのやり取りを他所に樹林先輩がまとめにかかる。……なんだかんだ言っているが最後の愚痴るような発言が本心ではないだろうか。

 山河先輩も樹林先輩の気持ちを知った上でごり押すのだから人が悪い。いや、それだけ樹林先輩先輩のことを信頼していたのだと好意的に思っておこう、うん。



      *



「──それで、好きな作家は……。筒継紬つつつぎつむぎ先生です。その……。よろしくお願いします」


 声に反応して顔をそちらに向けると、百合女の最後の人が自己紹介を終えて席に着くところだった。

 ……しまった。つい現実逃避で意識を飛ばしてしまっていた。これでは会話のとっかかり以前に相手の名前すらわからない。流石に聞いてなかったのでもう一回自己紹介してくださいなんて頼むのは面の皮が厚すぎるだろう。

 八人で飲んでると思えばだんまりを決め込んでもなんとかなりそうだが、四対四の対話と考えるとそれも相当に難しい。

 笑みを張りつけて乾杯に乗っかりつつもこの場をどうやって乗り切るか頭を働かせていたが、結局それは杞憂となった。


「ええっと、鷺沼先輩と鴻巣先輩ですよね?お二人は去年もうちとの交流会参加されたんですか?」


 僕の隣に座っていた佐川君が自分と僕の正面に座っている二人に話しかける。佐川君の目線の通りであれば、僕の正面にいる色白の人が鷺沼先輩。佐川君の正面にいる髪を茶髪に染めている人が鴻巣先輩らしい。

 よかった。佐川君のおかげでとりあえず名前を知ることができた。どうやら佐川君はこのまま二対二の会話に持ち込むつもりらしい。僕としては願ったりかなったりである。

 佐川君はさすが元彼女持ちだけあって女性との会話が手慣れていた。考えてみると佐川君はサークル内でも男女分け隔てなく会話できるムードメーカーなタイプだった。率先して馬鹿をやったり自分の欲望を素直に口に出すタイプなのでモテるわけではないのだけれども。

 そんな佐川君が会話を広げて盛り上げてくれるので僕はそれに乗っかるだけで良かった。まったくありがたいことである。

 僕はハイボールを飲みながら適当に話を合わせつつも、ちらりと隣のグループの方を確認する。今回の交流会という名の合コンで一番、というかただひとり気合いが入っているのは御上先輩である。僕と重信先輩はじゃんけんで負けた数合わせだし、佐川君はノリ良く参加を希望していたが人数不足なのを見てから参加表明をしていたので恐らく空気を読んだ口だろう。

 と言うわけで、僕たち三人のミッションは御上先輩と向こうの誰かを良い感じにくっつけることである。なので、正直こちらのグループの交流はどうでも良く、御上先輩が上手いことやってくれているかどうかが肝なのだが……。


「──そうそう、あの池から足が突き出てる絵面のやつ。何回か映画になってるんだけど、七十六年に放映したやつが一番有名かな。まああれは古いから、最近地上波ドラマで放送したやつの方が見やすいかもしれないね。確か主演がアイドルグループの人だったはずだから」


 隣のグループでは、意外なことに重信先輩が映画について熱く語っているらしい。御上先輩のフォローどころか相手を引かせてしまうんじゃないかと心配したが、重信先輩の正面に座った小柄な女性が相づちを打ちながら熱心に聞き入っている。

 聞いているポーズなのかどうかは僕にはわからないが、気まずい沈黙が流れるようなことにはなっていないらしい。御上先輩の正面に座った黒縁眼鏡の女性も、口は開かないが重信先輩の語りに小さく頷いたりして消極的に聞く姿勢だ。

 代わりに予想外に会話の主導権を重信先輩に握られてしまった御上先輩は苦々しい表情である。話が盛り上がっているので会話を切り替えることもできず、かと言って邦画には詳しくないのか口出しもできず。このままでは御上先輩は何の成果も得られないだろう。

 佐川君もそんな雰囲気を察したのか、鴻巣先輩がトイレに立ったタイミングで席替えを提案した。重信先輩と小柄な女性──白鳥さんというらしい──がこちら側へ。佐川君と鴻巣先輩が向こう側へという形である。

 どうやら白鳥さんもそこそこの邦画ファンであったらしく、重信先輩との熱いトークを繰り広げていて僕はそれに乗っかっているだけで良かった。

 向こう側は佐川君が上手いこと御上先輩をヨイショしつつ話を盛り上げているらしく、御上先輩はご満悦なご様子。

 正面に座った黒縁眼鏡の子に積極的に話しかけているので、あの子に狙いを絞ったのかもしれない。

 席はそのままにした方が御上先輩の都合的には良かったのだろうが、もう一度席替えがないのもおかしいので御上先輩と黒縁眼鏡の子がこちらの席に移ってくる。

 御上先輩は鷺沼先輩とも何度か会話をしたが、黒縁眼鏡の子──鴇矢ときやさん狙いで確定したらしく、鴇矢さんに重点的に話しかけ始める。

 しかし、鴇矢さんの方はあまり乗り気でないらしく、曖昧に笑って相槌を打つばかりである。もしかしたら鴇矢さんも数合わせ要員なのかもしれない。


「鴇矢さんが好きだって言ってた作家、確か……筒月つつつきさんだっけ?」


「あの……、筒継つつつぎ先生です」


「ああ、ごめんごめん!聞き覚えのない作家さんだったから……。どんな小説を書いてる作家さんなの?」


 攻めあぐねた御上先輩が、話の取っ掛かりを求めて鴇矢さんが好きだと言っていた作家さんを話題にし始める。

 文芸サークル的には好きな作家の話なら積極的に口を開くかと思ったが、鴇矢さんは何故か口ごもる。


「いやあ、あの……。あまりメジャーなジャンルの作家さんではないので……」


「そうなの?どんなジャンルかなあ……。お前、聞いたことあるか?」


 鴇矢さんはあまり続けて欲しくなさそうな口振りだが、どうにか話題が欲しい御上先輩はなおも話を引っ張ってしかも僕に話を振ってきた。

 向こうが嫌がる話は切り替えた方が良いと思うが、生憎と僕には上手に話を逸らして別の話に繋げるようなトークスキルはない。

 ……しかし、筒継先生か。なんだかどこかで見たような気がする名前なのだが、どこで見たのだったか。少なくとも僕の読んだ小説の作家でそんな名前の人はいなかったはず。

 ということは漫画かなにかだろうか。しかし、好きな作家といったら普通は小説作家を挙げるだろうしなあ。

 ……いや待て。そうだ、漫画だ。どこかで読んだ漫画の表紙で見た名前だったような気がする。ということは漫画の原作者か何かだったのだろう。

 いつ読んだ漫画だったかな……。あれは確か七野ちゃんから借りた漫画の中の一冊で、タイトルは確か……。"なんとかの王子に首輪を付けて"とかそんな感じだったような。


「いやいや、王子に首輪ってどういう──」


 うろ覚えにタイトルを口にする僕に、御上先輩が呆れた様子で突っ込みを入れようとするが、それを遮るようにして鴇矢さんが身を乗り出してくる。


「"不遜な王子に首輪を付けて"ですか!?」


「え?」


 ああそうそう、そういうタイトルだった。喉に魚の骨が刺さったような違和感がなくなってすっきりする。


「あの話は、ベタなシチュなんですけど登場人物の内面描写が秀逸ですよね!幹也君が王子に逆襲するまでの心理とか、傲慢な王子が下僕だと思ってた幹也君に組み伏せられることに悦びを覚えるようになるまでの描写とか!」


 おおう……。

 鴇矢さんは先程までのおとなしさとは打って変わって目をキラキラさせながら語り始める。どうやらうっかり彼女の中の変なスイッチを押してしまったらしい。

 まあ初対面相手に好きな作家としての作家を挙げてしまうぐらいだから、相当にガチな人なのだろう。

 しかし、鴇矢さんは内面描写の素晴らしさを語っているが、そんな感じの話だっただろうか。けっこう唐突に展開が転がって七野ちゃんに解説を頼まなければならなかった記憶があるのだけれど。


「ああ、そういえば読まれたのはコミカライズの方でしたね。原作の小説は地の文が非常に多いのですが、そのせいで漫画版の方では心理描写を描ききれてないんですよね……」


 なるほど。確かに漫画で小説みたいなモノローグを延々と続けていたら話が間延びし過ぎてしまうからなあ。恋愛系の作品はコミカライズとかその辺の見せ方が難しい気はする。


「そうなんですよねえ。……あ、せっかくだから原作の小説をご覧になられますか?漫画版よりも内容が濃いですから、漫画版が好きなら絶対にハマると思いますよ!なんなら筒継先生の他の小説も含めてお貸ししますので!」


 名案だとばかりに笑みを浮かべる鴇矢さん。

 申し訳ないのだが僕は電子書籍派なので自費で購入させていただこう。隣の御上先輩がめっちゃ足を蹴ってきてるし。

 その後は鴇矢さんを中心にBLトークが非常に盛り上がった。鷺沼先輩も行ける口らしく先ほどまでよりも口数が多いぐらいで、そっちの知識がない御上先輩が話についていけるようフォローするのがとても大変だった。

 連絡先を交換したがる鴇矢さんを、全員で連絡先交換する方向に持っていくことで躱してなんとか飲み会を終了する。

 費用は秀泉こちら側持ち(前時代的な気もするが、それも含めてOB・OG会が費用を出している)ということで先に百合女の方々に店を出ていただく。彼女たちが店の外に消えた瞬間、御上先輩が強引に肩を組んできた。


「ちょっと君ぃ。合コンなんて興味ありませんみたいな顔をして、随分と上手いことやってくれるじゃないかね?」


 いや、違うんすよ先輩……。

 僕は圧をかけてくる御上先輩に言い訳しつつも冷や汗をかく。

 あんなのは事故もいいところだ。鴇矢さんが好きな作家の作品を僕が偶然読んでたからという理由であそこまで盛り上がれるとは思ってもいなかったのだから。

 というか、僕なんかよりも皆の満遍なく仲良くしてた佐川君とか白鳥さんと良い感じになってた重信先輩の方が罪は重いのではなかろうか。


「ふうん?」


「僕は場を盛り上げてただけで誰も狙ってなかったっす」


「ろくに詳しくもないのに映画好きを名乗るのが悪い」


 酒が入ってるせいか目が据わっている御上先輩の視線を、しかし佐川君はあっさりと躱してみせたし重信先輩は容赦なく御上先輩を切って捨てた。


「くそっ!良いところなしなのは俺だけじゃないか!」


 いや、別に僕もそんな良いところがあったわけでは……。

 地団駄を踏む御上先輩に主張するも、きっ、とにらまれてしまったら沈黙するしかなかった。


「……こうなったら延長戦だ。二次会に誘ってチャンスを作るぞ」


 ええ~……。

 自分だけ何の成果も得られていないのが気に入らないのか、御上先輩がそんなことを言い始める。

 僕としては義理も果たしたので早いところ帰りたいのだが……。


「僕は大丈夫っすよ!なんなら百合女さんに話通してきましょうか?」


「俺も参加しようかな。……白鳥さんとはまだ語り足りないところだったし」


 佐川君はあっさりと了承した上に先方との交渉まで請け負う。じゃんけん負け仲間の重信先輩なら否と言ってくれそうだと期待していたのだが、白鳥先輩と良い感じに盛り上がったためか積極的な姿勢だ。


「よしよし。……お前ももちろん来て俺のことを助けてくれるよなぁ?」


 ふたりの反応に満足そうに頷いていた御上先輩が、顔だけをぐりんとこちらに向けて問うてくる。

 僕はそんな御上先輩にビビりながらも、実はこの後用事が……なんて口にして二次会参加を逃れようと試みる。


「ふうん。こんな時間から?いったいどんな用事なんだ?」


 御上先輩は僕が参加したくないだけなのを察してか追求を入れてくる。普段はもっと寛容な人なのだが、酒が入っているせいか容赦がない。ううん、面倒くさい。


「まあまあ御上先輩。用事があるならしかたな──。なんでもないです」


 佐川君がフォローしようとしてくれるが、振り向いた御上先輩の眼力に負けて意見を取り下げる。佐川君も酔った人にはウザ絡みはされたくないだろう。

 さて、どう言い訳するか……。幸いにしてここはちょうどバイト先である卯月社長のスタジオ近くなので、そちらに呼ばれていることにしてしまうのが一番マシな言い訳だろうか。

 と、そんな事を考えていた時に、ジーンズのポケットに入れていたスマホが振動し始める。

 時間稼ぎがてらスマホを取り出して確認すると、着信が入っていた。……それも珍しい人から。

 僕はこれ幸いとばかりに先輩達に断って店を出ながら電話に出る。相手と会話しながら店を出ると、店先に百合女の方々がたむろしていた。彼女たちに軽く頭を下げてから少し距離を離れて電話を続ける。

 そして、やり取りが終わって電話を切ったところで、御上先輩達が店を出てきた。


「今日はありがとうございました。ごちそうさまです」


 鷺沼先輩の言葉に続いて口々に感謝を述べる百合女の方々。そんな彼女たちに佐川君が声をかける。


「今日は思った以上に盛り上がりましたし、よろしければこの後二次会なんていかがですか?皆でカラオケとか!」


 なるほど、二次会も酒の席だと向こうも色々と警戒するかもしれないし、カラオケならば時間制限付きだから帰るタイミングが分かりやすく向こうも安心だろう。

 百合女の方々も顔を見合わせて相談しているが、悪くない感触である。


「で、お前はどうするんだ?」


 御上先輩に水を向けられた僕は、迎えが来てしまうことを伝えて先輩に頭を下げた。


「迎え?」


 御上先輩の問いに答えるよりも先に、別方向から声がかかった。


「どうも。ちょっと早かったですか?」


 声のした方を振り向くと、道路脇に停められた赤いオープンカーの運転席で手を挙げている申川さんの姿が見えた。

 うちの文芸サークルの面々だけでなく百合女の方々も突然美人が登場したからか驚いた様子だったが、正直僕も驚いていた。車で迎えに来るとは聞いていたが、まさかこんな派手な車でやってくるとは。

 そこで、佐川君が何かに気がついたようにあっ、と声を上げた。


「も、もしかして、AV女優の申川ふたばさんですか!?」


 天下の往来でそんなことを聞くのは如何なものかと思ったが、申川さんは気にした様子もなく笑みを浮かべて肯定する。


「はい。そうですよ。私のAVを見ていただいたんですか?」


「は、はい!サイン入りのやつを、えっと……あっくんから譲り受けて」


 申川さんの問いに答えに窮しながらもなんとか説明する佐川君。サークル合宿のオークションで落札しました、なんて説明ややこしいし、女優本人に金銭で授受したと言うのは憚られたのだろう。まあ、申川さんには事前にその辺り説明済みなのだが。


「そうなんですか!ありがとうございます!……是非感想をお伺いしたいところですが、これから彼とデートでして」


 その言葉と同時にその場にいる全員の視線が僕に集中する。百合女の方々は半ば困惑した視線であるが、うちのサークルの三人の視線からは殺気のようなものを感じる。慌てて僕が訂正を入れる前に申川さんがくすくすと笑いながら言葉を翻す。


「デートは冗談です。彼には新しく買った車の試運転に付き合って貰う約束でして。申し訳ないのですが、彼を借りていきますね」


「は、はいっ!」


 申川さんに話しかけられた御上先輩が慌てた様子で承諾する。

 礼を述べた申川さんに手招きされて僕は彼女の車の助手席に乗り込んだ。

 シートベルトを締めてから未だに混乱した様子の御上先輩と他の皆に僕が頭を下げたところで車が発進する。

 こうして僕は面倒くさい交流会からの脱出に成功したのだった。

 ……代わりに、申川さんとドライブをするハメにはなってしまったのだけれども。

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