第35話 野球、それはまぐれの方が多いゲーム

 ■K.UMASUGI とのトーク


 馬杉「おめでとうっス!」 既読

 馬杉「よくぞこの馬杉を乗り越えたっスね!」 既読

 馬杉「ほんと、ホッシは凄いっス!」 既読


 星上「ありがとう、本当にいい試合だった」 既読

 星上「正直なところ何度も冷や冷やさせられたよ」 既読


 馬杉「へへーん、私たちも負けてられないっスからね」 既読

 馬杉「甲子園が終わっても、次があるっス」 既読

 馬杉「今度は秋の県大会と地方大会! この馬杉、今度は負けないっスよ~~!」 既読

 馬杉 [スタンプ] 既読


 星上「そうだな、次は秋季大会でしのぎを削ることになるな」 既読

 星上「楽しみにしてる」 既読

 星上「ちょっといいか?」 既読


 星上 [CALL キャンセル] 既読


 馬杉「ごめんっス、ちょっと通話出来なさそうっス」 既読


 星上「わかった」 

 星上「無理するなよ」 

 星上「あの試合、チームは勝っても、馬杉個人にはまだ勝ち切ってないと思ってるんだ」 

 星上「また野球やろうな」 






 ◇◇◇






「……お前も大概変なやつだにゃ。負け犬ならぬ負け猫なんかに興味持ってる暇なんかないと思うにゃ」


「そんなことありませんわ。少なくとも私は、投手として貴方に勝ててないと思いますもの。津島さん」


「お前のほうが凄いにゃ。シュートしか投げないにゃーなんかと違って、お前はたくさん球種を持ってるにゃ」


「……私には決め球がないんですの」


「たくさんあるにゃ。高校生にしては速いストレート、スライダー、カーブ、フォーク、シンカーかスクリュー、チェンジアップ、全部決め球レベルだにゃ」


「高校生にしては凄い、じゃだめですの。プロでも通用しそうな、そんな才能の片鱗が見え隠れするぐらいの球じゃないといけませんわ」


「森近は欲張りだにゃあ。十分プロでも通用すると思うけどにゃあ」


「大沢木さんのカットボールや津島さんのシュートのように、それ一つだけでも殆どの人を抑えられる、そんな絶対的な決め球が欲しいんですの」


「そんなものはにゃい」


「ですがっ」


「お前さー、天才がわんさかそばにいて感覚が狂ってるだけだにゃ。にゃーも打たせて取るピッチングをやってるけどにゃ、森近はにゃーなんかと比べると格が違うにゃ。特定の場所に集めさせるにゃーとは違って、森近は下位打線をねじ伏せることも、変化球で好きな場所に転がすことも、どっちも状況に応じて使い分けられているにゃ。それだけで十分以上に仕事ができるピッチャーにゃ」


「……上位打線を、圧倒的な力でねじ伏せたいのですわ」


「そんなものはにゃい」


「……っ」


「圧倒的な力なんてものは幻想だにゃ。森近は、リトルリーグ時代にピッチングでねじ伏せてきた経験があるだけに、そういうものに色気を出してるだけだにゃ」


「……私は、一体どうすればいいんですの」


「身体作りだと思うにゃあ」


「……私は、一体どうすれば」


「……。森近は焦り過ぎだにゃ。高校生のうちは、結果なんかに色気を出さずに、目の前のことだけを淡々とやり続けるだけでいいと思うんだけどにゃあ」


「……」


「……あー、もうしょうがねえにゃ。ほら、ついてくるにゃ!」


「……」


「にゃーのへっぽこシュートでよかったらたくさん見せてやるにゃ。どうせこれからも合同練習するんだから、よしみで付き合ってやるにゃ」


「……。津島、さん……」


「なーに泣いてんだにゃ。おめーらに負けたにゃーの方が泣きたいぐらいなんにゃが?」


「……っ」


「……はーあ。全く、にゃーより強い投手相手に、何を教えることがあるのかよー分からんにゃ」






 ◇◇◇






「ときめき学園を抑えるにはどうすればいいか? 分かるかガキども」


 翠清学院高校の監督は、非常に渋い顔でホワイトボードの前に立っていた。

 難問を目の当たりにした学者のように険しい表情だったが、それでも苦悶して答えを絞り出そうとしていた。


「有効だったのは内角攻めと外角攻め。これは、晄白水学園と鹿鳴館杜山が証明してくれた。特に下位打線においては、内角攻め、外角攻めが功を奏してアウトカウントを大量に吐き出していた。このことから、下位打線相手にはまだまだ内角攻め、外角攻めで付け込む隙があると思ってよい」


 当たり前のことをおさらいするかのような虚しい回答。こういう分析は、事実上ゼロ回答に等しい。どんな打者も内角攻めと外角攻めに弱いのは当たり前のことであり、いうなれば「ど真ん中に投げると打たれやすい」と言ってるのと同じことであった。


 だが監督は、そう言わざるを得ない状況であった。翠清学院高校は名門高校であり、その監督は名将であることが求められる。

 奇策を衒うのではなく、王道で今まで勝ってきた。策に賭けるような戦いをする高校ではないのだ。


「また、ときめき学園の投手をどう抑えるかという問題が残っているが、これは簡単だ。いいな。森近と緒方以外はだ。それだけでいい」


 ざわついた生徒たちに向かって、翠清学院高校の監督は「静粛に」と呼びかけた。

 水を打ったように静かになった生徒たちに、監督は諭すように話した。


「晄白水学園の鷹茉監督は何も教えてくれなかったが……まあ、あの娘が強振策を選ぶってことはそれで正解なのだろう。真似するぞ」


 それは異様な指示だった。プライドの欠片もないと言って過言ではない。県下の強豪校らしからぬ、なりふり構わなさであった。

 ときめき学園打線をどう抑えるかの攻略方法についてはもうほとんど役に立たないことしか言わない監督だったが、逆に、ときめき学園からどう得点を取るかは目星をつけているらしかった。


「良いことを教えてやる、ガキども。ワシが名将と言われてるのはな、変なプライドがないからだ」


 はい終わり、とばかりに監督は急に煙草を吸い始めた。ホワイトボードの置いてある部室でやるような行為ではない。

 不良極まりない、ふてぶてしい所作だった。まさにひと時代昔を生き抜いてきた老婆のような仕草である。


「……まーったく、運がないね。向こうの弱点はベンチワークぐらいだってのに。下位打線が弱点というよりは上位打線に付け入る隙がほとんどないってだけなんだが……。どれだけ足掻けるかねえ」


 煙を伴った溜息。

 この老婆は真剣に、一年投手のデータを読み込んでいた。

 いうなればそれは勘である。


『仮想敵として詳細に分析されているため、ここであえてデータが少ない変則投手をぶつけて裏を掻きたい』

『来年以降チームを引っ張る若い主力に、ここいらで強豪校と戦う経験を積ませてあげたい』

『決勝が見えている以上、最高戦力である緒方も森近も星上も温存したい』


 というチーム事情が露骨に透けて見えている、急造の強豪校ときめき学園が抱える事情から推測しただけの、あてずっぽうなのだが――。


「ガキども。こう見えてワシは、あの星上オスガキに走り込みが悪いだのバントが悪いだの根性論が悪いだのごちゃごちゃ言われて腹が立ってんだ。腹が立ってるんだが、ワシはプライドがないから真似してやるんだ」


 翠清学院高校は、ここ最近は目立っていない高校である。

 県下の強豪校の一つではあるのだが、今一つ勝ち切れていない高校。

 少し前は文翅山高校の圧倒的な怪物、大沢木なすかにいいようにやられて、今度はときめき学園にいいようにやられている。


 だが――。


「『強者である』という自尊心プライドはねえ、捨てる時が一番痛みを伴うんだがね、そこから立ち上がるってのもいい経験なのさ。よーく噛み締めとけよ、ガキども」


 生徒たちの前で堂々と煙草をふかす不良監督曰く。

 殆どになる試合というものは存在するらしいが――十回に一回は、甲子園の魔物が味方してくれるらしい。

 そしてその魔物は、不幸を与えたとき一番試合が荒れそうなやつを好んで纏わりつくのだと――。


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