第46話 ショーケース!④
秋も深くなって冬に近づいてきたころ。
めっきり影が薄くなっている「マハ市選抜男子野球メンバー」について、ここで触れておきたいと思う。
彼らは別にやる気がないわけではない。ソフトボールではなく野球をやりたいと希望してきた子たちなので、普通の男子よりは運動ができるし、俺の説明する野球理論についても興味津々に聞いてくれる。
問題は、練習量であった。大陸流というべきか、やはり練習量が日本よりはるかに少ない。
この練習量についての話は、賛否両論あると思う。
俺も練習量のみを追いかけるトレーニングは大反対である。苦しくてつらいトレーニングを無理強いするのは虐待とほぼ同じであり、また効果のないやり方を強いるのは苦行に近い。辛ければ辛いほど効果がある、という根拠のない幻想にしがみついているのは、頭を使っていない証拠だ。それは肉体を鍛えているのではなく、試行錯誤をさぼっているだけなのだ。つまり
一方で、大陸流のやり方は違う。
徹底して自己責任なのだ。
(温室プールは楽しそうだからついてきてくれたが、筋トレはあまり受けが良くなかったな……それに、選球眼を鍛える視野トレーニングも最近さぼってるし、スイングのフォームも全然よくならないし)
やる気が低い、と俺は思った。
彼らはどうも俺のことを『ストイックすぎる』と捉えているらしい。
言い方が悪いが、マハ市選抜男子野球メンバーは、ときめき学園よりもモチベーションが低い。
(うーん、でも楽しくトレーニングをする提案は乗ってくれたな。
モチベーションが低いのも悪いことではない。もっと夢中になるものを見つけていいと思う。
俺は無理強いしない。
俺はこの状況を「勝ち切るエースとしての投球術を身に着ける練習」とか「みんなで楽しく練習する工夫をする練習」と割り切っている。
『どうせなら楽しく身体を鍛えて、野球も結果を出して、大学進学の推薦も狙っていこうぜ。俺が頑張ってこのチームを勝たせるからさ』
……というやり方で、このマハ市選抜男子野球メンバーはやる気を出していた。
まあ、想定内のことだ。女子野球に俺が混ざるのと、男子野球に入るのと、この二者を比較するとチームのやる気は結構違うみたいである。
彼らはモテる。
大陸でスポーツをやっているのは、ちょっとした裕福な家庭の育ちである証拠。
そのうえ
だれかエリート女性と結婚すれば人生は安泰。重婚してもOK。そんなことを考えているのだろう。
俺のようにガツガツ本気で、訓練にストイックに打ち込むようなやつは非常に珍しい。
それでも、『適度な運動はダイエットになる』『スポーツ面で業績を残せば、推薦状(学校の先生や進路指導者などに書いてもらう申し送り書)を書いてもらえる』『州大会で結果を残せば就職活動の面接でもエピソードで使える』という様々な利点から、彼らは俺に付き合ってくれている。
事実、彼らのモチベーションも最初よりは高まってきている。
前までは『どうせ州大会なんて無理だよ』という感じであったが、今は『ホッシが味方なら、もしかしたら州大会も結構いいところに行けるんじゃないか?』というように変わりつつある。
低い意識でも低い意識なりに。
ぬるい感じで野球を楽しむという意味では、彼らは今一番そうやって楽しんでいるのかもしれない。
俺はもう少しだけ丁寧に自分を鍛えているが。
『ホッシ! 今日も練習試合があるけどやるのかい?』
『ああ、やるよ! でもまさか地元のメディアが僕らを取材してくれるとは思わなかったけどね』
この世界では、男子野球は珍しい。男子ソフトボールはそれなりに競技人口があるのでそっちで活躍する男子は多いが、野球も野球で悪くない。野球であれば女子とも試合ができる。
それに、なぜか知らないが、俺たちと戦いたがる女子がやたらと多い。
だから俺たちは、冬が近づいているのに、練習試合は結構な頻度で実施できた。もしかすると、邦洲国に残っているときよりも試合の数自体はこなせているかもしれない。
地元メディアも、何かしらニュースのネタが欲しいのか、俺たちを取材しようと何度かコンタクトを取ってきた。
男子で野球をやっている少年たち。邦洲国から来た留学生がエースで四番、しかも女子顔負けの成績、しかも人気の動画配信者。
そのうちいくつかは取材に応じた。
チームメイトがテレビに出たがっていたからである。これもまた、学校の推薦状とか、女子とのデートの時に使えるトークネタになるのだとか。
『隣の州の女子大学チームが俺たちと合同で試合したいらしいよ』
『うーん、大陸ってたしか、高校生と大学生は試合しちゃダメとか、隣の州の学校と試合しちゃダメとか、冬が近くなってきたら試合しちゃダメとか、そんなルールはなかったよね? いいんじゃない?』
女子大生と野球。
前世では考えられないことだ。字面だけみたらいちゃいちゃ遊んでいるだけのように見える。ある意味、最高の草野球かもしれない。もちろん俺たちにとってはフィジカルが自分よりしっかりしたチームとの対戦になるので、たくさん経験を学ぶことができる。胸を借りて勝負していきたいところだ。
マハ市選抜男子野球メンバーは、思ったよりも充実した野球をやっている。
改善点だって熱心に聞いてくるし、自己流でしっかり治してくる。ゆるくやっても、理論的に正しいやり方を続けていれば結果は自ずとついてくるもの。
男子野球の中では、州大会も目指せるぐらいに優秀なチーム。
そんなぐらいの評判になるまで、そう時間のかからない話であった。
◇◇◇
「おー、星上サン。練習の結果が出てマスねー。大陸のショーケースはいかがデスか?」
「誰かと思ったら竜崎か。ショーケースも楽しいな。俺の評価はそんなに悪くないと思うが、どうだろう?」
夜。冬ともなってくると、マハ市の夜は非常に冷え込む。それに邦洲国と違って非常に暗い。この辺の地域は治安がいいが、それでもちょっと身の回りを心配しないといけないような雰囲気がある。
アオカケス大学付属高校には寮がない。なのでときめき学園の時とは違い、夜は帰らないといけない。
夜もトレーニング機器を使って筋トレに打ち込めたのが、今や夢のようである。許可証さえあれば夜もプールで泳ぐことができたのに、こっちの国ではそんなことはできない。そういう意味では、やはりときめき学園は非常に恵まれた環境であった。
皆はよろしくやっていると聞く。だがそろそろ会いたい。
そんな一抹の寂しさを胸に覚えながらも、俺は竜崎に再び向き直った。
「邦洲球と大陸球、やっぱり違うよな」
「いえーす。だからこそ星上サンは、それに早い段階から慣れてほしかったのデス」
「表面が妙にサラサラしてて滑りやすくて、やや重たい。それに縫い目が高い」
「そうデスね。
竜崎はしてやったり、という顔をしていた。
野球の本場でベースボールを勉強したい。その一心で渡米してきた竜崎にとっては、この大陸で行うベースボールこそが全てなのだ。
「メジャーリーグの変遷は分かりマスか?」
「なんとなく。本当になんとなくだけどね」
俺は分かる。おそらくは、前世のMLBと似た歴史をたどっていると思われる。
――1900年~1919年。
1885年から上手投げが解禁されてからしばらく、当時のメジャーリーグは投手有利の時代であった。[1]
引用[1]:https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%A1%E3%82%B8%E3%83%A3%E3%83%BC%E3%83%AA%E3%83%BC%E3%82%B0%E3%83%99%E3%83%BC%E3%82%B9%E3%83%9C%E3%83%BC%E3%83%AB
一般に「デッドボール時代」と呼ばれる、飛ばないボールの時代。糸が緩みやすく投げるほどにほつれが生じるせいで、打ち返しても飛距離が出なくなるような粗悪なボールを使っていたのだ。
それに加えて球団オーナたちは、新しいボールに交換すると費用がかかるので、古いボールを柔らかくなるまで試合で使いまわしていた。
そのうえ、投球に変化を加えるスピットボールを操る投手も多くいた。
要するに、ボールを噛んで傷つけたり、泥で汚したりすることで不規則な変化を与えるというもの。
おかげで打者側は、戦略が非常に限定された。
ホームランはほとんどなく、主には単打・犠打・盗塁・ヒットエンドランなどに代表される「スモールボール」を行うのが当時の戦略の要であったのだ。
その反動で、1920-1941年に突如ライブボール時代が訪れる。
ボールは汚れるたびに取り替えるというルールが生まれた。これにより、「柔らかくなって飛びにくくなったり、形がゆがんで不規則に動いたり、汚れて視認しにくくなる」ような旧来の打者不利の条件が緩和された。
また、ベーブ・ルースが生まれた。
彼の新しい打撃理論「フリースイング理論」と呼ばれる概念が広まり、アッパースイングで強く打ち込む選手が生まれた。
これが打者有利の時代、ライブボール時代である。
それでもなお、また1960年代後半に、またもや打者有利から投手有利へと巻き戻ってしまったのだが――またもやルールが変わった。
従来の肩から膝までのストライクゾーンについて、高さ上限を肩から脇の下へと変更したのだ。
ルールが打者有利へと変わったことで、徐々に投手対打者の成績も打者にとって上向いていく。事実MLBでは1960年代後半から2000年代にかけて、打者成績(yearly runs per MLB game)が徐々に上向いている。
MLBのストライクゾーン上限が狭まったことで、NPBも影響が出る。
特にアンダースローで戦っていた選手に大きな影響が出た。アンダースローで下から上に浮き上がるような球を投げる際、有効だったコースはこの肩付近への配球。
それが出来なくなることで、昭和の時代の名投手たちにいた、アンダースローの投手が徐々に数を減らしていく。
打者有利へとなりつつある環境。それでも投手側も頭を使って対抗してきた。
新しい変化球の実装である。
戦前、アメリカの物理学者は「カーブは目の錯覚で曲がったり落ちたりするように見えるだけで、実際は曲がっていない」なんて頓珍漢なことを真剣に言う人もいたぐらいに研究が遅れていたが、戦後の高速撮影などで、実際にカーブは曲がっていることが証明された。
それほどに変化球は摩訶不思議な扱いであり、そして効果的だったのだ。
1950年代から1960年代のスライダー。
(※カーブを使う投手に対し、顎を上げずベルトより上のボールを狙うというスタイルが流行ったので、裏を突いて、球速が速く急に曲がって空振りを取れるスライダーが効果的だった。辛うじて外に逃げるスライダーに当てようとしても体が開いて強い打球が前に飛ばないことが多かった)
1970年代から1990年代のスプリットフィンガーファストボール。
(※スライダー対策で、旧来の「前でさばく」「インパクトは二等辺三角形」という打撃指導から、「身体に近いところでインパクトする」「引きつけて腰を回す」という指導に変わった。そのため、小さい変化で打たせて取るスタイルへ活路を見出す投手が現れた)
1990年代には復権したチェンジアップ。
(※スライダー対策で「身体に近いところでインパクトする」「引きつけて腰を回す」という打撃が流行った結果、体重移動が少ない選手がおおくなり、インパクトの幅が小さくなって、変化球全般への対応が難しくなった。そのため、打者対策として縦系変化球が再度流行り、ストレートと同じ腕の振りで意表を突けるチェンジアップが復権した)
そう。
いつだって野球は、投手と野手のせめぎ合いなのだ。
「
「星上サン。大陸球でも星上サンは戦えマス。私の見立てなら、ブレイキングボール(※スピンにより変化する遅い球)に加えて、このボールがあれば、星上サンはさらに一つ上のステージに立てマス」
夜の闇。
家の塀に向かってボールを一球だけ投げる。ほぼ無回転で不規則に揺れながら落ちるこのボールは、まだ未完成のまま。
その名もナックルボール。
「まあ、球速のない俺には難しいよ」
「球速のあるナックルを投げられたらとても強いデスね! でも、球速がなくてもナックルは驚異デスよ?」
「まだまだ未完成なんだ。成功率もそんなに高くないしね。俺にはこっちの、もう一つの方が合っているかもな――」
そういって俺は、もう一つの方の球を投げた。
そのボールは山なりの軌道を描きながら塀へと向かって――。
◇◇◇
『東洋の魔術師、ミラクルボーイの驚異の投球術』
『テレビで公開、
『Atlas' Got Talentに急遽出演! 島国から来たセクシーサムライ!』
その日のネットニュースを見たときめき学園のみんなは、思わず朝ご飯を吹き出しそうになったという。
「あ、あんの馬鹿野郎……!」
「……やりやがりましたわね」
「うーん、ボクもこれは予想外」
「……楽しそう」
――邦洲国から来たミステリアスビューティボーイ、テレビに出演。
野球をするために留学しているのでは、という突っ込みを入れる人間は、誰一人いなかった。
――――――
※海外にストラックアウトというゲームはありません。日本の筋肉番付が発祥です。
■今後やりたいこと
①ホッシとみんなの成長を描きたい
進捗:みんなの覚悟UP+みんなの技術UP×2
ホッシの大陸球の慣れUP+ショーケースで結果をたくさん残す+新しい変化球
②ホッシが海外でステータスオープンを活かしたビジネスを始めたいそうです
進捗:学長にスポンサーになる交渉中+ショーケースで人材発掘
野球データ統計調査委員会の設立+TV番組出演により知名度UP
③ホッシが海外で凄い選手に出会うようです
進捗:リトルリーグの子たちと仲良くなる+レジェンドの娘に興味を持たれる
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