第38話 次の世界に向かう二人と、託された四人と、そして新しい世界の一人

 高校野球の秋季大会の裏側で着々と進められていた今年の邦州プロ野球ドラフト会議は、非常に大きな話題になっていた。


 ドラフト会議。正式名称、新人選手選択会議。

 毎年およそ10月に一般社団法人邦洲野球機構この世界のNPBが主催し、新人選手選択会議規約に定められた手順に基づいて、新人選手との契約交渉権・・・・・をプロ野球に属する各球団に振り分ける。


 対象者はプロ志望届を提出したもの。対象となる年齢は、高校3年生である17~18歳以上からということになるが、中学校を卒業したばかりの15歳以上でも、規約に反しない限りは指名することができる。

 プロ志望届の提出時期は、夏の甲子園(全国高等学校野球選手権大会)終了からドラフト会議開催直前の締切日まで。


 今年のドラフトは世間から大きく注目を受けていた。

 何といってもビッグネームがある。

 俊足巧打の驚異のアベレージヒッター、羽谷翼。

 堅守を誇り意外性ある天性の勝負師、豹堂舞。


 どの球団も喉から手が出るほど欲しい逸材。確実に複数球団からの1位指名が被ることが予想されていた。


「第一順選択希望選手 ブルーホエールズ 羽谷翼選手」

「第一順選択希望選手 ライガース 豹堂舞選手」


 ドラフト会議でのくじ引きの結果、彼女たち二人の交渉権獲得先が決定する。

 その際の二人のコメントもまた、非常に示唆に富んだものであった。


 羽谷姉「1位指名を受けたことは非常に光栄。人生に関わる決断であるため、周囲と慎重に相談して決めたい」

 豹堂「あ……えっと、今は……海外のことばかり頭によぎっちゃって……」


 まさかの豹堂、大陸野球への挑戦か!? と騒がれたのも今となっては笑い話。

 ライガース球団との関係が良好であることを再び会見で発表し、世間の騒ぎは沈静化した。


 では――海外とは何のことだろうか、と。

 真相を知る者はいない。






 ◇◇◇






 野球で優れた結果を残していると、海外に挑戦する機会が生まれる。

 代表的なものでいえば、一つはWBSC U-18ワールドカップが挙げられる。


 WBSC U-18ワールドカップ――2年に一度の開催となる、16~18歳の選手を集めた野球の世界大会である。

 春の選抜大会後に行われるU-18代表候補の合同合宿の後、夏の甲子園終了後に正式にメンバーが決定する。

 代表の選出は僅か20名。非常に狭い門となる。


 実のところ、羽谷姉と豹堂はみんなの予想通り選ばれており、大エース大沢木もまたメンバーに選出されていた。


 9月上旬~中旬に開催されるこの大会、国体の9月下旬~10月上旬も考えると非常に慌ただしい時期の試合である。

 WBSC U-18ワールドカップと国体が秋季地区大会と被るので、強豪校は、夏の甲子園の後も気が抜けない。


 強豪・私立文翅山高校が今年の秋季大会で、近江県大会でベスト4に終わった理由はここにある。

 WBSC U-18に大エース大沢木が引っこ抜かれてしまい、さらに3年生の国体出場も決まっている文翅山高校は、選手たちにも監督にも非常に大きな負担がかかった。


 よく、高校野球は圧倒的なスター選手が一人いれば勝てると思われているが、全くそんなことはない。歴史に残る、数々のジャイアントキリングがそれを証明している。疲労が溜まれば、強豪校と言えどもパフォーマンスは大幅に落ちる。

 当然と言えば当然のことだった。

 そこまで制約を受けてなお、秋季近江県大会でベスト4まで輝いたのは、さすが名門校の底力と言えよう。






 閑話休題。

 海外に挑戦する機会は、別にWBSC U-18ワールドカップだけではない。


 もう一つの機会、それは海外遠征。

 珍しい話ではあるが、たまに県選抜メンバーに選ばれて国際親善試合を行うこともあるのだ[1][2]。


 引用[1]:https://www.aichi-kouyaren.com/topics/entry-72.html

 引用[2]:https://www.kobe-np.co.jp/news/sports/koya/news/201911/0012860943.shtml


 これは国外交流を通じて野球の普及活動を行うことが主目的であるため、野球の技術が飛躍的に伸びるというようなものではないのだが――何だかんだ、遠征に選ばれるのは嬉しいもの。

 県を代表して戦うということで、いつも顔なじみである強豪校の面々が集まっていろいろと仲良くなるいい機会でもある。


 ところが、である。


『ときめき学園から、県代表メンバーが選ばれなくって、この馬杉が選ばれるってどういうことっスか……? 普通は逆っスよね……?』


 鹿鳴館杜山高校の馬杉京華からそんなトークが送られてくる。

 馬杉と言えば、夏の公式戦(甲子園の地方予選)でときめき学園としのぎを削った相手であり、そして星上が妙に気に入っている馬人族の女の子である。


 この度、星上がよく野球について語っているグループトークの新メンバーとして追加された彼女だが……近江県代表になったのは、彼女だけだった。

 そう、ときめき学園は県代表メンバーに入っていないのだ。


「「「「……」」」」


 文章を読みながら、四人は深い沈黙を覚えた。

 トーク内容自体は問題ない。

 ただ、時期が時期だけにその話題はまずかった。


 海外。

 星上がトライアウトに挑戦する、海外――。


 ときめき学園に残された、U-12経験者でもある天才四人。羽谷も森近も緒方も甲野も、全員が『海外』の単語にある人物を連想していた。

 彼女たちは、全員同じことを考えていた。


 ――自分たちが傍にいながら、星上のステップアップについていけないなんて。


 野球で優れた結果を残していると、海外に挑戦する機会が生まれる。

 三つ目。

 それは、普通の留学・・・・・


 星上は、WBSC U-18にも選ばれていないし、県代表にも選ばれなかったが、実力でスポーツ留学をもぎ取った。

 世間からバッシングされ、犯行声明のような脅迫文が舞い込んで来て、そのせいで高野連から処分を受けざるを得なくなり、もしかしたらいくつかの話が立ち消えになったかも知れないというのに――それでも星上は、海外に挑むという話を勝ち取ってきた。


「……なあ、オレたちがもっと強かったら、あいつと一緒に海外に行けてたのかな」


 緒方のつぶやきに、誰も明確な答えは出せなかった。


 ここにいる四人は全員知っている。

 星上が高野連から処分を受けざるを得なかったのは、ときめき学園を守るため、という側面があったことを。


 このまま高野連側や学園側が下手に星上を庇い続けて、「こんなけしからん動画を投稿する生徒を擁護するとは何事だ」「今までの野球観を否定するような生意気なやつに、どうして処罰を与えないんだ」と世論がヒートアップしてしまったら、今度こそ犯行予告が現実のものとなってしまうかもしれない。


 だから最悪に備えて、形だけでも処罰は与えないといけない。

 その配慮の結果、選手側による、一時的な登録抹消の申し出であった。


「……ボクらの仕事は、せめて星上が戻ってきたときに、きちんとその場所を守ることだよ」

「……そうですわね。彼が抜けたせいでときめき学園が弱くなった、なんて思われては困りますわ」

「……そう」


 羽谷と森近と甲野が、トレーニング機器からいったん手を放して答えた。

 ここに残っている四人は、前にも増して真剣にトレーニングに打ち込むようになった。

 とはいっても、すでに星上の手によってトレーニングメニューはほとんど最適化されており、時間を増やしてもむしろ身体に負担をかけるだけになってしまうので、増えた時間のほとんどは技術論の共有になった。


 羽谷と緒方の考える、片手捕球のためのステップの踏み出し方。

 森近と甲野の考える、状況別の相手の配球の読み方。

 皆の考える、インコースとアウトコースのそれぞれの球を狙うスイング。


 などなど。


「……泣いても、辛さは、消えないから」


 だからせめて、前に進んでいるという実感だけは欲しい。

 震える甲野の声音とは裏腹に、彼女の瞳に宿る決意は固い。






 ◇◇◇






 プロ野球にオフシーズンがあるように、高校野球においても練習の期間に充てられる「アウトオブシーズン」と呼ばれる期間がある。

 アウトオブシーズン期間中は、原則として対外試合を禁止されている。自分たちで紅白戦を行うことは問題ないが、他校との合同練習さえも許可がないと実施できない。これは『高等学校野球のアウトオブシーズンについての規定』として文章でもしっかり定められている決め事であった。


 一般的には、12月1日から翌年の3月19日まで。これは怪我の防止や、雪で練習試合ができない寒冷地との格差是正のために制定されている規則である。

 特例措置として、海外交流など特別な事情のある場合は、邦洲高等学校野球連盟の承認を得たものはアウトオブシーズン中であっても試合することは可能。ときめき学園はこれに当てはまらない。


 ときめき学園は、10月末までの秋季地区大会でその公式戦を終えた。

 以降は、ただひたすらに自らを鍛錬する期間となる。


 長く厳しい冬が始まる。努力の芽吹きの季節まで、まだはるかに遠い。






 ◇◇◇






「わーお、星上サーン! 久しぶりデース! 元気にしてマースか?」

「竜崎……! 懐かしいな!」


 大陸東部空港で待ち合わせ場所に突っ立っていると、そばかすだらけのすらっとした女が近寄ってきた。

 金髪碧眼で、長身瘦躯。帽子がチャームポイントで声のクソでかい、八重歯の目立つ笑い上戸。

 今でも覚えている。こいつにファーストキスを奪われそうになったのだ。


「いえーす、ワタシが竜崎! ワタシのこと忘れてなかったヨネ?」


 平気で胸をぐりぐりと押し付けてくる。極端なスキンシップだった。幸いなことに大して胸がないので、息苦しかったりはしない。だが妙にすべすべしていてドギマギする。


 俺がリトルリーグ時代に出会った、天才中の天才。

 豹堂と一緒に、こいつ酔っぱらってるんじゃないかと心配になるほど頓珍漢なことをしてきた問題児。


「さーて――星上サンのお金儲け計画・・・・・・に、一枚噛ませてもらいマスね!」


 竜崎 こころ

 これから半年弱の留学で、お世話になる先輩であった。






――――――

 すみません、竜崎のキャラもちょっと変わりました(緒方とキャラ被りしそうなので)

 今まで謎キャラだった竜崎。

 ここでめちゃくちゃ活躍します。

 

 ■今後やりたいこと(再掲)

 ①ホッシとみんなの成長を描きたい

  進捗:みんなの覚悟UP

 ②ホッシが海外でステータスオープンを活かしたビジネスを始めたいそうです

  進捗:

 ③ホッシが海外で凄い選手に出会うようです

  進捗:

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