第三章:ギルド(高校野球)から追放された俺、国外でスローライフ(Throw)で成り上がりする件
第35話 ホッシ、部活やめるってよ(あるいはメジャーの先駆け)
「近江の怪物・大沢木 魅せる完封」
「文翅山の大沢木、あと一歩でノーノーならず」
「近江県初めてのベスト8進出へ 歴史的快挙」
「天才羽谷 vs 天才豹堂 豹堂まさかの本塁打キャッチ」
「地方大会打率7割!? 通算打率4割8分、孤高の天才 羽谷」
「豹堂、まさかの敬遠球を本塁打」
夏は長い。世間は甲子園の話題で終始沸いた。
黙々とトレーニングに打ち込む俺たちも、さすがに羽谷姉、豹堂、大沢木の試合はテレビで応援したし、現地にも応援に向かった。
ただ、どれほどの天才であっても、甲子園の頂点に立つのは難しいようで。
あれほど恐ろしいと思った大エース、大沢木投手は、ベスト4で敗退。
こんな天才実在するのかと目を疑ったあの羽谷姉は準優勝、こんなやつ見たことがないと驚き呆れたあの豹堂はベスト4で敗退となった。
甲子園には魔物が棲んでいる。
劇的なジャイアントキリングが起こったり、番狂わせが起きたり、よくそんなことを揶揄してそんなことを言う人間がいるが――それは当然だと思う。
そもそも勝負は水物なのだ。
会場全体が揺れるような大歓声に包まれた中、皆の注目を浴びている高校球児たちの緊張はいかばかりか。
一瞬一秒を争うような勝負では、あまりにドラマチックな展開が訪れることもある。
天才羽谷姉は、決勝で敗北を喫した。
天才豹堂も、準決勝で敗北した。
大エース大沢木も、準決勝で敗北した。
それでも、彼女たちの実力は疑いようがない。
「『優勝したかった、号泣する豹堂』……ねえ」
――優勝すれば、私は心置きなく卒業できた。優勝したかった。
そんなコメントを豹堂は涙ながらに語ったらしい。今まで天才風の言動で周囲を騒がせてきた豹堂が、そんな純粋な熱い想いを語ったことで、記者たちも心を打たれたらしい。
だが、俺はその言葉の意味を考えて空恐ろしい気持ちになった。
心置きなく卒業。どういう意味だろうか。
俺に毎回トークアプリで『星上きゅんで優勝したい』とド直球のセクハラ発言を送ってくるのだが、もしかして優勝ってそういう意味では。
そんな、どうでもいいような邪念が混ざってくる。普段の豹堂を知っているだけに、どうしても穿ったような物の見方が入ってしまうのだ。
「……」
羽谷、森近、緒方、甲野、そして俺。
いつもの五人で、ひたすら淡々とトレーニングに打ち込む毎日。夏の甲子園に出場できなかった分、練習に費やすことができる時間は多くあった。
肉体改造に励んだり、色んな球とスイングを合わせて当て感を鍛えたり、卓球の球で動体視力を鍛えたり。
特待生は、授業料を免除された状態で、さらに練習設備までただで提供してもらっている。食事まで格安で提供された上で、である。
社会人の感覚では、考えられないようなことだ。転生者である俺は、どれだけ潤沢なお金がかけられているのだろう、とうっすら想像がつくようになってしまったので、余計に落ち着かない。
だから俺は最低週五で練習する。
練習量を追うような練習は無意味だが、たまに練習に打ち込んでみたい日もあるわけで。
夏の甲子園の地方予選決勝で負けたあの日からは、特にそんな日が増えた。
そういった日の特訓は、技術の特訓に終始する。
筋肉を傷めたり、むやみに負荷を身体に与えるような特訓はやらない。
スイングを矯正したり、インハイの球を捌く練習をしたり、スイングの感覚を皆で言語化して共有したり――。
甲子園に出場できなかった。
だから今、この暇な時間がある。
その時間を練習に使いたい、というのは俺のわがままである。
だが、そのわがままに付き合ってくれるみんながいた。というより、俺が黙々と練習に打ち込んでいるのをそのまま眺めているだけ自分は何もしない、というのは、天才としてのプライドが許さないらしかった。
「……」
甲子園に出場できなかった。
そのおかげで、皮肉にも、練習に打ち込むことができた。
こう言っては何だが、今の俺は、心身ともに充実している。
きっとそれは皆も同じなのだろう。
後悔を引きずるような辛い負けがあって、それを拭い去るため、頭を空っぽにして打ち込める練習を行って――気が付けば身体がそれを習熟していた。
技術をさらなる高みに伸ばす瞬間というのは、案外、こういうときなのかもしれない。
深く自省する時間。
それが必要なのだ。
今回の敗北は、多くのものを与えてくれた。
◇◇◇
■ときめき学園の戦績
○大陸選抜高等学校野球大会(春の選抜):
参加なし
○春季東山道地区高等学校野球大会:
近江県大会 3位
○大陸高等学校野球選手権大会(夏の甲子園):
近江県予選大会 準優勝
○秋季東山道地区高等学校野球大会:
近江県大会 準優勝
東山道地区大会 ベスト8
秋季大会(秋季都道府県大会〜明神神宮野球大会)。
春季地区大会と違って全国大会(大陸大会)があるこの大会は、三年生が引退し、一年二年の新チームが初めて戦う全国大会となる。
①秋季都道府県大会
↓
②秋季地区大会
↓
③明神神宮野球大会
上記の三段階で構成される秋の大会は、高校野球の三大大会とも言われる(春の選抜、夏の甲子園、秋の神宮)ものの一つである。
最後に待ち構える明神神宮野球大会は、全国を九地区(畿内、東海道、東山道、北陸道、山陰道、山陽道、南海道、西海道、北海道)+αに分け、各秋季大会を勝ち抜いた学校が集う。
各秋季大会は、各道制地区での実質的な新人戦トーナメントにあたる。
三年生が抜けたあとのチームで一体どこまで戦えるか。チームの底力が試されるのがこの秋季大会の特徴である。
どの高校も主力である三年生が抜けて戦力ダウンとなるため、環境や勢力図ががらりと変わる。特に強力な三年エースが抜けたりするとその影響は大きい。
裏を返せば――春の大会や夏の甲子園の激戦に揉まれながら戦い抜いてきた、そんな化け物一年生が主軸のチームがあれば、秋季大会を破竹の勢いで勝ち進むことだってできる。
(いつまでも下を向いているわけにはいかないからな)
魔の地区、東山道。
近江県内の甲子園地方予選でもあんなに苦しい戦いだったのに、東山道といえば、近江国、美濃国、飛騨国、信濃国、諏方国、上野国、下野国、岩代国、磐城国、陸前国、陸中国、陸奥国、羽前国、羽後国――と対象の律令県が多い。
多すぎると言ってもいい。
そんな中で、ときめき学園は非常に運に恵まれた。
夏の甲子園でベスト4まで勝ち進んだ、エース大沢木を擁する私立文翅山高校は、秋季大会県大会でベスト4で敗退した。
一方でときめき学園は秋季近江県大会の準優勝に輝いた。
理由は単純で、我がチームは三年生が抜けた後もチーム全体の総合力を高いまま維持することができたからだ。
トーナメントの巡り合わせもよく、打撃自慢のチームにはより強い打撃で、守備自慢のチームには下位打線のバスター戦法などの揺さぶりやうちの投手陣による制圧で、投手自慢のチームでもうちの上位打線が対応できる程度の投手なら正面突破で、それぞれ試合を制してきた。
投手陣も打撃陣も強いうちのチームは、中途半端なチームには滅法強い。三年生が引退したばかりのチームは、我がチームからすると格好のカモだった。
県大会を優勝・準優勝した高校は、秋季地区大会に進むことができる。
秋季地区大会ともなると、どこもかしこも実力校ばかりであるが、特に東山道地区は、律令県の数が非常に多いため魔窟と呼ばれている。
それでもなお、我がときめき学園がベスト8まで勝ち上がることができたのは、『編成が変わったばかりでまだうまく機能しきれていない他校チーム』の間隙を突くことができた運の良さ、という他ないだろう。
(都道府県の秋季大会でベスト32位以上に入った。そのうえ我が学校は進学校。春の選抜において、21世紀枠で選ばれる可能性は十分ある)
21世紀枠。
これは、三大大会(春の選抜、夏の甲子園、秋の神宮)のうち、春に行われる選抜高等学校野球大会の特別枠のことである。
現状、ときめき学園が狙っている枠でもある。
春の選抜は高野連によって選抜された合計32校がしのぎを削って争う戦いであるが、その一般選考枠28枠には、秋季地区大会の結果が反映される。
東山道地区のように律令県が多い地区の場合、割り当て枠から考えるとおおよそ地区ベスト4位に入れば出場は固い。
だが県大会を準優勝以上まで勝ち上がったうえで地区大会をベスト4まで勝ち上がるのは至難の業であり、弱小校からすると一般選考に合格するのは夢のまた夢になってしまう。
そこで、21世紀枠という特別枠が生まれた。
要するに、強豪校じゃなくても、普段から学業を頑張っていたりボランティア活動など地域への貢献を頑張っている高校には、チャンスを与えましょう……という話なのだ。
もちろん最低限のレベルは求められる。秋季県大会の結果で足切りが生まれる。
21世紀枠で定められている最低限の水準として、県大会の参加校数が128校を上回る都道府県ではベスト32、それ以外の県ではベスト16以上に勝ち進む必要がある。
ときめき学園は、県大会でいきなり準優勝して地区大会でベスト8まで勝ち上がっている。
学業優秀で品行方正。
まさしく春の選抜 21世紀枠の有力候補。
昨年まで何の実績もなかった高校が全国三大大会に出場できるなんて、夢のまた夢とも言える快挙。
可能性が十分あるだけに、学校の期待も非常に高まっている。
そう、可能性は十分にあるのだが。
(……春の選抜に選ばれるためには、多分、俺が高野連に登録抹消のお願いをしないといけない)
星上雅久、高校野球からの一時的な離脱。
近江県高野連との慎重な協議の末、そのような衝撃的な展開から、この章のお話は始まる。
――――――
実は高野連はホッシの味方です。
ホッシがやりたいことをやるために骨を折ってくれました。
リアリティより書きたい展開優先なので、ここからの展開はちょっと急だと思います。
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