第184話 『 彌雲紫苑と来訪者 』

 ――彌雲紫苑は困っていた。


 近々、生駒高校第72代生徒会長となる彼女は現在、生徒会の役員を勧誘している真っ最中である。


 生駒高校の生徒会選出の方法は他校とは異なり、実にユニークなものだった。

 その選出方法とは――次期生徒会長となるのものが自らの手で生徒会役員となってくれる生徒を勧誘するという方法だった。


 その形式が採用されたのは生駒高校が創立された時からだ。初代校長曰く、『全校生徒の上に立つ者としての矜持を自覚させる始まりの一歩』としてこの採用方法が決まったらしい。


 要は、生徒会長となる者としての威厳と実績、そして自負と信頼を以て自らが理想とする生徒会を作れ、ということである。


 この思想には紫苑はひどく賛同していた。信任投票では後々の進学や就職を見据えた生徒が内申点欲しさに生徒会に入ろうと目論むが、この方法であればやる気のある生徒を自らの目で見極めることができるからだ。


 紫苑は自分が生徒会長となるならば歴代最高の生徒会を――などと下らない思想を抱くことはなく、紫苑の考えをよく理解し、忠実に実行に移すことができる者を欲していた。そして自らも思考し、それを実行に移そうとする気骨を持つ者も。


 無論、歴代最高峰とはいかずともある種の理想に近い形には落とし込みたいという欲はあった。それ故に紫苑は次期生徒会長となることを是とした時から動いてきた訳なのだが、残る1ピースが填まる直前で想定外のことが起きた。


 しかしそれも見越していた紫苑にとっては想定外だが想定内だった。物事が万事うまく運ぶことは奇跡に等しいと思っているからだ。だからこそあらゆる可能性を考慮し、最善を尽くす。紫苑は事象を俯瞰するのに秀でていた。


 が、想定外のことが紫苑の想定外だったことには変わりなく、その想定外に対処する妙案も思いつかぬままそれが訪れてしまったから余計に厄介だった。


「うーむ。まさか帆織くんに勧誘を断られてしまうとは。中々に痛手だ」


 静かな食堂でこくこくと野菜ジュースを飲みながら、紫苑は嘆いた。

 帆織智景。彼こそが紫苑の求める最高の生徒会に必要不可欠な人物だったわけだが、まさか勧誘した当日に迷いなく拒否されるとは流石の紫苑も驚愕だった。


 それは一切表情には出さなかったが、しかし内心ではひどく狼狽えていた。


 勝率は……ぶっちゃければ低かった。どれくらい低いかでいえば、三流でしかも三軍のプロ野球選手がメジャーリーグチームにスカウトされるくらい低かった。


 彼の多忙さを紫苑は理解しているつもりだった。それ故にそれを最大限サポートすると宣言した上で誘ったのが、まさか彼がこのタイミングで恋人ができてしまい、あまつさえそちらを優先したのは紫苑に天運が味方しなかったとしか言いようがなかった。


 もう少し帆織智景を勧誘するのが早かったらまた違う結果になっていたかもしれないと思うと、これは紫苑を戒めるのに十分過ぎるほどの教訓になった。


 しかし嘆こうが反省しようが危機的な状況は何一つ変わらない。


 今更帆織智景以外に優秀な一年生がいるかと問われれば――要るには要るがしかし紫苑の目につくほどではない――悲しいことに否である。


 案外彼の恋人を誘うのも面白そうだと紫苑の思考が悪い方向に舵を切り始めた――その時だった。


「彌雲せんぱーい!」

「――?」


 紫苑の苗字を大声で呼びながら全速力で向かてくる生徒に気付いた。というより、大声で呼ばれたのだから気付かないほうがおかしい。

 紫苑はカメラがフォーカスを充てるように双眸を細めた。


「キミは……」


 その人物の来訪は紫苑にとって新たな想定外の出来事であり、そして同時に、その想定外が紫苑の好奇心をひどく疼かせた。

 



【あとがき】

紫苑の所に訪れた生徒は誰なのか。自話必読!!

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