第107話 『 労いのぎゅぅぅ 』
ボッチは多忙だ。
アイツと一緒の家に住むようになる前からそれは薄々感じていたことだけど、こうして改めて長い時間を共にするとそれを実感する。
「おはようアマガミさん。……またお昼手前だね」
「朝苦手って知ってるだろ。くぁぁ。まだ眠ぃ」
起きるのが遅いあたしと違ってボッチは起きるのが早くて、大抵6時頃にはもう起きてるらしい。
その起床時間は夏休みも変わらないようで、あたしが起きてくるまでは朝食の準備や洗濯物、リビングの掃除に自習をしているらしい。本当に同じ高校生かよ、と尊敬せずにはいらねぇ。
午前はだいたいこんな感じ。
「あ、アマガミさん竜玉落ちたんだ。いいな」
「へへ。そうだろ。でもこれだけじゃ武器作るのに足りないよな?」
「うん。あと三つ必要だね。引き続き周回頑張ろう! ……それと勉強もね」
「勉強なんて知らねー!」
午後はあたしとゲームしたり、今は夏休みの課題を見てもらっている。まぁ、要はあたしの世話だな。はは、どんだけあたしボッチに頼ってるんだろ。まぁ、本人は好きでやってるから気にするなって言ってるから、なるべく邪魔なんじゃないかって思わないようにしてるけど。だから、嫌いな勉強も少しはやってやろうと思っているわけで。
「じゃあ、バイトに行ってくるから、留守番お願いね」
「おう。任せろ。ボッチもバイト頑張れよ」
「ふふ。今ので超元気もらいました。行ってきます」
ボッチがバイトがある日は夕方から22時手前まで一人で家でごろごろしている。
メシはせっかく二人でいるんだし、なるべくボッチと一緒に食べたいあたしはアイツが帰って来るまで我慢してる。
ボッチがバイトから帰ってきたら一緒にメシを食って、それからまた少しだけゲームして、そうしてあたしとボッチの一日が終わる。
水曜日と土曜日は海斗たちとゲームの集まりがあるらしく、今まで一度も欠席したことがないらしい。コイツはここでも律儀だった。
そんなんで生きてて疲れないのかね。
これまで適当に生きてきたあたしからすれば、ボッチの生活はぎゅうぎゅうに詰まって息すんのが苦しそうにみえた。
……あたしは、ボッチのお荷物になってねぇかな。
こんな事考えるのは柄じゃないって分かってるけど、でも油断すると胸の中にそんな不安が芽生えちまう。
あたしは、ボッチのお荷物になりたいんじゃない。対等でいたいんだ。
この優しくて強くて頼れる
あたしに甘えろって言ってくれたように、あたしもボッチを甘えさせたい。
せめてあたしの前でくらい、肩の力抜いてほしいんだ。
だから、
「――ん」
「……何してるの?」
ボッチの風呂上り。あたしはリビングで待っていると、風呂場から戻ってきたボッチに向かって手を広げた。
「……分かった。デザート食べていいかのポーズだ!」
「な訳ねえだろ! なんで両手広げて全力でアイス食べたいってお願いすんだよ⁉」
じゃあそれは一体何なの? と問いかけてくるボッチに、あたしは羞恥心を押し殺して言ってやった。
「……だから、ぎゅっとしてやる」
「ぎゅっ?」
「だああああもう! 察しろよ! 抱きしめてやるっつってんだよ!」
「なんで⁉」
遂に羞恥心の限界に達して叫べば、ボッチも訳が分からないと叫び声を上げた。
そんなボッチに向かって、あたしは顔を真っ赤にしながら蚊の鳴くような声で言う。
「……いつもご褒美もらってるし、世話もされてっから、その礼ってやつだ」
「それが、ハグですか」
「嫌なら別のでもいい。つか、ボッチがあたしにしてほしいことなら何でも聞いてやる」
「どうしたの今日は。あ、もしかして熱でも……」
「熱なんかねぇ。至っていつも通りだ。これ以上ごちゃごちゃ言うならやっぱ止める……」
「ああいや何でもないです! わ、わぁ。アマガミさんからご褒美をもらえるなんて嬉しいなー」
「……棒読みじゃねえか」
慌ててご機嫌取りを始めたボッチを半目で睨みつつ、あたしは一つ息をこぼす。
「それで、どうすんだ。これ以外に、何かして欲しいことあんのか?」
「いやハグが最上級のご褒美すぎて他なんて何も思いつかないんだけど……その、本当にしてもらってもいいの?」
躊躇うボッチにあたしは短く頷いた。
「ボッチが嫌じゃなければ、な。ほれ、どーすんだ。そろそろ羞恥心の限界で部屋に逃げるぞあたし」
「そんなメタルスライムみたいな逃げ方しないでよ」
「あたしで経験値は稼げねーぞ。まぁ、少しくらいなら疲れ取れるかもしんねぇけど」
「……もしかして、僕のこと気遣ってくれてるの?」
察したボッチがそう問いかけてきて、あたしはぷいっとそっぽを向きながら頷く。
「少しだけな。いつも頑張ってるお前に、誰も労ってやんねーのは酷だと思ってな。だから、ボッチの頑張りをずっと見てるあたしが労ってやろうと思って……いや、大半はあたしのせいで疲れさせてるんだろうけど」
「ふふっ。そんなことないよ。アマガミさんと過ごす時間が、色んな時間の中で一番元気を貰えてる」
「そ、そうか」
お世辞か分からねぇ。でも、ボッチにそう言われると、無性に嬉しくなって、つい頬が緩んじまう自分がいる。たった一言に浮かれるなんてらしくねぇって事は分かってるけど、でも、ボッチの言葉はいつだってあたしに安らぎをくれる。
だから、あたしもボッチに返したい。
「ほれ、来るなら来い」
「……それじゃあ、お言葉に甘えて、いいですかね」
「さっさと来い。あと三秒後に恥ずかしさが爆発して逃げるぞあたしは」
「ならその前に捕まりにいかないとね」
既に腹を括ってあるあたしの胸に、ボッチがゆっくりと近づいてきた。
密着する寸前でピタリと止まったボッチを、あたしは包み込むように優しく抱きしめる。
「――どうだ?」
「最高です。超元気もらえます」
「へへっ。ならいい」
窺うように訊ねれば、ボッチから賞賛が送られる。それに、満更でもなく微笑むあたし。
ぎゅっと抱きしめるボッチの温もりといい匂いが、元気を与えるはずのあたしに安寧をくれた。
これじゃあ、どっちが元気をもらってんのか分かんねぇな。
「アマガミさん、緊張してる?」
「めっちゃしてるに決まってるだろ。心臓バクバクだ」
「あはは。だよね。僕も、心臓の音すごいや」
頭の中がぐちゃぐちゃだった。
緊張で手は震えてるのに、心臓は痛いくらい弾んでいるのに、胸が幸福で満ち溢れていく。
ボッチから離れたくないって想いが、抱きしめる度に強くなっていく。
想いが、溢れて止まらねぇ。
「……ボッチ。いつもありがとな」
「こちらこそ。いつも一緒にいてくれてありがとう。アマガミさん」
尽きない感謝を伝えるように、あたしは大事な親友をぎゅうっと強く抱きしめた。
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