第103話 『 アマガミさんとボッチ母 』
「もしもーし。僕の声届いてる?」
『えぇ。大丈夫よ。ちゃんと聞こえているし電波も異常ないわ。久しぶりね、智景』
「うん。久しぶり。お母さん」
スマホ越しに微笑むお母さんの顔を見て、思わず僕も笑みが浮かぶ。
家族での挨拶もほどほどに、お母さんは『それで』と話しを進めた。
『貴方が言っていた例の子は?』
「今隣にいるよ」
『そう。なら代わってちょうだい』
僕は「うん」と短く頷くと、隣でガチガチに緊張しているアマガミさんの袖を引っ張った。
「本当にお前の母親と電話すんのかよ」
「そんなに緊張しなくても大丈夫だよ。僕のお母さん、目つきは鋭いけど優しいから」
『智景? 言ってること全部聞こえてるわよ?』
「あはは。電波の調子は問題ないみたいだね」
と母親特有の圧に気圧されつつ、僕は尻込みしているアマガミさんを無理矢理スマホの前に座らせた。
そして、スマホ越しではあるがようやく二人がご対面。
「ははは初めまして! いつもボッチ……ああいや、帆織にはお世話になったます!」
初手から呂律が回らなかったり噛んだりやらかしまくるアマガミさんに、お母さんは可笑しそうにくすくすと笑った。
『初めまして。アナタが智景の言っていた子ね』
「う、うす。天刈愛美っす」
「……くくっ。こんなアマガミさん初めて見るなぁ」
「わ、笑うなあ!」
挨拶もほどほどに、お母さんが本題に入る。
『愛美さん。智景から概ね話は聞いているから事情は把握しているわ。既に智景伝に聞いているでしょうけど、この子の保護者である私からも確認の為言っておくわね。愛美さんの次の生活基盤が整うまで、私たちの家に住んで構わないわ。……これまで大変だったわね』
「ありがとうございます。本当に」
『子どもを守るのが大人の義務。感謝はしても恩を返そうとは考えなくていいわ』
「そ、そういうわけにはいかないっす! この恩は、ぜってー返さないと。あたしがあたしを許せません!」
『思ったより義理人情に強い子みたいね。それに生真面目。どことなく息子に似ているわ』
お母さんは僕を一瞥したあと、
『でもそこまで気張らなくていいわ。どうせ、愛美さんがこうして家に来たのも智景のお節介が暴走した結果でしょうし』
「お前、母親に何もかも見透かされてんじゃねえか」
「僕のお母さんだからね。見透かされて当然だよ」
「慣れきってんなぁ」
僕の母親はどうやら人の心情を読み解くのに長けているらしい。ならば実の息子の考えなど理解するのにわけないだろう。
幼い頃にそれを悟って以来、僕はお母さんに嘘を吐いたこと一度もないしね。……あ、だから誰に対してもつい本音が口からこぼれてしまうのか。
僕が今更自分の性格について理解している一方で、二人の話が順調に進んでいく。
『当面の生活費に関しては何も言うつもりはないわ』
「いや流石にそれは払わせてください! 無償で住みつくなんてできないっす!」
『ならそちらに関しては智景と相談して決めてちょうだい。智景。聞いてるわね?』
「分かった。それはアマガミさんと相談して決める。決まったらお母さんに連絡すればいいんだよね」
『えぇ。……ただ、愛美さん。アナタは居候である前に学生であり未成年という立場であることを
「は、はい」
『これはあくまで私の意見だけど、子どもに生活費を払わせる親なんてこの世にはいない。アナタがこれまで必死に稼いで貯めたお金は、自分の将来の為に使いなさい。私はアナタのご両親にはなれないけれど、息子が助けたいと思った相手を支えることくらいはできるわ。ここは素直に大人に甘えて、愛美さんは学生生活を全うしてちょうだい』
「――うっす」
お母さんの言葉に感銘を受けたように、アマガミさんが力強く頷いた。
『これで概ね問題は片付いたかしらね』
「本当に、何から何まで世話になっちまってすいません。でも、ありがとうございます」
「僕からも、ありがとうお母さん」
そう、二人で頭を下げた直後だった。
――突然、お母さんが僕をギロリと睨んだのは。
『愛美さんはもう席を外してもらって構わないわ。ただし智景。貴方にはまだ話があるわ』
「えっ⁉」
『愛美さんの方に問題はないけど、貴方は大問題ね。帰省した時に克己さんとお説教するつもりだったけど、その前にここで一度説教しておくわ』
「あ、あぁ~。電波の調子が悪くて何言ってるか聞こえないなー」
『この説教を受けなければ同棲は認めないわよ』
「はい。受けます。謹んで受けさせていただきます」
アマガミさんを人質に取られては逃げられない。僕は震える足で処刑台に立ちつつ、ほろりと涙を流しながらアマガミさんに手を振った。
「アマガミさん。僕の部屋で待ってて」
「いやここで待つよ」
『いいのよ愛美さん。智景なんかに気を遣わなくて。それとも、アナタも一緒にお説教受けたいかしら?』
「ボッチ! あたしは部屋で待ってる!」
「うん。僕のこと忘れないでね」
「……死ぬなよ」
死なないよ。超鬱になるだけ。
猛ダッシュでリビングから去るアマガミさんに手を振って、僕は明らかに不機嫌になったお母さんに向き直る。背中は冷や汗でダラダラだった。
そしてその後、僕の姿を見たものはいなかったという――。
***
「終わったよ~」
「お、戻ってきた戻ってきた」
僕の部屋で漫画を読みながら待っていたアマガミさん。部屋の扉を開けると、げっそりとした顔の僕を見て苦笑した。
「何言われたんだ?」
「アンタはお節介が過ぎるけど、今回はよくやったって」
「なんだ。褒められたのか……」
「でもその後、もう少し相手が異性であることに気を遣うべきとか説教されたり、許可が取れなかった場合はどうしようとしたのか問い詰められたよ」
「……なんかごめんな。あたしのせいで説教なんかさせちまって」
「あはは。いいんだよ気にしなくて。もとを辿れば僕が後先考えず行動しちゃったのが悪いんだし、母さんの説教は正しいから」
結局、僕がアマガミさんにできたのはこうして住める場所を提案しただけで、許可を下したのは両親だ。僕自身は何もできていない。
自分の未熟さに落ち込んでいると、不意に右側から腕が伸びてきて、そして頭をホールドされるとそのまま引き寄せられた。
何事かと目を見開けば、耳元で照れくさそうな声がこう呟いた。
「気分が沈んだ時は、こうするんだろ」
どうやら、落ち込んだ僕を励まそうとしてくれているらしい。
「あたしが苦しい時、ボッチは抱きしめてくれたから、これはそのお返しだ」
「あはは。――それじゃあ、お言葉に甘えていいかな」
「おう。満足するまで肩貸してやる」
緊張に震える手と、頭越しに伝わるアマガミさんの温もり。それが自然と笑みを浮かばせ、胸が幸福に満ちていく。
この部屋での思い出が、キミと過ごす時間が増えていく。
それに嬉しさを噛みしめながら、僕は照れて顔を赤くしているアマガミさんに甘える。
夏休みが終わるまで、もう少し。
【あとがき】
追記というか補足。
ボッチ母は黒髪ロング。ストレートの凛々しいお方です。本格的な出番は夫の克己と共にと予定してます。アマガミさんとボッチ母の絡みを楽しみにお待ちください。
果たしてそこまで更新続けられるかは微妙だけどな!
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます