第83話 『 アマガミさんと合鍵 』
「――アマガミさん!」
走りながら名前を呼べば、彼女はようやく立ち止まって振り返った。
僕は彼女に追い付くと、膝に手を置きながら荒れた呼吸を落ち着かせていく。
「どうしたボッチ?」
「はぁはぁ。……どうしたじゃないよ。なんで急に帰るのさ」
何の挨拶もなしに帰ってびっくりした、と言えば、アマガミさんは「だって」と顔をしかめて、
「お前、海斗たちと喋ってただろうが。途中まではあたしも待ってたけど。話長引きそうだったし待つのも飽きたからな。それに、今日はアイツらと帰んだろ?」
「……それは」
「? なんだ。一緒に帰んねえのか?」
怪訝げに訊ねてくるアマガミさんに、僕は視線を落としながら答えた。
「僕はアマガミさんが今日も家に遊びに来るとばかり思ってたから、返事はまだ保留にしてあるんだ」
そのせいで海斗くんたちを待たせてしまっていることに罪悪感もある。
そう吐露すれば、アマガミさんは呆れたようにため息を落として。
「いいんだよ海斗らと帰りたきゃ帰って。んなのはボッチの自由だ。……まぁ、お前ん家に行こうとしたのは認めるけどな」
「なら遊李くんたちと帰るのは……あたっ」
止める、と言いかけた直前、僕の額をアマガミさんの指が弾いた。
「ばか野郎。友達の付き合いは大事しろよ」
「アマガミさんだって僕の大事な友達だよ」
「んなのは分かってるよ。でも、ボッチはどっちが大事なんて優劣つけんのは嫌だろ?」
「……それは」
アマガミさんの言葉に意表を突かれ、奥歯を噛む僕。
彼女の言う通り、どちらが大事かなんて優劣をつけるのは嫌だ。
できるなら海斗くんたちもアマガミさんと一緒に過ごしたい。けれど、今はどちらを優先すべきか決めなければならない。
そうして逡巡に耽る僕に、アマガミさんはまた呆れたようにため息をこぼした。
「はぁ。なんか色々考えてるみてぇだけど、勝手に思い詰めんな。あたしは海斗らの時間優先してくれても全然構わねえよ。あいつらにもたまにはボッチ分けてやんねえと可哀そうだしな」
「でも、そうしたらアマガミさんが」
その間、アマガミさんが独りで待たせることになる。そんな懸念を抱く僕に、アマガミさんは苦笑を浮かべると、僕の頭を撫でながら言った。
「あたしのことは気にすんな。ボッチが帰ってくるまで適当に時間潰してっから。流石にこのクソあちぃ中外で待つのはしんどいから、ファミレスに居ると思うけどな」
「…………」
「? どした、ボッチ?」
突然黙り込んだ僕に、アマガミさんは眉尻を下げながら顔を覗き込んでくる。
「……今日、僕の家には絶対来るの?」
「……べつにあたしはどっちでもいいけど」
「じゃあ絶対に来て……ううん。家に居てください」
「あ、あぁ。ん? 来るじゃなくて居ろ? どういうことだ?」
僕の言葉にアマガミさんは無理解を示すように小首を傾げる。
「おい。何してんだボッチ?」
唐突に自分の鞄に手を突っ込んだ僕を見て、アマガミさんが怪訝に眉根を寄せた。
僕は無言のまま鞄の中に保管してあるそれを掴んで取り出すと、そのまま困惑するアマガミさんに渡した。
「……これって」
「僕の家の合鍵。これ渡すから、僕の家で待ってて」
「は⁉ 合鍵⁉」
僕から渡されたものを見て、アマガミさんが目をギョッと瞠った。
「いやいや! こんなん渡されても困るだけだっつーの! 返す!」
「返さないでください! どうせ今日僕の家に絶対に来るなら、僕の家で待ってた方がアマガミさんも楽でしょ!」
「お前ん家両親いねえだろうがっ。待ってる間どーすんだよ!」
「僕の部屋でゲームしてればいいでしょ! クーラーもガンガンにつけていいから!」
「そういう問題じゃねえ! あたしがボッチん家から何か盗ったらどーすんだよ⁉」
「アマガミさんはそんなことしないって知ってるから合鍵渡すんだよ!」
合鍵を返そうとするアマガミさん。僕は断固受け取らない。
僕はアマガミさんが合鍵を持っている右手をガッチリホールドすると、
「いいから! 僕の家で待ってて! 16時までには絶対、絶対に帰って来るから!」
「……いや、でもよぉ」
「いいですか⁉」
「……うぅ。わ、分かったよ。待てばいんだろ。待てば」
「はい。それでいいです」
僕の圧に気圧されたのか、渋々といった表情でようやく合鍵を受け取ってくれたアマガミさん。
ほっと安堵する僕に、アマガミさんは何か訴えることがあるような視線を送ってきた。
「あのさ、お前抵抗とかないわけ? 友達といえどあたしら他人なんだぞ」
「え? あるわけないでしょ。だってアマガミさんだもん」
「ボッチのあたしに対する信頼度がエグいな」
アマガミさんの言いたいことも理解できないわけじゃない。僕だってこれが海斗くんや遊李くんに渡すってなったら若干抵抗はある。
しかし、アマガミさんは既に何回も僕の家に遊びに来ているわけだし、お泊りだってしたことがある。それに、僕は彼女が少し粗暴なだけで根は優しくて真面目だということを知っている。だから、合鍵を渡しても問題ないと判断としたんだ。
「絶対にすぐに帰って来るからさ。ね。そしたら一緒にゲームしようよ」
「――っ。ああもう分かったよ。約束、だからな。夕方までに帰って来なかったら……」
「腹パンでもチョークスリーパーでも膝十字固めでもなんでも受けます」
「そこまで酷いことしねえよ⁉ 夕方までに帰ってこなかったら……拗ねるからな」
「可愛い」
「おい、あたしは真面目に言ってるんだぞ」
アマガミさんにジロリと睨まれる。狙ってやってない所が更に僕の男心にグッと来てしまった。
僕はごめんと笑って謝りながら、こくりと頷いた。
「それじゃあ、アマガミさんが拗ねちゃう前に帰らないとだね」
「くっそ。なんだこれ。なんかちょーはずいこと言ってる気がする」
「あはは。照れてるアマガミさん可愛いなぁ」
「かわっ……やっぱ帰って来なかったら膝十字固めな」
「……死なない程度にお願いします」
どうやら調子に乗り過ぎてアマガミさんの反感を買ってしまったらしく、拗ねるという可愛い行動から一転、暴力という真逆の行動に変わってしまった。
僕は頬を引きつらせた頬をゆっくりと戻していくと、
「じゃあ、そろそろ海斗くんたちの所に戻るね」
「おう。行ってこい」
アマガミさんと一度、それこそ数時間だけ離れ離れになるだけ。それなのに胸は名残惜しさを覚える。
踵を返して歩き始めた瞬間。アマガミさんに「ボッチ!」と呼び止められた。
その声音に振り返ると、アマガミさんは渡された合鍵を大事そうにぎゅっと握りしめながら――
「家で待ってるからな。だから、早く帰ってこいよ」
「――うん。すぐに帰って来るね」
アマガミさんの可愛いお願いに、僕は微笑みながら頷いたのだった。
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