第82話 『 草摩遊李と白縫萌佳 』
「――はい。ということでね。キミたちは先生たちがクソ羨ましい夏休みというものに入るわけですが、くれぐれも公共の場やはしゃぎすぎて近隣の場に迷惑かけないように。あー、あとネットに変な動画も上げんなよー? 先生そういう対応すんの死ぬほどめんどいから、やるとしても青春の思い出作る方向にしなさい。以上」
嫉妬か気遣いのどちらか分からない話を受けて、僕らの一学期はこうして終了した。
「「うおっしゃ夏休みだ――――――っ!」」
先生への挨拶が済むと同時、もはや夏休みに入る学生たちの風物詩ともいえる雄叫びが教室に鳴り響いた。
早速、本格的に友達と夏休みの予定を組む者もいれば、既に予定を決めて長期休みを満喫しようとする者で教室は賑わっていた。
「あ、いたいた。ボッチー」
「あれ、遊李くん。それに誠二くんも」
教室の入り口からひょっこりと顔出す生徒二人に振り向けば、その人物は僕のゲーム仲間の遊李くんと誠二くんだった。
ひらひらと手を振りながら僕の方に歩いてくる遊李くんたち。それに気づいた海斗くんも僕の席に向かってくる。
「そっちも今終わったのか」
「そうそう。海斗たちのクラスより少し先に終わった。んで、そっちが終わるまで教室の前で待ってたってわけ」
「そっか。待ってたってことは、僕らになにか用事でもあった?」
遊李くんは首を横に振る。
「んにゃ。特別大事な用事があったわけじゃないよ。ただ今日は午前で終わりだし、せっかくだから四人で帰らねーって提案しにきただけ」
「いいじゃん。……と思ったけど、お前部活は? バスケ部ってこれから練習なんじゃねえの?」
そういえば、と僕も思ったところで、遊李くんが何度か目を瞬かせる。
そして次の瞬間、遊李くんは「あぁ」と吐息をもらすと、僕と海斗くんにあまりにもあっさりと、衝撃の事実を告白した。
「あれ? まだ言ってなかったっけ。俺、バスケ部辞めたよ」
「は?」
「え、冗談じゃなくて?」
「うん。ガチ。フィクションでも何でもなく、草摩遊李、バスケ部辞めました!」
「「なんでえ⁉」」
唐突過ぎて驚愕する僕と海斗くん。そんな僕らを誠二くんは「そらそういう反応になるでござるよな」とでも言いたげな表情で見ていた。
開いた口が塞がらない僕らに、遊李くんは妙に清々しい顔をしながら言った。
「ほら。やっぱあれじゃん。一度しかない高校生活を部活一本に捧げるなんて勿体なくない? 俺はもっと色んな青春を送りたいわけ」
「それでバスケ部辞めちゃったと」
「確認なんだけど、バスケが嫌いになったとかじゃないんだよね?」
「全然。今も好きよ。でも部活じゃなくてもやろうと思えばいつでもできるし、妙な拘り? ってやつは俺持ってないから。それに、必死にやり続けて好きなもの嫌いになったら元も子もないじゃん」
「……まぁ、お前の気持ちも理解できなくはないが」
でもそれだけの理由で五年間続けてきたバスケをあっさりと辞めてしまうとは。
驚嘆すればいいのか呆れればいいのか分からないや。
「ちなみに、辞めたのっていつ頃なの?」
「えーっと。今月入ってすぐかな。合ってるっけ、誠二」
「合ってるでござるよ。正確には7月3日でござる」
同じクラス故に僕らより先にこの事を知っていた誠二くん。どうやらその時の衝撃が忘れられなかったようで、正確な日付を覚えていたみたいだった。
遊李くんは「サンキュ」と笑いながら誠二くんの背中を叩いて、
「そんな訳で、俺は晴れて自由の身となったわけ。なので今年の夏休みはちょー遊びまくりよ! ゲームする時間も増えるし、萌佳とも色んなとこ出掛けられる。部活辞めて大正解だったわ~」
「「ん?」」
今、聞き捨てならない名前が聞こえた気がした。
それは僕だけでなく海斗くんも同じだったようで、僕たちは揃って顔を見合わせる。
「……ごめん。今会話の中に白縫さんの名前が聞こえたような気がしたんだけど」
「あぁ。そういやこれも言ってなかったっけ」
僕が確認の為質問すると、遊李くんは思い出したように手を叩いた。
それから視線を教室に向けると、誰かを探すようにきょろきょろと周囲を見渡し始めた。
そして、遊李くんは「あ、いたいた」と探していた人物を捉えると、
「おーい、萌佳ー」
遊李くんの掛け声に、その少女――白縫萌佳さんがパッと振り返る。
どうやら彼女は既に遊李くんの存在に気付いたらしく、驚くことなくいつもと変わらぬ表情でいた。しかし、その顔にはどこか不満げというか不服そうに見えて。
こっち、と手を振る遊李くんに、白縫さんがぱたぱたと寄って来る。
そして、白縫さんは遊李くんの隣に立つと、僕らにひまわりのような笑みを浮かべて。
「てなわけで俺のカノジョの萌佳ちゃんです!」
「「驚きの連続⁉」」
更なる衝撃の事実に、僕と海斗くん、更には誠二くんまでも驚愕した。……どうやら、これに関しては誠二くん知らなかったみたいだ。
驚愕する僕らに、萌佳さんは「ふふっ」と愉快そうに笑っている。
「え、カノジョって……えっ、マジでか⁉」
「うん。マジ。超大マジ。俺と萌佳、付き合ってます」
「皆には俺から言うからー、って言ってたのに、結局言ってなかったんだ」
「あはは。色々あって言うのすっかり忘れてたわ」
どうやらようやく僕らに関係を報告をできたのが嬉しいようで、萌佳さんはずっとニコニコしていた。
僕は呆気取られつつ、二人に訊ねる。
「えっと、その、二人はいったいいつ頃から付き合ってたの?」
「先週の土曜日」
「先週の土曜日⁉」
超最近だった。そりゃ知らないし、誠二くんも聞かされてないわけだ。
「というか、二人って知り合いだったんだ」
「うん。ほら、いつかのゲーム集会の時に言ったじゃん。運命の子に遭ったって」
「あー。そういえば言ってたね」
それが萌佳さんだったのか。となると二人が知り合ったのは先月……先月に出会ってもう付き合うのかぁ。本当に運命の相手って感じがして、少し羨ましいな。
遊李くんと白縫さんへの羨望は胸にしまいつつ、
「とにかく、二人ともおめでとう」
「ん。ありがと」
僕が二人に拍手を送ると、まだ状況が完全に飲み込めてはない海斗くんと誠二くんも遅れて拍手を送った。
「……にしても、あの白縫にカレシねぇ。教室に居る男どもはさぞかし絶望してるんじゃ……やっぱしてた」
「あはは。白縫さん。2組のマドンナだもんねぇ」
「どうりで白縫。男子の誘い全部断ってたわけだ。合点がいったわ」
「だね。既にカレシがいるとなれば、断るに決まってるよね」
僕らが遊李くんと白縫さんを祝福する一方で、ちらりと教室を見れば、夏休みで浮かれまくっていた男子たちはクラスのマドンナが実は既に交際していた事実に意気消沈していた。
淡い夢が儚く散っていくクラスメイトの様をこの目で見てしまった僕と海斗くんは、苦笑いを浮かべるのだった。
【あとがき】
そんな訳で夏休み編! の前に色々とお話があります。
昨日もレビュー1件もらいました。
いつも応援や反応して頂き土下座です(⇀‸↼)
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