第81話 『 アマガミさんと寝言 』

 季節は梅雨を開けて初夏を迎えた。


「あっちぃ」

「七月に入ってから急に暑くなったね~」


 持参したうちわで暑さに項垂れるアマガミさんを扇ぎながら、僕は日陰から雲一つ快晴を見上げる。


「アマガミさん。朝苦手で夏も苦手なんだね」

「弱点が多いみたいに言うな。ムリなもんはムリなんだよ」

「ちなみに冬は?」

「寒いから嫌い」

「……弱点多いじゃん」


 どうやらアマガミさんの弱点は季節みたいだ。それと勉強もね。

 こうしてみると、アマガミさんてますます普通の女の子だよなぁ。巷じゃ『狂狼のアマガミ』なんて呼ばれてる最強ヤンキーなのに。


「んだボッチ。あたしのことジッと見つめて」

「あぁ。ごめんね」

「いいよべつに。もう慣れたから」

「僕ってそんなにアマガミさんのこと見てた?」

「超見てる」


 そこまでは見てないはず、と思っていたが、アマガミさんは神妙な顔でこくりと頷いた。


「無意識かよ。基本いつも見られてるぞ。それはもうあたしを舐めまわすようにな」

「ご、ごめんね?」

「だから謝んな。あたしも慣れたから言わなかっただけだし」


 まさかアマガミさんが慣れるまでずっと見つめていたとは。

 アマガミさんは気にするなと言ってくれてるけど、無意識に見つめてるって相当キモくない?

 独りで勝手に落ち込む僕。そんな情けない姿を見かねてたのか、アマガミさんが不意に僕の頭に手を置くと、うりうりと撫で始めた。


「言っとくけど、特別だからな? こんな間近であたしを見つめることができるのなんて、ボッチだけだぞ。他の奴だったらソッコーでぶん殴ってる」


 光栄に思えよ、と八重歯を魅せながらそう言ったアマガミさん。

 特別という言葉に、僕は並々ならぬ感慨を覚えて、笑みをこぼさずにはいられなかった。


「じゃあ、これからもアマガミさんの顔見つめててもいいってことかな?」

「あ、あれだぞ。そんなにずっと見つめられるのは困るからな。たまにだからなっ」

「でも無意識に見てるから、気付きようがないかも?」

「そこは意識するよう心掛けてくれ」


 額に手を当てながら懇願してくるアマガミさん。

 僕は「分かりました」と微笑みながら頷く。

 そんな約束を取り付けていると、生温くも心地よい風がどこからか吹いてきた。


「おぉ。気持ちいぃ」

「だねー。日陰だからより涼しく感じるよ」

「…………」


 そよ風に浸っていると、ふと肩に何かが寄りかかる感触が伝った。

 慌てて振り返ってみると、アマガミさんが僕の肩に頭を乗せていて。


「午後の授業始まる前に、ちょっとだけ昼寝したい」

「それで、僕の肩を枕代りにしたいと」

「そう」

「でもこれじゃあ、うちわでアマガミさんのこと扇げなくなっちゃうよ?」

「風も吹いてるしいいよ。それより、こうさせてほしい」


 学校にいる時にアマガミさんがこんな風に甘えてくるのはすごく珍しかった。

 思わず動揺してしまう僕にお構いなく、アマガミさんは短い眠りに就こうとしていた。

仕方ないか、と諦念する僕。その耳朶に、不意に懇願するかのような呟きが聞こえた。


「……ボッチと、いつまでもこうして居られればいいのになぁ」

「――アマガミさん?」

「――すぅ。すぅ」


 ……寝てしまった。


 お弁当を食べて満腹中枢を刺激されたせいか、すぐに入眠してしまったアマガミさん。

 小さな寝息を立てる彼女を、僕は眉根を寄せながらジッと見つめる。


「……今の言葉って、ただの寝言だよね」


 そう願う心とは裏腹に、胸がひどくざわつく。

 アマガミさんの言葉。その真意を尋ねられずにいた僕は、安らかな顔で眠りに就く彼女を見つめ続けた。

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