第80話 『 永遠とさえ思える時間の中で 』

 ――それから約2週間後。


「終わったぞ――――――――――っ!」

「お疲れ様。アマガミさん」


 考査も無事に乗り切り、返ってきたテスト用紙を振りかざしながらはしゃぐアマガミさん。

 今は僕の家でポテチやコーラを用意して軽く打ち上げをしている最中だった。


「全教科赤点も回避できたわけだし、これで思いっ切りゲームできるな!」

「もう~。少しは勉強しようよ。予習復習も大事だよ」

「バカ言うな。勉強なんて授業だけで十分だっての」

「……アマガミさん授業ほとんど寝てるじゃん」


 なにはともあれ、これでアマガミさんも充実した夏休みを過ごせることになりそうだ。


「アマガミさん。夏休みの課題はちゃんと計画的にやるんだよ」

「はぁ。んだいきなり。そんなのは八月後半にドカッと一気にやればいいんだよ」

「はぁぁ。今からアマガミさんの夏休み最後が悲惨になるのが目に浮かぶよ」

「心配しすぎだって。それに、もし間に合わなかったら、その時はボッチに見せてもらえば……」

「先に言っておくけど、答えは写させないからね」

「んだよケチぃ。ボッチはあたしの友達ダチじゃねえのかよ」

「友達だからこそ、甘えさせる所とそうでない所をしっかり区別するんだよ」

「いつもはとびきりあたしを甘えさせるくせにぃ」

「それはそれ、これはこれです」


 私生活でアマガミさんを甘やかすことに将来的問題はないけれど、勉強面ではないとは言い切れない。

 アマガミさんが進学するにせよ就職するにせよ、その進路は己の力で切り開いていかなければならないのだ。


「勉強はしっかりしてください。その代わり、生活面では僕のこと頼っていいからさ」

「……それもそれで問題ある気がするけどなぁ」

「? 何か言った?」

「んにゃなんでも。じゃ、今後もボッチに甘えさせてもらいまーす」


 そう言いながらぐぐっと腕を伸ばすアマガミさん。僕は彼女の呟きに首を捻るばかりだった。

 アマガミさんはいったい何を言ったんだろう、と一人思案していると、不意にアマガミさんが僕との距離を詰めてきた。


「どうしたの?」


 と聞くと、アマガミさんは僕のことをジッと見つめながら言った。


「早速ボッチに甘えるんだよ」

「?」


 アマガミさんの言葉に眉根を寄せる。そんな僕のことを、頬を朱に染めた彼女がさらに一歩距離を詰めて、


「テスト頑張ったら、ご褒美くれる約束だったろ」

「それは、まぁ。でもあの、すごく距離が近いんですけど」


 もう僕らの間は数十センチもない。

 思わず視線を逸らしてしまう僕。アマガミさんはそれに構わず続ける。


「だから今からボッチからご褒美をもらう」

「な、なにする気ですか」

「なんでビビってんだ?」

「ビビッてないよ。ただ距離が近いから」

「勉強してる時何回も肩ぶつけてきた奴が今更なに照れてんだ」

「その節は本当に申し訳なかったです」


 勉強会の時の件を今引っ張り出されると分が悪い。

 でも、あれはお互いに勉強に集中していたが故に起きた接触事故だったし、それにあの時はアマガミさんも気にしてなかったはず。いや、相手の捉え方によってはセクハラか。


「謝りますので、何卒セクハラで訴えるのはご勘弁頂けないでしょうか」

「何言ってるか全然分かんねえんだけど。なんであたしがボッチをセクハラで訴えるんだよ」

「じゃあ肩パンしたのにブチギレてるの?」

「あたしとボッチの肩がぶつかったら吹っ飛ぶのはボッチの方だろ」

「……フィジカル弱すぎでしょ僕」


 そんなやり取りの応酬をしていると、アマガミさんが遂に堪忍袋の緒が切れたように声を荒げた。


「だあああもうっ! あたしは何にも怒ってねえしキレてもねえ! ボッチに今からご褒美をもらうっつってんだろ⁉」

「……今キレてるじゃん」

「ごちゃごちゃうるせぇと腹パンするからな⁉」


 あ、これガチなやつや。

 僕は反射的に口を閉じて姿勢を正す。それを見たアマガミさんは「よし」と満足げに頷いた。


「それで、僕はアマガミさんに何をすればいいの?」


 ご褒美をあげるのは構わないけど、内容がすごく気になる。恐る恐る尋ねた瞬間、アマガミさんの頬がぽっと朱く染まった。

 まるで今から言う事に恥じらいがあるとでもいいたげな反応。指をもじもじさせた後、アマガミさんは蚊の鳴くような小さな声で告げた。


「……てほしい」

「はい?」


 上手く聞き取れなかったので耳を近づけて聞き返せば、今度は顔を真っ赤にしたアマガミさんが大声で告げた。


「だから! ボッチに頭撫でて欲しいんだよ!」

「……そんなことでいいの?」

「そんなことなんかじゃねえよ。あたしにとっては、それがご褒美なんだよ」


 てっきりゲームソフト買えとかご馳走作れとか言われると思った僕は、あまりに簡素な要求に思わず呆けてしまった。

 けれど、アマガミさんはまるでそれが一番のご褒美だとでも言いたげな表情で僕のことを見つめてきていて。


「えと、では、僭越ながら、頭を撫でさせていただきます」

「なんで改まってんだ。普通にやれ」


 頭を撫でる前に居住まいを正す僕に、アマガミさんは呆れた風に嘆息。

 それから、一度呼吸を整えた後、ゆっくりと手を伸ばしていった。

 ぽん、と頭に手を置くと、アマガミさんの反応を窺いながら撫で始める。


「……撫で加減はどうですか?」

「んっ。悪くない」


 異性に触れることへの抵抗か。僕が彼女の頭に手を置いた瞬間、一瞬だけ拒絶するような反応を示されるも、けれどそれはすぐに解かれて、猫のような撫で声が聞こえ始めた。


「ボッチの手はやっぱりいいな。優しくて温かい。婆ちゃんみたいな手だ」

「ねぇそれ褒めてる? 男としての威厳がお前にはねえって言われてる気分なんだけど」

「褒めてるよ。言ってんだろ。優しくて温かい。この手が好きだって」


 好きだとは言ってない。

 緊張が解けてリラックス状態になりつつあるからか、ぽろっと本音らしきものがこぼれる。

 僕は嬉しさに耐え切れずに頬を緩めてしまいながら、アマガミさんの頭を優しく、それこそ親が子をあやすように慈愛を以て撫で続ける。


「……でも本当に、今回はよく頑張ったよ」

「はは。ボッチが付き添ってくれなかったらここまで頑張ってねえよ。一人だったら全教科赤点パラダイスだった」


 ありがとう、とアマガミさんにお礼を言われた。それだけで、僕としては報われた気分だった。


「頑張ったご褒美に、今日の夕飯はご馳走作ってあげないとね」

「いいよ別に。もうご褒美は貰ってんだし」

「まぁまぁ。元々ご馳走作る気で食材買っちゃってるし、食べていってよ」

「はぁ。お前は本当に超世話焼きだな。おまけに甘えさせ上手」

「それは褒めてくれてるのかな?」

「ふっ。超褒めてる」


 お互い見つめ合って、そして微笑み合う。

 この時間が、ただただ愛しくて、心地いい。

 永遠とさえ思える時間を、僕はひたすらに噛みしめる。


「アマガミさん。これからも僕のこと、どんどん頼ってくれていいからね」

「何を今更。もう十分ボッチを頼ってる。頼りすぎてるくらいだ」

「僕はまだまだ足りないですっ」

「あははっ。ほんと、おかしぃ奴。でも、お前のそういうとこがあたしは大好き・・・だぞ」


 この時間に終わりなんてこなければいいのに。

 〝今〟そう思っているのはきっと、僕だけじゃないはず。

 その確信があったのは、彼女が〝今〟この世界で僕だけを真っ直ぐに見つめてくれているからだった――。




【あとがき】

またまたコメ付きレビューを頂きました!

レビューしてくれた読者様。ありがとう御座います。 


これだけじゃ終わらないのが我らのアマガミさんので、引き続き更新をお楽しみくださいませませ。ᕙ⁠(⁠⇀⁠‸⁠↼⁠‶⁠)⁠ᕗ


PS.お前らこの作品好き過ぎるだろ、、、




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