第59話 『 拗らせ女からの助言 』
「「いただきます」」
お昼休みの図書室。そこに隣接する作業部屋にて、僕と水野さんは一緒に昼食を取っていた。
「ボッチくんのお弁当美味しそうだね」
「えへへ。そう褒められると嬉しいな」
「というと、ひょっとしてそのお弁当手作り?」
「うん」と肯定すると、水野さんは驚いたように目を見開く。
「凄いね。自分でお弁当用意してるんだ」
「僕の両親、今二人揃って海外出張中でさ。それで」
「なるほど。そこでコンビニに頼らないところが感服するね」
「そういう水野さんはコンビニ弁当なんだね」
「私も両親が共働きでね。家に居ないことが多いから基本コンビニで済ませてる」
そう言って水野さんはサンドイッチを一口食べる。
「なに? 私のことジッと見て」
「いや。水野さん。食べ方綺麗だなって」
「……そう」
水野さんは恥ずかしそうに視線を逸らす。食事風景を他人に見られるのは流石に気持ち悪いか、と遅れて気付いて反省する僕。
「ごめんね。ジッと見て」
「いいよべつに。普段は誰かと食べることはないから、そんな風に褒められたことなくて戸惑っただけ」
「海斗くんにも?」
と尋ねると、水野さんは僕に視線を戻して答えた。
「朝倉くんとは家が隣同士なだけだよ」
「それを僕らは幼馴染って呼ぶし、幼馴染なら多少の付き合いくらいはあると思ったんだけど」
「ない。たまに帰り道が同じの時にちょっと会話するくらいで、学校でも朝倉くんが私に話しかけてくるの見たことないでしょ」
「うん」
頷くと、水野さんはこの話題を広げるのが退屈そうに嘆息をこぼした。
「彼は私とは違う世界に住んでるから、帆織くんみたく歩み寄ろうとする気はないと思うよ」
「そんなことはないんじゃないかな。海斗くんは誰でも平等に接する人だよ」
「そんな人はいないよ。誰だって特別と他人を切り分ける。帆織くんだってそうでしょ」
水野さんは僕の真意に触れてくるような眼差しで見つめてきた。
その圧に一瞬たじろいでしまいながらも、僕は真理を求めようとする彼女に答える。
「そうかもね。僕も、特別な人と他人を切り分けるかも」
「へぇ。てっきり帆織くんなら「そんなことはない」って否定してくると思った」
「前の僕ならね。でも、今は違う」
「いるんだ。特別な人」
「……うん」
脳裏にその人を思い浮かべて、頷く。
彼女は明瞭に、他の人たちとは違う。僕の大切な友人で、尊敬できる憧れの人で、嫌われたくない人だ。
「……羨ましいな」
大切な人を脳裏に思い浮かべる僕の耳朶にぽつりと小さな呟きが聞こえてきた。
「水野さん?」
「ただの独り言だから気にしないで」
怜悧な声音で追求を阻まれる。
僕はそれに戸惑いを浮かべるも、水野さんは何事もなかったかのようにサンドイッチを食べた。
「帆織くんはきっと幸せになれるだろうね」
「どうしてそう思うの?」
「それは帆織くんが他人の幸せを願う人だからだよ。どこかの誰かは自分の世界に閉じこもって、自分ばかりが幸せになろうとする理想をいつも夢見て目を覚まそうとしない。ありもしない可能性を想像しては落胆を繰り返す。こういう人にはなっちゃいけないよ」
「それは忠告?」
「そう。忠告。理想ばかりを夢見てたら、いつか足元を掬われるよ」
淡々と言って、水野さんは紙パックの緑茶を飲む。
僕は彼女の言葉に、箸を止めながら反芻していた。
理想か。
たしかに水野さんの言う通り、今の僕は理想ばかり追い求めるのかもしれない。
彼女とこのままの関係で、それをずっと続けていられれば。
いつかはこの理想に終止符を打って、前に進まなければならない日が来るのだろう。
その時、僕は怖気づくことなく答えを出せるだろうか。そしてその答えに、彼女は応えてくれるだろうか。
今はまだ、何も分からない。
けれど、一つだけ分かったことはあって。
「ありがとう水野さん。助言。大切に胸に仕舞っておくよ」
「どういたしまして。拗らせ女からのアドバイスを大切にするんて、やっぱり帆織くんは変な人だね」
感謝を述べる僕に、水野さんは可笑しそうに微笑を浮かべたのだった。
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