第58話 『 図書委員と水野琉莉 』

 カラカラ、と扉が開く音は、静謐な空気の中では異質に聞こえた。

 僕は静かに目的地である図書室に入ると、そのまま受け付けの方へ足を運んでいく。


「お待たせ、水野さん」

「やぁ。帆織くん」


 受付の席に座っていた女子――水野琉莉みずのるりさんに声を掛けると、彼女も僕に気付いてぺこりと会釈。

 改めて紹介すると、彼女の名前は『水野琉莉』さん。僕と同じクラスメイトで、同じ図書委員だ。

 物静かな雰囲気と凛とした顔立ち。カラスの濡れ羽色をした髪と華奢な容姿が特徴的な女の子で、どこかのヤンキーさんとは全体的に対照的な印象。

 彼女の紹介もほどほどに僕も席に腰を置くと、まずは水野さんに頭を下げた。


「ちょっと遅れちゃったね。ごめん」

「帆織くんが忙しいのは知ってるから気にしてないよ。それにココは学生もあまり来ないから」


 来るのは本好きかボッチだけ、と静かな声音に反して淡々と辛辣な言葉を吐く水野さん。

 僕はそれに苦笑しつつ、


「今週から一週間。当番頑張ろうね!」

「うん」


 図書室なのでできるだけ声量を落としながら言えば、水野さんは柔和な笑みを浮かべて頷いてくれた。


「でも図書委員の仕事なんて殆どないようなものだけどね」

「あはは。それは言っちゃいけない気がするな。一応、ここで受け付けするのが僕たちの仕事だからね。あとは返された本を元の本棚に戻すくらい」

「これならAI人形でもできそうだよね」

「それ買うくらいなら学生で当番した方が安く済むんじゃないかな」

「なるほど。AIは充電する為に電気代が掛かるけど、学生はタダ働きで済む。学校の闇だね」

「触れちゃいけないものに触れちゃったかな」


 お互いにくすくすと微笑。

 水野さんとは委員会の時くらいしか会話することがないけど、でも彼女との会話は意外と弾む。今みたく結構冗談を言ったりするし、声音も穏やかで耳心地がいい。


「どう。水野さん。最近の学校は楽しい?」

「それは委員長としての質問? それとも帆織くん個人の質問?」

「水野さんはどっちとしての質問がいいの?」

「その問い返しはずるいな」


 拗ねた水野さんがむっと頬を膨らませる。それからゆっくりと萎ませていくと、


「帆織くん個人としての質問がいい」

「それじゃあ僕個人としてにしようか。どう? 楽しい?」


 水野さんはチラッと僕を一瞥すると、


「普通、だよ。楽しくもなければ退屈でもない。そう。今の時間みたく、静寂に身を委ねているだけかな」

「皆とはやっぱりまだ打ち解けづらい?」

「私は帆織くんのように人と関わることに積極的じゃないからね。そもそも根暗な私にわざわざ声を掛けようとする変人はいないよ。いるとしたら帆織くんくらい」

「あれ、それ僕のこと変人って言ってない?」

「ふふっ。どうかな」


 小首を傾げる僕に水野さんは悪戯に笑う。

 そして彼女は笑みを引っ込めると、代りに寂寥に似た憂いた顔をみせて。


「友達なんて、べつにいてもいなくてもいい。無理に日差しに引っ張り出そうとしても、日陰者はその日差しに焼かれて死んじゃうだけ」


 独特ないい回しで人と関わる事を拒絶すると示す水野さん。僕はそれに、彼女に倣って自分の想いを伝える。


「ならたっぷり日焼け止めでも塗って外に出ればいいんじゃないかな。それでも辛かったら日傘も差して、こまめに水分補給も取れば、うだるような日差しの暑さだって乗り切れない?」

「…………」


 僕の言葉に水野さんは目を瞬かせたまま黙ってしまった。

 それから数秒後、彼女はふふっと笑うと、


「そこまで対策するのは面倒だから、やっぱり私は日陰で本を読んでる方が好き」

「そっか。それもまた自由だ。それに関わりたいならこっちから日陰に行けばいいだけだしね」

「……帆織くんは今日も帆織くんだね」

「どういう意味?」

「そのままの意味だよ」


 と返されてしまった。全く意味が分からず首を捻る僕を見て、水野さんは可笑しそうにくすくすと笑う。


「やっぱり帆織くんとこうして話す時間は好き」

「そっか。少しでも水野さんにそう思ってもらえたならよかった」

「…………」

「? どうかした、水野さん?」

「……なんでも。ただ、帆織くんにも苦手分野があるみたいだなって」


 そう言ってため息を落とす水野さん。やっぱり彼女の言い回しは独特で難しい。でも、それが嫌いじゃない。


「なら教えてくれないかな」

「ダメだよ。こればかりは帆織くんが自分で勉強して学習しないと。それじゃあずっと赤点のままだよ」

「手厳しいね。なら、補習回避できるよう頑張らないと」

「……本当なら一生そのままでいて欲しいけど」

「何か言った?」

「ううん。なんでもない。ほら、仕事しよう」

「そうだね。……とはいっても、今日は利用者0かぁ」

「このまま一週間誰も来なかったら楽なのにね」

「意外とサボりたがるよね水野さんて」


 真面目な顔をして飄々としている水野さんに思わず苦笑い。

 そんなわけで、僕と水野さんのお昼休み図書当番一週間生活が始まった。


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