第45話 『 アマガミさんと奢り 』
――映画上映後。
「やー。めっちゃ面白かったな!」
「だよねだよね! 特にカートレースシーンはマ〇カーやってるからしっかりリスペクトされてて思わず感動しちゃったよ!」
「スパマリのゲームギミックもちゃんと盛り込まれてよかったな。キノ〇オも可愛かった」
「ピーチの逞しさはアマガミさんみたいだったね」
「それ褒めてるのか?」
「もちろん!」
シアターから退場した僕らは、興奮冷めぬまま感想を伝え合っていた。
鑑賞した映画がお互いに遊んだことのあるゲームだったこともあり、序盤から終盤まで飽きる事なく最後まで楽しく観れた。
映画館を出ても感想の交換は終わらず、あの原作リスペクトが良かっただのここのシーンは最高だったと人目も気にせず盛り上がる僕とアマガミさん。
ようやくその熱が収まると、時刻は丁度昼時まで経過していた。
「そろそろお腹空いたな」
「そうだね。時間も丁度いいし、お昼食べよっか」
「賛成。ボッチは何が食いたい?」
「僕は何でもいいよ。アマガミさんは?」
「ならラーメンにするか」
「いいね。僕ラーメン好きなんだ」
「むしろラーメン嫌いな奴この世の中にいるのか?」
「あはは。嫌いな人はいるとは思うよ」
とにもかくにも、昼食はラーメンに決定。
「ここら辺ラーメン屋さんも色々あるけど、どこに行こっか」
「ならあたしのオススメの店に行こうぜ」
とくに否定する理由もないので僕は「分かった」と首肯。
そして予定通りアマガミさんオススメのラーメン屋さんに着く。
やはり昼時なだけあって人が多く、テーブル席はほとんど埋まっていた。
「すいません。只今テーブル席が満杯でして、カウンター席でもよろしいでしょうか?」
「それでもいいよな、ボッチ」
「あ、うん。全然構わないよ」
テーブル席がいいという拘りもないのでこくりと頷けば、アマガミさんが「それで大丈夫っす」と店員さんに向かって答える。
申し訳なさそうにぺこぺこと頭を下げる店員さんに案内されてカウンター席に座った僕らは、早速メニュー表を開いた。
「何でも好きなの頼めよ。今日はあたしの奢りだからな」
「えっ⁉」
「なんだよ、えって。言っただろ。今日は日頃のお礼をさせろって」
たしかに言われたけど。でも奢られるとは聞いてない。
「でも申し訳ないよ。自分の分は自分で払わないと」
「それを言われたらこれまで散々ボッチに奢ってもらったあたしはどうなるんだよ。肉屋のコロッケ然りケーキ然り。夕飯までご馳走になってんだぞ」
「それは僕がしたかったからで……」
「あたしも同じだ。ボッチに奢りたい。だから奢る。ボッチは素直にあたしに奢られろ」
アマガミさんはわずかに圧を込めながらそう言った。
それでも納得がいっていない僕を見かねてか、アマガミさんはため息をこぼすと、
「あのなぁ。少しはあたしの身になって考えてくれ。何度も奢られてる挙句の果て、平日は弁当まで作ってもらい、家に遊びに行くと夕飯までご馳走になってるのに一切お金を払ってないのはどういう気分だと思う?」
「……あれだね。すごく申し訳ないし、せめて食費分くらいは渡したくなるね⁉」
「だろ?」
これまで自分がアマガミさんにやってきた行為を初めて客観的に振り返ると、途端に自分のことがとんでもねえ奴に思えてきた。なるほど。僕は好きでやってきたけど、アマガミさんはこういう気分だったのか。
「つーわけで今日は大人しくあたしに奢られろ。それでも足りないくらいなんだからな?」
「分かりました。今日は素直に奢らせてもらいます。でも今度は僕が奢るからね」
「おーい。人の話聞いてたかー?」
アマガミさんに半目で睨まれる。
「たくっ。ボッチはなんでそんなにあたしに貢ごうとするんだか」
「そりゃアマガミさんの喜ぶ顔見たさでやってるからね」
「――――」
あ。
思わず本音が漏れてしまった。
慌ててアマガミさんの顔を見ると、彼女は面食らったように呆けていて、ぱちぱちと目を瞬かせていた。
そして数秒後。ボン! と破裂する音がした。
「~~~~っ! ホントにッ! お前って奴は! もうちょっと自分の気持ちを隠せ!」
「しまったつい本音が⁉」
「それだそれ! 今のは冗談だよって誤魔化せよ! なんでバカ正直に白状すんだ⁉」
「言ってしまったものは取り消せないからね。それにアマガミさんに嘘は吐きたくない!」
「無駄に漢らしい! でも少しは反省しろ!」
「ごめんそれは無理かも。これからもつい本音が零れちゃうかもしない」
「そこも素直! あーもう! とにかく意識はしろ! いいな⁉」
念押しで忠告されて、僕は自信なく「分かりました」と頷く。
それからアマガミさんはどっと疲れたように大きなため息を吐いた。
「ほら。とっとと何食べるか決めろ。言っとくけど遠慮なんかすんなよな?」
「しないよ。そんなことしたらアマガミさんに失礼だ」
これは彼女からの厚意だと分かっているから、遠慮なんてものは無粋だと理解している。
「よーし。今日はたくさん食べるぞー!」
「あんま食べ過ぎて気持ち悪くなんなよ?」
「それもそうだね。まだ午後からもたくさんアマガミさんと遊べるんだから」
「ふっ。お前は本当に可愛い奴だな」
「全然可愛くないと思うけど僕」
けれどアマガミさんは「いーや」と微笑を浮べながら首を横に振って、
「可愛い奴だよ。お前は。素直でよく笑って――あたしのお気に入りだ」
「そ、そうですか」
「ふふ。照れてやんの」
思わず視線を背けてしまえば、そんな僕を揶揄うように笑うアマガミさん。
「(お気に入りとか言われて、嬉しくならない訳がないじゃないか)」
さっきの忠告を、丸ごと彼女にも返したい。
アマガミさんだって時々本音をもらすのに、僕だけ怒られるのは卑怯だ。
それに、こういう時のアマガミさんの表情は、背中がゾクリとするほど妖艶で、可愛くて、魅力的だった。
「(あ、ダメだ。しばらくアマガミさんの顔、見れないかも)」
たぶん。今彼女の顔を見たら心臓を鷲掴まれる気がする。
心臓の高鳴りを誤魔化すようにコップに注がれた水を一気に飲み込んでも、体中の熱が冷めることはなくて。
そんな僕を、アマガミさんは頬杖をつきながら見つめてくる。
「照れたボッチ。かーわいいー」
「か、揶揄わないでよぉ」
「おいこっち向けよボッチぃ」
「イジメ方がヤンキーだ⁉」
僕の胸裏の葛藤なんて関係なく強気に揶揄ってくるヤンキー。その無邪気な微笑みにまた心臓がトクンと跳ね上がったのは、ここだけの秘密にしてほしい。
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