第37話 『 狂狼のアマガミ 』

「オラオラァ! さっきまでの威勢はどうしたんだよザコども!」

「くっそ! このゴリラ女が!」

「あたしはゴリラじゃねえ! 狼だ!」


 不良少年たちの数はおよそ10人か。それに対してアマガミさんは一人。さらに僕というお荷物まで抱えているおまけ付き。そんな戦況は拮抗――否、アマガミさんの独壇場だった。


「クソッ! なんで後ろのヤツを庇ってるのにこんなに動けるんだ⁉」

「一人くらい庇ってようがどうってこねえんだよ。ボッチ! 屈め!」

「は、はい!」


 アマガミさんから咆哮にも似た指示を繰り出されて反射的に屈む僕。それと同時、アマガミさんが豪快な回し蹴りを放った。


「ハハッ! いいじゃん! ナイス反応だボッチ!」

「あ、ありがとう!」

「てめぇら! ボッチ狙うとか卑怯な真似してんじゃねえぞ!」

「――カハッ!」


 炸裂した回し蹴りが男の顔面を捉え、勢いよく吹っ飛ばした。その一瞬があまりに衝撃的で、こんな状況にも関わらず僕は感嘆としてしまった。


「凄いねアマガミさん! 後ろに目でもついてるみたいだ!」

「へっへーん。こんなの朝飯よ。おっと。危ねぇなこら」


 嬉しそうに鼻を啜るアマガミさんの一瞬の不意をついて不良少年が殴り掛かろうとするも、アマガミさんは容易く避けて鮮やかなカウンターを決めた。


「にしても、お前ら相変わらず弱いな。そんなんでよくあたしにもう一度挑もうとしたな」

「――ッ⁉ 調子に乗んじゃ……」

「調子に乗ってんのはてめぇらだろうが!」

「ガハッ!」


 アマガミさんの言葉に男たちは反論しようとするも、しかしそれすらも許されることはなく暴打が襲う。


「(アマガミさん。怒ってる)」


 それが一目で分かるくらいには彼女は剣呑な空気を放っていた。


「ボッチとの楽しい時間をブチ壊しやがって。ただじゃおかねえぞクソ野郎ども。最低でも一人一本は骨折るからな」

「――ひっ」


 アマガミさんが不快感を露にするように強く舌打ち。

 彼女の放つ圧倒的な重圧プレッシャーに、運よくまだ地面に立てている不良たちがたまらず畏怖し半歩引き下がった。


「おいお前ら。まさかビビッてねえよな。相手は女一人だぞ」

「び、ビビッてなんかねえ!」

「ならとっとと掛かってこいや」


 アマガミさんがくいくい、と手を扇いで露骨に挑発する。不良たちは彼女の嘲笑に怖気づきながらも、かぶりを振って吠えた。


「上等だ。おい、まとめていくぞ!」

「何人相手だろうが返り討ちにしてやるよザコどもがッ!」


 一人では無謀だと悟ったのだろう。一気に三人がアマガミさんに襲い掛かってきた。それにアマガミさんも不敵な笑みを浮かべて応戦する。


「オラ!」

「おせぇな。つか腰引けてんぞ」

「カハッ!」


 一人の男の拳打が放たれ、アマガミさんは頬が擦れるギリギリで躱す。それからボクサー顔負けのカウンターを男の顔面に浴びせ、地面に巨体を叩きつけた。


「オラオラァ! 次あたしに殺されてぇのは誰だよ! あたしはこんなんじゃ止めらんねぇぞ!」


 顔に拳の痕がめり込んで倒れる男を見て、他の不良たちが委縮する。しかし、狂狼のアマガミは容赦なく近くにいた立ち尽くしている二人の胸倉を掴んだ。そのまま一人を投げ飛ばし、もう一人の腹に膝蹴りを浴びせる。


「ぐふっ」「かはっ」

「ハッ。口ほどにもねぇザコどもが」


 倒れた男を踏みつけながら退屈そうに鼻を鳴らしながら睥睨するアマガミさん。


 ――暴君だ。


 彼女の喧嘩する姿は、まさにそれに尽きた。

 一体多数。僕というハンデを抱えた不利な状況にも関わらず、彼女は小細工なしの素の力で全員をねじ伏せてみせた。

 リーダー格の不良を除いて、わずか五分足らずで全滅。

 たった一人でアマガミさんはこの喧嘩を完封してみせた。否、喧嘩と呼ぶにはあまりに一方的過ぎたかもしれない。これはもはや蹂躙だ。


「(これが、狂狼のアマガミ)」


 僕はその異名の意味を、ようやく理解した。

 数の優劣など関係なく、独りで悉く獲物をほふるその様は、まさしく狼。

 今の彼女は、僕が普段話している彼女とは明確に違ってみえた。


「お前がこの不良のリーダーだったよな」

「あ、あぁ……」


 ゆっくりと近づくアマガミさんに、不良たちを束ねていた青年が冷や汗を垂らしながら無意識に後ろに引き下がる。しかし足が絡んでしまって地面に尻もちをついた。

 みっともなく後退する青年に、アマガミさんは睥睨をくれて。


「あたしはともかくボッチを危険に遭わせた落とし前、きっちりとつけてもらうからな」


 こきこきと指の骨を鳴らしながら、アマガミさんはゆっくりと迫っていく。


「わ、悪かった! もう二度と! もう二度とお前には手を出さない! その男もだ! だから許して……」

「おーおー。あたしに絡んできた時の威勢はどこにいったんだよ。男なら腹括れや」

「ひいい!」


 ダン! と思いっ切り地面を足で叩くと、不良がより一層怯えた。


「狂狼のアマガミっつー名前。てめぇの体にとくと刻み込んでやる。恐怖とともにな」

「や、やめ――」


 不良の胸倉を掴み、そのまま殴り掛かろうとした刹那――


「アマガミさん!」

「……止めるなボッチ」


 咄嗟に彼女の名前を叫んだ僕に、アマガミさんが血走った眼を向けてくる。

 その鋭利な眼光に思わずたじろいでしまうも、僕はアマガミさんに懇願する。


「もういいよ」

「いやダメだ。ここで痛めつけないで逃がしたら、またコイツらがボッチに危険な目に遭わせるかもしれねぇ。だからここでキッチリ教えておかねえと」

「もう十分だよ。きっと、彼らはもう僕とアマガミさんには手を出してこない」

「ボッチはとことん甘いやつだな。あたしらの世界のことを何も分かっちゃいねぇ」


 説得するも、アマガミさんは殺気を引っ込めようとしない。


「こういう奴は体に恐怖ってやつを刻んでおかないと何度でも同じことをする。実際、性懲りもなくまたあたしに喧嘩吹っ掛けてきたからな。だから、今度こそあたしに手を出せねぇようにトドメを……」

「ダメだ」

「――――」


 制止を振り切ろうとした拳を、僕は両手で掴んで止めた。


「これ以上、アマガミさんの手は傷つけさせない」

「お前、何言って……」

「これ以上アマガミさんに傷ついてほしくない」

「あたしは無傷だ」

「そうだね。大人数相手に完封するなんてアマガミさんは凄い人だ。でも、やっぱりアマガミさんは、喧嘩してる時よりも笑ってる時の方が素敵だ」


 一人で大勢を圧倒する姿は、たしかにカッコよかった。でも、それ以上に見ていて怖かった。

 喧嘩をする時のアマガミさんは、まるで僕の知らない人のように見えた。

 僕の知ってるアマガミさんは、僕の話をいつも呆れたように聞いてくれて、楽しそうにゲームをしていて、笑顔が素敵な女の子だ。

 今のアマガミさんがもし、もしも本当の彼女だとしても、僕はそれを否定する。


「誰かを傷つけるなんて、アマガミさんには似合わないよ」

「――――」


 両手を震わせながら、狂狼のアマガミに怯えながら、それでも僕は彼女を必死に呼び止める。


「――はぁ」


 僕の願いが通じたのかは分からない。けれどアマガミさんは呆れたようにため息を吐いて。


「たくっ。ボッチは相変わらず甘いな。いや、甘いを通り越して超甘ちゃんだ」

「……アマガミさん」

「手。離せ」


 声音に殺気は感じられず、僕はゆっくりと頷いて手を離していく。

 僕の両手が離れると、それと同時にアマガミさんは不良の胸倉を掴んでいた手を解放した。


「喜べよ猿山の大将。ボッチが止めなきゃ今頃鼻血が出るまで殴ってた」

「――――」

「体に刻み込むのは止めてやる。でも忠告だ。次、あたしの大事な友達ダチを危険に遭わせたら――その時は命ねぇと思え」

「ひぃ⁉」


 只ならぬ殺気を放ったアマガミさんに、不良は顔面蒼白にして土下座した。


「もう二度と! アマガミさんとお連れの方には手を出しません! お約束します!」

「分かればいい。そこの伸びてる連中にもちゃんと言い聞かせとけよ。言っとくけど、仲間が手を出した時点でお前も同罪でぶっ飛ばすからな?」

「はい! はい! しっかりと言い聞かせておきます!」

「ならいい。とっと失せろ。五秒以内に。じゃなきゃぶっ飛ばす」

「す、すいませんでした――――――!」


 青年は立ち上がるや否や全速力で僕らの前から走り去っていった。

 そんな情けない姿を見届けた後、アマガミさんが僕の方に振り向いて、


「止めてくれてありがとな。ボッチ」


 ぽん、と僕の頭に手を置いて、優しく撫でてきた。

 あぁ、この手だ。僕が好きな手は。

 小さくて、華奢で、でもとても頼り甲斐があって優しい手。


「ふふっ。僕の方こそ、守ってくれてありがとう」

「約束したからな。お前は絶対に守るって」


 それを有言実行してみせたアマガミさんは、やっぱりカッコいい。


「うし。帰るか」

「うん。帰ろうか」


 んー、と背伸びするアマガミさん。僕は微笑を浮べながら応じる。

 それからゆっくりと歩き出すアマガミさんの後を追うように、僕も歩き出す。


「たっはー。動いたら腹減ったなー」

「盛大に喧嘩した後によくお腹が空くね」

「喧嘩なんてあたしにとったらただの運動だからな。売られた喧嘩を買っただけだし」

「アマガミさんのその度胸は見習わないとな」

「甘ちゃんのボッチには百年早ぇな」

「むぅ。僕だって厳しくする時は厳しくするんだからねっ」

「そういうこと言ってる奴に限って結局甘いんだよなぁ。……ま、ボッチは変わらないでそのままでいろよ。お前はあたしが守ってやるから」

「あうっ、痛いよ」


 ふっと笑って、僕にデコピンを喰らわせるアマガミさん。

 僕は弾かれた額を押さえながら、胸中で決意する。


「(僕も、アマガミさんを守れるように強くならないと)」


 僕を守ると誓ってくれた彼女を、僕も守りたいと、今日この日を通し通して強く思うのだった。

 

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