第36話 『 アマガミと不良たち 』
「へぇ。随分とまぁ楽しそうだな。アマガミさんよぉ」
「……誰だてめぇ」
突然、僕らの眼前に見慣れない青年が進路を遮るように現れ、明瞭な敵意を放ちながら近づいてきた。
その咄嗟を聞いた瞬間、アマガミさんは無言のまま僕を庇うように一歩前に出た。
「前に俺の仲間がお前に世話になってな。そのお礼をしに来たんだよ」
「何訳分かんねぇこと言ってんだ。あたしは誰の世話もしたことねぇよ」
青年の迂遠な言い回しにアマガミさんは気だるげに応じて唾を吐く。
その短く交わされた剣呑な会話の間に、僕らを包囲するように青年の仲間と思しき男子たちが集まってきた。
「ちっ。ぞろぞろと増えてきやがって」
逃げ道を塞がれ、気付けば僕らは囲まれてしまっていた。
「ボッチ。絶対あたしから離れんなよ」
「……うん」
ちらっと、僕を一瞥して呟いたアマガミさんに、僕は短く頷く。
張り詰めた空気が、とにかく息苦しかった。
「この間はよくもやってくれたなぁ、アマガミィ」
巨漢の男が憎悪をふんだんにはらませながらアマガミさんを睨む。対してアマガミさんはひどく不快げに鼻に皺を寄せた。
「この間っていつのことだ。覚えてねぇ」
「ふざけんな! 俺たちに一方的に絡んできて半殺しにしにきただろうが!」
「あぁ? あたしがそんな輩みてぇなことするわけねえだろ」
男の言い分にアマガミさんは見当がついていないように眉尻を下げた。
それから「あれ?」と何か思い出したようにスキンヘッドの巨漢男を睨むと、
「ああ、思い出した。お前あれか、前に道通せんぼしてたやつか」
どういうこと? と気になってアマガミさんの袖を引っ張って聞いてみると、
「いやさ、前にこいつらが家に帰ろうとしてたガキたちの道塞いでてさ。それで通れねぇだろって注意したら逆ギレして喧嘩吹っ掛けてきたんだよ。それを返り討ちにした」
「それじゃあ悪いのは彼らだね」
「だよな。あたしは間違ってないよな」
「なに勝手に納得してたんだ⁉ そもそもあそこに先にいたのは俺たちだったのに、なんでガキ相手に道を譲んねぇといけねぇんだ!」
「「子ども相手に大人気ない」」
「……このっ」
僕とアマガミさんの咎めるような視線に巨漢男が頬を引きつらせる。
そのまま怒りに任せて殴りかかろうとした巨漢男を止めたのは、彼よりも一回り小さい青年だった。
「理由はどうであれお前が俺の舎弟に恥かかせたことに変わりはない」
「ハッ! そんなゴミみたいなプライドなら捨てちまったほうがマシなんじゃねえのか! 負けたからって数増やしてまであたしに復讐してぇのかよ。女ひとり相手に男が寄って掛かって襲ってくるとか情けなさ過ぎるなあ!」
「なんとでも言えよ一匹オオカミ。お前はそろそろ痛い目みるべきだ」
「やれるもんならやってみろよ。また返り討ちにしてやるからよ!」
「随分と威勢がいいな。後ろのその男を庇って俺ら全員相手できんのかよ?」
「――ッ」
僕のことを指さしながら嘲笑を浮かべる青年に、アマガミさんは虚を突かれたように呻く。
彼の言う通り、僕はこの場では確実にアマガミさんの足手まといだ。大した戦闘力もなければむしろ守らなければいけない存在としてお荷物になってしまっている。
だからこそ、
「アマガミさん」
「…………」
「僕のことは気にしなくていいから」
「――っ」
きっとアマガミさんは僕を守ることを意識して戦うことに集中できない。なら僕にできることは、せめてアマガミさんの邪魔にならないこととその不安を取り除くことだった。
多少殴られる可能性はあるかもしれない。それでも、背に腹は変えることはできないし、何よりもこの状況をどうにかできるのはアマガミさんしかいない。
それを伝えれば、しかしアマガミさんは僕に振り向くとにっと笑って。
「心配すんなよボッチ。お前には何人たりとも触れさせねぇ。――絶対守るって、前に約束したろ」
「……アマガミさん」
「お前は絶対にあたしが守る。何がなんでもな」
「うん。分かったよ。アマガミさんを信じる」
「おう。任せときな」
男としてはあまりに情けないと判断だと思う。だって、頷くという事は、自分の力不足を肯定しているのと同義だから。
でも今は、僕はただアマガミさんに守られていればいい。
だって彼女は、僕なんかよりもずっと遥かに強い人なのだから。
「ボッチに指一本でも触れたら全員まとめて地獄送りにしてやるからな」
「やれるもんならやってみろよアマガミ――――っ!」
「掛かってこいや。クソガキども!」
そして、男たちの怒号と狂狼の咆哮を合図に、不良同士の喧嘩が幕を開けた――。
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