第17話 『 アマガミさんと誓い 』
ここ数日。僕はアマガミさんと話せていない。
挨拶が返ってくることがなくなり、話しかけても応じてもらえない。
まるで以前の僕とアマガミさんに戻ったみたいだった。
――アマガミさんに避けられている。
直感的にそう察した。
そして、アマガミさんが僕を避けるようになった理由も想像がついた。
海斗くんがアマガミさんと二人きりで話した直後からだ。
何を話したのかは知らない。海斗くんに聞いてもはぐらかされるし、その時既にアマガミさんとは話せていない状態だった。
「――ちょっと待ってアマガミさん!」
だから放課後。僕は帰るアマガミさんを追いかけた。
はぁはぁ、と荒い吐息を繰り返す僕に、アマガミさんは一瞥もくれることなく歩き続ける。
「ねぇ、いったい何があったのさ。なんでずっと僕のこと避けてるの?」
「――――」
問いかけてもアマガミさんは何も答えてはくれなかった。
ただ無言で歩くアマガミさんを追いながら、僕は懸命に訴える。
「お願いだから教えてよ。僕、何かしちゃった? それとも周りのこと気にしてるの?」
「――――」
「僕が知らぬ間にアマガミさんに何かしちゃったなら謝らないといけないし、周りのことなら僕は気にしてないよ」
「――――」
アマガミさんは頑なに応じようとはしない。
そんな態度に僕も遂に限界を迎えてしまって、気付けば彼女の肩を掴んでいた。
「何か言ってよアマガミさん!」
「――――」
アマガミさんを無理矢理振り向かせた。けれど、彼女は意図的に僕と視線を合わせようとはしなかった。
「……何も言ってくれないのはどうしてなの?」
「――――」
教えて欲しかった。
僕を避ける理由を。
理由さえ知れば、納得して離れることだってできるのに。
「お願いだよ。分からないままは嫌なんだ」
ぎゅっ、と強くアマガミさんの両肩を握る。
そんな僕の必死の懇願が届いてくれたかは分からないけど、アマガミさんはようやく口を開いてくれた。
「あたしともう関わるな」
「――ぇ」
一瞬。何を言われたのか理解できず呆ける。
けれどすぐにかぶりを振って、
「関わるなってどうして……」
「これ以上は言わねぇ」
吐き捨てるように言って、アマガミさんは僕の両手を振り払う。
そして今度こそ関わりを絶つように振り返って――
「関わるよ!」
「――っ!」
僕を拒絶しようとする手。その手を、僕は強く掴んだ。
再び振り返ったアマガミさんは動揺したように瞳を揺らがせた。
「僕と関わりたくないって、アマガミさん自身がそう思ってるの?」
「……っ。ああそうだよ。お前となんか、もう二度と喋りたくねぇ……」
「だったらなんで、そんな辛そうな顔してるのさ」
「べつに辛くなんか……」
嘘だ。
嘘じゃなかったら、アマガミさんはもっと怖い顔をしているはずだと思う。
「アマガミさんが辛そうな顔してるのに放っておくことなんて僕にはできない」
「なんでだよ! どうでもいいだろあたしのことなんか!」
僕の手を乱暴に振り払いながら叫ぶアマガミさん。
「どうでもよくなんかないよ。だって僕たちは――友達でしょ?」
「あたしとお前は友達なんかじゃねえ! ちょっと話したくらいで浮かれた気になってんじゃねえよ! この勘違い野郎が!」
「なら友達になろうよ。ううん。僕と友達になってください」
「そんなの要らねえっつってんだろ! 何なんだよお前は本当に! いつもいつもあたしの話なんか聞かずに勝手に絡んできてうぜぇんだよ!」
アマガミさんは僕を拒絶するように叫び、僕の手を再び強く弾く。
僕を近づけさせまいと、必死に。懸命に。心の底から。
その姿が僕には、ひどく苦しんでいるように見えた。
「……頼むから、あっち行ってくれよ」
消え入りそうな、泣きそうなか細い声。
その悲痛にも似た声を聴いて、僕は理解する。
きっと、こっちがアマガミさんの本心なんだと。
だから僕は、絶対に退かない。
「僕はアマガミさんの友達だよ。だからそんな辛そうな顔をしてる友達を放っておくわけにはいかない」
「……ふざけんな。ぜんぜん、辛くなんか、ねぇ」
もう一度握った彼女の手は、ひどく冷たかった。
「嘘なんて吐かないでいいんだよ。僕は、アマガミさんと一緒にいられなくて寂しい」
「……そんなの嘘だ」
「嘘じゃない。ここ数日アマガミさんに拒絶されて、すごく悲しかったかよ」
お弁当もどこか味気なかったし、授業も集中できなかった。
アマガミさんと話せない時間は、思っていた以上に辛かった。
「……お前は、あたしと一緒にいちゃダメだ」
「どうして?」
「お前は、優しい。いい奴だ。お前のことを想ってる友達もたくさんいる。でもあたしは違う。不良のあたしと一緒にいると、お前まで周りから変な目で見られる」
「それが、アマガミさんが僕を避けていた理由?」
「――――」
小さく。それこそ肯定しているのかも分からないほどの反応だった。
それはきっと、アマガミさんが僕のことを本気で心配して、そして本気で辛い選択をした葛藤の表れなのだろう。
それなら僕にできることは、一つしかなかった。
「僕は平気だよ。周りにどう思われようが」
言葉で、アマガミさんの隣いたいと伝えるだけだ。
「ダメだ。危険な目に遭わせるかもしれねぇ」
「ならアマガミさんが僕のこと守ってよ」
「だったらあたしと関わらないほうが早ぇだろ」
「どうしてさ。アマガミさんが守ってくれるなら、何も問題ないでしょ」
食い下がる僕。アマガミさんは理解できないと声を荒げた。
「なんで折れてくれないんだよ! あたしはこれ以上お前に迷惑かけたくないって言ってんだ! それなのにっ、どうしてお前はあたしに纏わり付こうとするんだよ!」
「そんなの決まってる。アマガミさんともっと一緒にいたいからだよ」
「――っ‼」
大それた理由なんてない。本当に言葉通りで、僕はただ、アマガミさんともっと一緒にいたいだけ。
それに、友達が友達と一緒にいることに理由なんて必要ない。
「……なんで、そこまであたしに執着するんだよ」
「だってアマガミさんと居ると心地がいいんだ。一緒にいると楽しいんだよ」
「それなら他の人だって……」
「違うよ。アマガミさんと一緒でしか味わえない楽しさがあるんだ」
「――――ぁ」
確かに他の友達と話している時やゲームをしている時は楽しい。
でもそれはあくまで、その友達限りで得られる楽しさだ。
彼らとではなくアマガミさんとだから、得られる楽しさがある。
「僕はアマガミさんと居る時間が好きだよ。それは他の誰かが与えてくれるものじゃない。アマガミさんだけが、それを僕にくれるんだ」
皆は知らない。
アマガミさんは意外と表情豊かなこととか。
アマガミさんは実は義理人情な人ということとか。
アマガミさんは実は可愛いものが好きなとことか。
皆は知らない。
けれど、僕は知っている。
アマガミさんが、実はすごく可愛い人だということを。
「アマガミさんは僕と一緒にいる時間嫌いだった? もし嫌いなら、辛いけどこれ以上アマガミさんに関わりはしないよ」
「あたしは……」
ここで嘘でも嫌いと言われれば、僕はすぐにでもこの手を離す。
でも、彼女が本心を僕に吐露してくれるのなら――
「――あたしは、お前といる時間は、嫌いじゃない。……いや、違うな。お前と一緒にいる時間は……好きだよ」
「うん。教えてくれてありがと」
本心を教えてくれたのなら、僕はキミの手を強く握ろう。
「周り人たちのことなんて気にしなくていいんだよ。それに、周囲の目を気にするなんてアマガミさんらしくない」
「あたしは自分の心配じゃなくてお前を心配して……」
「なら猶更だよ。僕は、自分の意思でアマガミさんと一緒にいることを選んでるんだから。周囲の評価とアマガミさんからの好感度だったら、そうだな。僕は後者を取るよ」
「お前、ほんとバカだろ」
アマガミさんが呆れたように嘆息する。そして、弱弱しくも笑みをみせてくれた。
久しぶりに、アマガミさんの笑顔を見た気がする。
それが堪らなく嬉しくて。
「うん。やっぱりアマガミさんは笑ってる顔の方が素敵だ」
「な、なに急に恥ずいこと言ってんだ!」
「だって事実だから」
「事実だからって恥ずかしげもなく声にしていい訳じゃねえよ⁉ もっと包み隠すように言え!」
「アマガミさんは今日もカッコ可愛いね」
「余計悪くなってるわ⁉」
「え、カッコいいを付けてるんだから隠せてるはずじゃ?」
「なんでカッコいいを付けたら可愛いって言っても大丈夫だと思ったんだよ⁉ 全然大丈夫じゃねえからな⁉」
「難しいね。思ってることを相手に伝えるのは」
「本当にその通りだな!」
そんな馬鹿らしい会話が、やはりとても居心地よくて。
「「――ぷ。あははっ!」」
僕とアマガミさんは手を握りながら笑い合う。
「……はぁぁ。なんかお前の為に悩んでたのがバカらしく思えてきた。止めだ、止め。あたしはあたしのやりたいようにやる」
「うん。それでこそアマガミさんだ」
「だな。そうだ。あたしと関わるからにはマジで危険な目に遭うかもしれねぇってことだけは先に忠告しておくからな」
「分かった。鞄にスタンガンでも入れておくよ」
「お前ならマジでやりかねぇな。でも安心しろ。お前はあたしが守ってやるからな」
「……カッコいい!」
「あははっ! そうだ。あたしはカッコいい! そんなあたしに守ってもらえて光栄だと思えよ、ボッチ」
「凄く凄く光栄だよ!」
「犬みてぇなやつだな」
アマガミさんが満更でもなさげに笑う。それに釣られて、僕も破顔。
生憎空は曇天だったけれど、しかし僕らの心は快晴のように晴れ渡っていた。
「――お前は絶対、あたしが守ってやるからな」
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