カリート伝 最終巻

鳳梨

最終話

 それは、僕が生まれるずっと前のことでした。

 この惑星、カリートに侵略者がやってきたのです。

 

 侵略者と言っても、生き物ではありません。それは機械でした。無機質で大きな機械が次から次へと、合わせて百台以上がやってきました。カリート一の天才、アルトゥル博士によると、彼らは地球という惑星からやってきたようでした。

 カリートの住人であるクリトゥーレはたちまち「侵略者だ! 侵略者だ!」と騒ぎ立てました。街には『地球が侵略者派遣』という号外が飛び交い、皆彼らを恐れて自分たちの家に籠るようになりました。それから間もなくして、侵略者はカリート中に散り、大地の掘削を始めました。


 ガガガガッ――、ギュイーーンッ――。

 カリート中のクリトゥーレの耳をつんざくようなけたたましい爆音とともに、赤褐色の美しい、カリートの滑らかな大地は激しく掘削されました。そのうち奥底からは、巨大で冷たい透明な塊が掘り出されていきました。大地には酷いにきび跡のように大小異なる穴があちらこちらに開き、地上にはその透明な塊が乱雑に積み上げられていきました。

 目の前の景色は一瞬にして、今までのカリートではなくなりました。美しく滑らかだったカリートの大地は、まるで役目を終えた鉱山のようになるまでに瀆されました。

 それからしばらくして、掘り出した透明な塊はそのままに機械は去りました。クリトゥーレもぽつりぽつりと外に出る者が増えていき、でもその度にカリートは溜息で満たされていきました。随分と酷いことになったなあ、と誰かが呟きました。

 が、これはまだ序章に過ぎませんでした。


 とうとう誰かが、復興を始めよう、と言い始めたときでした。新たな機械がやってきたのです。アルトゥル博士は前回に引き続き、地球のものだと断定しました。その機械は前のものに負けず劣らずの大きさで、掘り出した透明な塊のもとへ散っていきました。そしてある日一斉に、膨大な量の塊をゆっくりと溶かしていきました。塊はやがて透明な液体となり、次第に凄惨なにきび跡を埋めていきました。透明な液体に映るカリート。その情景は、神秘的にも思えてしまうものだったでしょう。しかし、実際にその情景を見たクリトゥーレはいませんでした。

 全ての機械が一斉に熱を加えたことで、カリートは灼熱地獄と化したのです。もう家の中にも外にもいられなくなり、皆まだ手の付けられていない透明な塊に密着して体を冷やしました。しかし、その抵抗も空しく、ほとんどのクリトゥーレは死にました。あんなにあった透明な塊が全て溶け切るころには、それらの代わりにクリトゥーレの死体が積み上がっていたのでした。

 しかし、これでもまだ侵略者は仕事を終えていませんでした。クリトゥーレの死体が自然に還る暇もなく、また違う機械がやってきました。もうアルトゥル博士も死んでしまいましたが、地球のものだということは火を見るより明らかでした。やってきた機械は、今度は大気を作り変えていきました。どんどん大気は薄くなり、皆呼吸ができなくなっていきました。そして極限まで薄くなるとさらに、クリトゥーレに有害な何種類もの気体を放出していきました。異臭の騒ぎに、初めは機械が故障しただけだと考えた者もいたようですが、そんなに甘い話ではありませんでした。それらの濃度は濃くなるばかりで、毎分どこかで誰かが中毒死していたと言われています。悲劇の再来でした。また、ばたりばたりとクリトゥーレが死んでいきました。


 それからまた機械は去り、長い長い長い時間が過ぎて、作り変えられた大気にも対応できるようなクリトゥーレが誕生していきました。しかしこれで再びクリトゥーレが繁栄したかというと、そんなことはありませんでした。進化したクリトゥーレは新たな大気に対応するために他の免疫機能を著しく低下させました。そのために軽い風邪にも弱く、特に赤子で死んでしまう者が増えました。半分ほどのクリトゥーレは、太陽の光を百回と浴びることなくこの世を去ってしまうのでした。

 

 そして僕も、進化したクリトゥーレです。

でももうやることもありません。復興も諦めました。と言うのも、もうカリートにはクリトゥーレがほとんどいないからです。歩いても歩いてもクリトゥーレはいないので、たまに、クリトゥーレはもう僕ひとりになってしまったのだろうかと思うときもあります。でも、本当にたまに、違うクリトゥーレに出会うのでその不安はなくなります。せっかく出会ったならずっと一緒にいればいいと、そう思うかもしれませんが、そういう訳にもいきません。なぜなら出会うクリトゥーレは大概瀕死状態だからです。それは僅かな透明な液体も口にできないほどです。彼らはどこかで病気をもらってきたというより、病気の親のもとに生まれたという場合がほとんどでした。そのせいもあって僕は、子どもをつくろうという選択肢を早々に切り捨てていました。

 だから僕はひとりです。クリトゥーレと出会っては死を、また出会ってはまた死を目の当たりにしてきました。出会うクリトゥーレが死に続けて、僕一人だけが生き延び続けてどれくらい経つでしょう。もうあの透明な液体も枯渇寸前です。そして僕の命も、時間の問題かもしれません。

 しかしそう思っていた矢先、近くの衛星から「近々地球からカリートに移住民がやってくるらしい」という話が入ってきました。もはやこの話を耳にしたのも僕ひとりなのかもしれません。でも、もう孤独じゃない、そう考えるだけで少し希望が持てました。それに、何でも地球からの移住民は皆長生きするらしいのです。これでもう誰かの死を看取ることはない、と何だか嬉しくなりました。地球から来る彼らはどんな者なのでしょう。こんな僕とも仲良くしてくれるでしょうか。僕は友達が欲しいです。生まれてからずっとひとりなので、彼らと話して友達になりたい。そんな希望を抱いています。

 

 彼らは僕をこんな孤独に貶めた侵略者だというのに。


 だけど今、僕は待っています。

 侵略者の到着を、心から待っているのです。

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