voyager

鍔木シスイ

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 少し変わった砂糖を手に入れた。

 多分、種類としては、色を付けた角砂糖(カラーシュガーとも言うらしい)に近い。けれど、これを売っていた店の主が言うには、これは砂糖ではないのだという。遠いところからやってきた、星そのものなのだという。

 たまに、あるらしい。遠いところから旅をしてきて、大気圏で燃え尽きてしまわずに残った星が、落ちてくることが。そういう星を拾い集めて、びんに詰めて、売るのだと微笑んでいた。

 つまりは、これは、一種の隕石であるらしいのだけれど――それは、あまりにも、長い旅の果てにこの星に辿りついた星たちへの礼儀に欠ける呼び名だ、と店主は、生真面目な顔をして、彼独自の美学を語った。だから、旅人星たびびとぼし、という名をつけて売るのだと言っていた。僕は、その、時折ぼんやりと光ったり、また暗くなったりする、不思議な甘い砂糖――もとい、星を一瓶買った。

 その「星」の中でも、ひときわ大きいものを手にとってみる。

 手のひらで少し転がしてみると、ほんのりと温かい。僕は、金平糖にも似た形の、金平糖よりもなお美しい造形のそれを、大きなマグカップにれたコーヒーの中へと慎重に沈め、お気に入りの、の細いスプーンでぐるぐるとかき回して、溶かした。

 ぱち、ぱち。

 断続的で、微かな音がする。

 炭酸水の泡がはじけるのに似た音をさせて、長い旅をしてきた星が溶けていく。夜そのものを煮詰めて凝縮させたような、真っ黒なコーヒーの中に溶けていく。

 もういいかな、溶けたかな、と頃合いを見計らって、スプーンを、布でできたコースターの上に置いて、そのコーヒーに口をつけた。

 その瞬間、脳裏に、流れ星のように飛び込んできたものがあった。

 それは、会話であり、記憶おもいで、だった。


「きみは、どこへいくの」

『――ずぅっと、ずぅっと、とおくへいくんだ』

「きみは、どこからきたの」

『ずぅっととおくの、あおくて、きれいな、ほしからだよ』

「きみは、どこまでいくの」

『どこまでも、いつまでも、とおくへいくんだ』

「どうして、いくの」

『それが、ぼくの――』


……声が、遠ざかる。幼子おさなごのようにつたない言葉が消えていく。はるか宇宙の彼方に、光が吸い込まれていくように、すぅっと、飛び去っていく――

 遠ざかる、声。

 どこまでも、いつまでも、続く旅――。

「―――君は、もしかして」

 『彼』に、会ったの?

 そう呟いた僕の言葉に応えるみたいに、星が溶けきったはずの、コーヒーに満たされたマグカップの底から、ふくり、と大きな泡が立ちのぼり、夜空のような真っ黒な水面の上ではじけた。


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voyager 鍔木シスイ @Kikusaka

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