楽園の席は空けておいて


 * * *



 ベラの葬式は粛々と行われた。

 思い返せば、ベラは自身について話すことがなかった。あまり話したくなかったのかもしれない――葬式の時に、私は初めて知った。ベラがこの街の出身であることを。そして彼女の両親が過保護で、本当は寮に入れることも嫌がっていたことも。


 葬式中、ベラの両親が悲しみと共に花への憎悪を口にしていたのを、私は聞いていた。だからベラは寮に入ったのだろうと察する。


 うぬぼれかもしれないけれども、もしかすると、私はベラにとって、唯一の理解者だったのかもしれない。私にとって、ベラがそうであったように。


 ベラは仲間を探していたのかもしれない。そしてあの花畑で自分と出会った。

 ベラの両親は、ベラの花を家で引き取ると言い出したが、遺言が見つかった――自分の花は『花墓所庭園』に植えてほしい、と。もう誰も口出しはできない、ベラ直筆のものだった。


 そして遺言には、もう一つのお願いがあった。


『もしルームメイトのルビーが何か願っていたのなら、聞いてほしいの』


 この言葉により、私はベラの花の隣をあけてもらうことができた。もし自分が開花したのなら、ベラの隣に植えてほしい、と。


 私に『咲きたくない』なんて言えないと言っていったベラ。

 でも本当は、本当に寂しかったのだと思う。そうでなければ、こんなことは書かなかっただろう。

 ――彼女を避けてしまったことは、本当に悪いことをしてしまったと思う。


 ……広大な『花墓所庭園』。花になった少女達が笑いあう楽園。眩しいほどに輝く黄色の花が、植えられる。根本には小さな墓標があり、ベラの名前が刻まれていた。


 隣にはまだ誰もいない。けれども数年もしない間に、自分もここに来るだろうと私は微笑む。


「……待っててね、ベラ」


 柔らかな風が吹いた。ベラが手を振ってくれた。

 そこで私は思い出す。


「そうだベラ、私、決めたの。菓子職人になるって」


 ベラがいなくなって、数日後のことだった。それは進路相談ではなく、ルームメイトを亡くした生徒への面談の最中だった。


『進路のことなんですが、菓子職人を目指したいと思います』


 ベラとケーキを作れなかったことが、心残りだった。

 私達は約束をした。だから花になったのなら、再会できる。でももうケーキは作れない。ベラに食べさせてあげることもできない。


 菓子職人になれば、その思いが満たされるわけではないと、わかっている。

 それでも私は、菓子職人になるのは、悪くないかなと思えたのだ。

 お菓子を作るたびに、ベラの笑顔を思い出せるから。

 それに――ベラへの土産話にもできる。


 ――寮への帰り道、あの小川にかかった橋の上で、ふと足を止めた。

 小川を覗き込めば、もうベラの姿はなかった。あるのは赤い蕾を頭につけた、私の姿だけ。


 その赤色は昨日よりも美しく。その膨らみは、昨日よりも大きく。

 水面に映る自分自身に向けて微笑む。


 大丈夫。いつか自分も、綺麗に花開くと。

 そしてあの楽園に行き、ベラとまた笑いあうのだ。



【第一話 終】




◆ ◆ ◆ ◆ ◆



これにてルビーとベラのお話はおしまいです。

面白いと思っていただけたのなら嬉しいです。感想をいただけると「読んでくれた人がいたんだな」と安心します。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る