花に蝕まれた世界、あるいは花へ進化した世界
* * *
『
それは二百年ほど前に、突如人類に襲いかかった現象だった。
病か、呪いか。あるいは進化か。
一部の女性にだけ起こるものであり、一言で言うと「頭に蕾が現れる」現象だった。
十歳を迎えるまでに『発蕾』しなければ、その後、蕾が現れることはないという。でも蕾が現れてしまえば、二度と元には戻れない。小さな髪飾りのように髪の毛をわけて出てきたそれは、年月とともに膨らみ、色付き、最後には大輪を咲かせる。花が開花したのなら、花の主である娘は土塊となって死に、花だけが残る……。
花に命を蝕まれる。花に命を喰われてしまう。若くして死ぬことを定められる。長く生きられたとしても、二十五歳が限界。
だからこそ。
――だからこそ、生きることに何か目的を見いだす必要があるのかと、死ぬまでにやりたいこと、尽くしたいことを決める必要が果たしてあるのかと、私は考えてしまう。
……何もないわけではない。
……けれど、もし「美しく咲きたいです」なんて口にしたのなら、なんて言われるか。
しかしあの光景が忘れられないのだ。初めてこの街に来て見た『花墓所庭園』の美しさが。花になって笑いあう少女達の姿が。
そして、その時のベラの優しさが。
――無事に十歳を迎えられたね、と誕生日を祝われた、次の日だった。
自分の頭に、何か小さくて丸いものがあるのに、私が気付いたのは。
鏡で見ると、緑色の何かが生えていた。
……その日から、家族にとって私は「醜いもの」になった。
『花憑き』は移るものではない、何かの原因があってなるものでもない。ただ運命に選ばれてしまっただけのもの。しかしそれを理解できず、嫌悪する人達もいる。
血の繋がりはあるものの、私の家族も、そうだった。
家にいるのが辛くなり、ついに私は家を出る決意をした。十歳を迎えて、ほんの少し。『花』の街ノーヴェを目指して、重いトランクを手に旅に出た。ノーヴェは『花憑き』に優しい街であり、また『花憑き』を研究する大きな機関もある街だと聞いたから。
道中、私は頭の蕾が憎くて仕方がなかった。人々の態度が変わった。自分の人生が変わった。短命を約束されてしまった。当たり前が、この小さな蕾一つで全て変わってしまった。年月とともに、この蕾は存在を主張するように大きくなるのだと知って、ますます憎らしくなった。ちぎって捨ててしまいたかったが、そんなことはできない。まるで手足のようにしっかり生えている。刃物で切り落とそうにも、激痛があってできなかった。
病や呪いに、違いがなかった。
ところが、ノーヴェに来て、あの花畑を見て、圧倒的な美しさに涙した。
この花が咲く、本当の意味を知った。
死ぬのではない――きっと、花になるのだと。
だからこそ「咲きたい」と思うものの。
――花のない人に、その思いは理解されない。
そして唯一、同じ思いを胸にしている親友は、開花に近づいている。
彼女はきっと美しく咲く。そのことは、喜ぶべきことなのだろうけど。
いまのベラはいなくなり、花になったベラだけが残る。
そう思うと、やはり開花とはお別れで――「死」である気がして。
――一人ぼっちに戻りたくなかった。
どうして先に、咲いてしまうの?
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