Ophelia! ~オフィーリア!花に憑かれ花になる少女達~

ひゐ(宵々屋)

第一話 いつかあなたと楽園を作る

「花」になれる幸福に「死」の不幸はない

 少女達が笑っていた。

 花になった少女達が、優しい風に踊りながら、笑いあっていた。


 世界の果てまで広がって見える、その花畑。

 『花墓所はなぼしょ庭園』。

 花を咲かせた少女達が行き着く場所。彼女達の墓地。

 けれども花畑には、死者の眠る場所らしい、重々しい空気や鬱屈とした静寂はどこにもない。


 みんな、みんな、幸福そうで。

 笑い声と、幸せの歌が耳をくすぐって。

 青空の下に広がる色とりどりの彼女達は、どこまでも幸福そうで、幻のように揺れていた。


 美しかった。

 ただただ、美しかった。


 ――いつか、私もここに。


 私は声すらも出せなかった。喉がひりひり痛む。溢れ出そうな言葉が、そこで燃えていた。

 街へ向かう道の途中だった。気付かないうちに涙を流して、楽園を眺めていた。


 ただ孤独で。

 ただ怖くて。

 ただ悲しくて。

 ――そんな思いを背負ってここまで来たというのに、全てが吹き飛んでしまった。


 未来は閉ざされたのだと思っていた。

 でも違った。

 いつか自分も、ここの花となれるのだ。


 甘い香りを運ぶ風に、また花々が波打った。花弁は一枚も散ることがない。優しい風は私の頭も撫でていく――私の頭にある蕾も、甘く優しく。


 黒髪をわけて頭に現れた、私の蕾。まだ緑色で、形も小さく、一体どんな花になるのか、私自身にもわからない。


 風に誘われるように、名前も知らない少女達の幻と踊るように、私は歩き出す。トランクの重さも、もう感じられなかった。


 怖いことなんて、何一つなかったのだ。

 私は不幸なんかじゃない。祝福を受けたのだ。

 ――花になれる、祝福を。


「どうして泣いてるの?」


 不意に優しい声がする。

 瞬きをすれば、また涙が頬を伝った。それでも私は微笑んで返した。


「とても綺麗で、嬉しくて」


 しまった。

 口にした瞬間、はっと、幻から現実に引き戻される。


 声のした方、白いベンチに、女の子が一人座っていた。歳は私と同じくらい……十歳くらいだろう。切れ長の目に、どこか大人らしさを感じる。

 彼女の、ウェーブがかった茶色の長い髪。そこに、まるで髪飾りのように、緑色の小さな蕾がついていた。


 『花憑はなつき』だ。

 私と同じ――この花畑の少女達と同じ。

 ……私は、いま、とんでもないことを言ってしまった。


「ご、ごめんなさい……私、いますごく、変なこと言っちゃった……」


 ここは墓地。花の墓地。『花憑き』の墓地。

 ――頭に「蕾」が生えた少女は、その蕾が花開くとき、死んでしまう。


 いまのはあまりにも失礼な言葉だった。その証拠に、ベンチの彼女はきょとんとした顔を浮かべている。私は、なんてことを言ってしまったのだろう。


「――こんなに素直な人、初めてよ」


 だが彼女は、微笑んで小首を傾げる。隣をとんとんと叩けば、私に座るよう促した。彼女の名前も知らないものの、私は隣に座る。広がる美しい花畑を、眺める。


「ここは、綺麗よね」


 彼女は微笑んだままで、薄い茶色の瞳は彼方に向けられていた。


「私達も、いつかはこの楽園の花の、一つになるの」


 花々が揺れている。

 咲いてしまった少女達が、喜びの歌を口ずさんでいる。


「私は……それがすごく嬉しいの。他の人に言ったら、頭がおかしいんじゃないかって言われるかもしれないけど」


 そっと彼女が手を伸ばしたのは、頭にある、自身の蕾。


「早く咲きたいって思うのは、おかしなことなのかしらね」


 単純に言ってしまえば、それは「早く死にたい」と同じ意味の言葉。

 けれども私も、彼女の真似するように、自分の蕾に触れる。ほのかに温かい。


 ――美しく、咲きたい。


 鼓動に蕾が震える。

 この花畑の、一部になりたい。


 名前も知らない彼女と共に、風に吹かれる。花畑の一部になれたような気がした。

 本当のその時は、まだ少し、先だけれども。

 こんな風に、なれたのなら。


「あなたは、ノーヴェ女学院に入学しにきたのね?」


 どのくらい経ったかわからない。夢の中のようなひとときだった。やがて彼女が立ち上がった。

 いまになって私は気付く。彼女がワンピース型の灰色の制服を着ていることに。


「ル、ルビーです。い、家に居づらくて、ここに来たの……」


 不意に思い出される孤独に、風の冷たさも思い出す。

 でも風は、再び温かくなる。私を包む。


「私はベラ。ベラっていうの」


 座ったままの私に、ベラは手を差し伸べてくれた。

 救いの手に見えた。


「学院まで案内してあげるわ。『花』の街ノーヴェにようこそ!」


 ――その手を取って、立ち上がる。するとベラのもう片手が、私の顔に伸ばされる。

 目元に残っていた涙を、細い指は拭い去ってくれた。


 ――この街に来てできた、初めての、思い出。

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