初老戦記~異世界で自由に生きたいオジサンの主権国家のすゝめ方

Green Power

地球に生まれて良かったあああああ!!!!

俺の名前は鈴木浩二42歳。中部地方の地方都市に住むフリーターだ。今はスーパーで品出しをしている。まぁちょっと格好つけて"今は"なんて言ったが、28歳からずっとここで働いている。それ以前は大学を中退した後の9年間を実家でニート生活をしていた。正直親の金で生きていけるうちはずっとそのままで暮らしたかったが、そうもいかず…簡単に言うと父親に包丁で脅されて家から追い出された。その時に餞別としてもらったのはたったの2万だった。俺を殺す気かと思わず言いそうになったが、包丁を握りしめながら黙ってこちらを見つめる父親の姿に、俺は何も言えず2万だけを握りしめて市民センターに逃げ込んだ。そしてハローワークを紹介され、スーパーの品出し時給850円生活を始めて、先日俺は心臓発作でこの世を去った。そして今おれは戦場のど真ん中に舞い降りたんだ。




その途端、大小幾つもの爆発音と共に何かが飛んでいくが見える。





「死ねエエエエエエ!!」



「火の聖霊よ!敵を燃やし尽くせ!!」



「早く弾を込めろ!!」




何千人が生み出す地響きに唸り声、怒号、幾度も聞こえる金属音と銃声。ものの数秒で視界にとらえていた数人の兵士の下半身が吹き飛び、隣では火だるまになって叫び声を上げながら兵士たちは絶命していく。



そう俺は剣と魔法ならぬ、銃と魔法とパイク槍の異世界に飛ばされてしまったのだ。え?話が飛び過ぎだって?そりゃあ俺の責任ではない。だって話は飛ばしてないからな。寧ろこっちが飛ばされた方というか…突然来た心臓の痛みに、体の感覚が失っていって意識が薄れていく中で(あっ俺もうダメなんだ…)って思った拍子に神様とご対面だものな。それで第一声が、お前みたいな幸の薄く惨めな人生を送ってきた奴が欲しかったってさ…こいつ本当に神か?思ったよ。まぁ話を聞いて実際この光景を見せられたら神だったんだろうが。でもその時は正直死ぬ前の走馬灯みたいなやつかと思って、神とは適当に話をしてしまったことを少し後悔している。だって本当に転移するとか思わないじゃん。転移だよ?転生じゃなくて、死ぬ前の肉体…つまり164cm83キロの42歳の禿げてブサイクなおっさん。しかも日本人。見る限り目の前というか、俺がいる森から少し離れた平原で戦いを繰り広げる人たちは金髪で色白に見える。微かに見える顔つきもごりごりのアングロサクソンって感じだ。もう幸先が不安すぎる。一応、この転移先で広く話されている言語は脳みそに直接インストールしてもらったが、向こうから見たら俺は完全なよそ者、怪しい外国人。それも見た目も全く違う。正直モンスターと見間違えられてもしょうがないと思ってる。




小さな獣道に脇に生える低木の陰に隠れながら俺は戦場を眺める。相も変わらず両陣営は互いの前線にとても長い槍をもったパイク兵を繰り出し、その少し後方に銃兵や砲兵を配置し、さらにその後方からは魔法のようなものまで飛んできていた。木々の隙間から眺めているので戦場の全てを見渡せることはできないが、平野はかなり広い。分かるだけでも何千人もの人間が一堂にこの平野に集結している。


これはもしかしたらこの世界でいうところの歴史的、政治的な転換点を迎えるかもしれない、かなり大規模な野戦が起きているのでは?俺は地球でのヨーロッパ史を思いだながら何とも言えない高揚感に胸が熱くなっていく。現実は血漿とかつて人間であった者の肉片が飛び散り、末端の兵士たちの怒号とうめき声が鳴り響く有様なのだが…俺が学んだ歴史の数々もかなり美化されて伝わっているだけで、実態は同じなのだろう。そんな風に先程の高揚感はどこえやら、これまた何とも言えない思いを抱きながら戦場を眺めているときだった。




「お前何者だ?」


「え?…うわぁ⁉」




突然に後ろから声がかかった俺は、咄嗟に肩を上げて体を反転させるように、後ろを振り向いた。そこには四人の兵士の姿。一人は軍馬を手綱にひかせている。俺も向こうも目を見開いて立ち止まってしまった。なにを…どうすれば……なにを言えばいいんだ……。




「なんだあの顏は…」


「隊長どうしますか?」


「見たことない顔だ……遠方の異教徒かゴブリンの変異種かもしれん……」






異教徒。


ゴブリン。




兵士たちから聞こえた言葉に嫌な予感がした俺は咄嗟に声を荒げてしまった。


「ちがっちがう!!俺はその……たまたまここを通りがかっ…」



興奮と混乱で視界が変にぶれる。気づいた時には兵士たちは銃をこちらに構えていた。銃口に取り付けられた、四つの鋭い槍のような剣先が俺の方に向けられる。銃口とナイフを目の前に向けられて俺は完全に膝が固まってしまった。


「とっさに何者かと聞いたが……なぜそんな流暢にゲルマニア語が喋れる?」



軍馬を引く男は強い口調で俺を睨みつけた。なんでそんな質問をしてくるのだろうか?普通は言葉が通じている方が怪しまれなくないか?なんでそんな目で俺を見る?あぁもうだめだ……こんな時どうすればいいのか全く分からない……。なにを…どうすれば……。


「うえぁ……え?……ゲルマニア?……あぅ…ドイ…ツ?」



俺が咄嗟に"ドイツ"という言葉を呟いた瞬間だった。兵士たちはその言葉を聞いたとたんに軽く目を見開き、隊長と呼ばれていた男は三人の部下たちに合図を下した。


「カエルの偵察兵だ!撃ち殺せ!!」



その声と、それから一秒もしないで鳴り響いた銃声を最後に、俺は意識をまた失った。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る