第4話

 授業が終わって、昼休みに入る。凛を昼食に誘おうか迷っていると、後ろから声をかけられた。なんだかデジャヴだ。



「いずみもこの授業取ってたの? おはよー」



 花柄のロングスカートを揺らしながら、山本琴音が階段を降りてくる。さすがに名前は覚えた。後ろの取り巻きの数は、以前より減っている。この授業にいないのか、それとも単純に彼女から離れたのかはわからない。



「お昼ご飯食べにいこーよ。食堂、席埋まっちゃう」



 琴音はいつも私に声をかけてくる。一緒に授業を受けている友達と流れで食堂にでも行けばいいのに、教室で私を探し、見つからなかったらメッセージを送ってくる。そこまでされるほど仲がいいと私自身は思っていないのだけれど、1人で昼休みを過ごすのもなんだか虚しいので彼女と一緒にいる。


 リュックを持って立ち上がろうとしたとき、凛と目が合った。なんだか申し訳なくなったが、そもそも彼女は私とお昼を食べに行こうとも何とも言っていないのだ。勝手に考えて、勝手に裏切ってしまった気持ちになっているのは私の方だった。



「じゃあね、だいや」



 凛は微笑んで、私に手を振る。思わず手を振り返して別れたせいで、だいやと呼ばないでと言いそびれた。


 琴音は凛をちらりと見てから、私がついてくるのを確認して背を向けた。教室から食堂へ向かうまでの道は、学生でごった返している。


 食堂に入り、なんとか6人掛けの席を確保して食券を買いに行く。琴音は2つ折りの財布だけ持って、私の腕にくっつきながら券売機へ向かった。



「いずみ、何食べるの?」



「どうしよ。あんまお金ないからうどんかな」



 実家暮らしでお小遣いをもらっている身分ではとても定食などは食べられない。1番安いざるうどんを押して、麺類と掲げられた看板の前に並ぶ。私の後ろにいた琴音も、ちょこちょことついてきた。



「琴音もうどん?」



「うん、決まんなかったから、いずみと一緒の」



 食券を食堂のおばちゃんに渡して、少し雑談をしている間にあっという間にざるうどんが提供される。琴音と並んで席に戻ると、他の子たちはまだ戻ってきていなかった。


 この時間が1番困る。待っていればいいのか、先に食べてしまってもいいものか。そう思いながら席に着くと、向かい側に座った琴音の視線に気が付いた。



「ねえ、いずみさー」



 両手を組んで、その上に顎をのせて顔をぐいとこちらに寄せてくる。スマホを取り出そうとしていた手を、テーブルの下にひっこめた。



「あの子と仲いいの? なんだっけ……阿藤凛、さん?」



 琴音はとぼけたように笑っている。でも多分彼女はきっと、凛の名前を知っていた。こういう言い方をするのは、琴音にとって凛が気に入らない人であるということなのだろう。2人の間に一体何があるのか、私には見当もつかないけれど。



「仲いいっていうか……別に、ちょっと、知り合い」



 友達とは言えなかったが、知らないと言うのも違う気がした。さっきの授業で初めて話したと言えばいいのだけれど、ReLiのことがあるせいでなんだかそれもしっくりこない。


 琴音はまっすぐ私を見ている。口元は微笑んでいるのに、目元は笑っていなくて恐ろしい。私は、彼女のこういう部分が苦手だった。



「なんで? なんかあった?」



 私がそう聞くと、琴音は作り笑いを浮かべたまま首を横に振った。



「ほら、あの子って、ちょっと変わってるからさ。あの格好も、なんか、自分は他の人とは違いますって感じ? だから、いずみが仲いいんだったら意外だなーって思っただけ」



 ReLiが他の人と違うのは当たり前だ。あんたみたいな凡人と一緒にしないでほしい。そう言い捨ててやりたかったけれど、小心者の私にそんな勇気はなかった。


 お盆にカレーライスをのせた同級生がテーブルに戻ってきて、この話は終わった。私はうどんをすすりながら、凛をお昼に誘えばよかったなと考えていた。

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